「雪は、大きな氷のかたまりじゃなくて、小さな氷のつぶがふわふわ集まったものなんだ。
つぶとつぶの間には、空気がたくさん入っている。だから同じ大きさでも、雪のほうが中に入っている氷の量は少ない。
それに、小さなつぶは暖かい空気に触れるところが多いから、大きな氷より早く溶けるんだよ」
たとえば、
「四角い氷」と「かき氷」を同じ部屋に置いたら、かき氷のほうが早く溶けるでしょ?
ドラえもんが、気象制御装置の電源へ手を伸ばした。
「本当に少しだけだからね」
念を押してから、丸い本体の側面にあるスイッチを押す。
低い作動音が境内へ響き、上部のアンテナがゆっくり回転し始めた。
しかし、すぐには何も起こらない。
空は薄く曇っているものの、雪が降る気配はなかった。
「ほら。やっぱり試作品じゃないか」
スネ夫が腕を組む。
「まだ起動したばかりだよ!」
ドラえもんが言い返した、その時だった。
装置の上に、白い靄が集まり始める。
空気中の水蒸気が吸い寄せられ、境内の上空で小さな雲へと形を変えていった。
「あっ!」
しずかが空を指差す。
雲から、白い粒が一つ落ちてきた。
続いて、もう一つ。
少しずつ数を増やしながら、雪が舞い始める。
「雪だ!」
のび太が両手を広げた。
つい先ほどまで召喚の失敗に落ち込んでいたのが嘘のように、境内を走り回る。
「本当に天気を変えた……」
ケースケは、手のひらへ落ちた雪を見つめていた。
「魔法じゃないのに、雪を降らせられるのね」
アニエスも感心したように空を見上げる。
その隣で、アデルは気象制御装置から目を離さなかった。
「制御できている間は、だがな」
「お姉ちゃん、心配しすぎよ」
「お前が先ほど、正体不明の存在を呼び出しかけた直後だからだ」
「それはもう謝ったでしょ!」
二人が言い合っている間にも、雪は静かに降り続けていた。
「フー!」
舞い落ちる雪を見て、フー子が飛び出す。
白い粒を追いかけるように空中を回り、風を起こして雪を舞い上げた。
「楽しそうだね、フー子!」
「フー!」
のび太の声に応えると、フー子は冷たい空気を上空へ運んでいく。
小さな雪雲は、風に支えられるように境内の真上へ留まり、柔らかな雪を降らせ続けた。
「未来の気象制御装置と、風を操る生命体の共同作業!」
イナホは観測機器を構え、忙しなく記録を取っていた。
「これは非常に貴重な映像です!」
「クリスマスくらい、普通に雪を楽しむダニ」
USAピョンが呆れた声を上げる。
もっとも、その姿が見えないケースケは、また誰もいない空間から聞こえた声に肩を揺らしていた。
しばらく雪の中を飛び回っていたフー子だったが、やがて動きが鈍くなった。
「フー……」
周囲を見回し、暖かそうな場所を探す。
そして、朔夜の背後へ回ると、そのままフードの中へ飛び込んだ。
「冷たっ!」
首筋へ冷えた身体が触れ、#朔夜は思わず声を上げた。
「フー子ちゃんも寒くなったんだね」
まなが笑う。
「風を操れるのに?」
#朔夜が振り向こうとすると、フードの中からフー子が顔だけを出した。
雪は見たいが、寒いのは嫌らしい。
「まあ、ここにいてもいいけど」
「フー!」
[newpage]
雪は、有星神社の境内を薄く白く染め始めていた。
のび太たちが雪を集めている一方、ジャイアンは気象制御装置を眺めていた。
本体の正面には、雪雲の生成量を調整する大きなつまみが付いている。
現在は、一番低い位置に設定されていた。
「これを回せば、もっと雪が降るのか?」
ジャイアンがつまみへ手を伸ばす。
「触っちゃ駄目だよ!」
ドラえもんが慌てて止めた。
「これは試作品なんだ。最低出力より上げたら、何が起こるか分からないんだから」
「見るだけだよ」
「絶対に触らないでよ!」
ドラえもんはそう言い残し、のび太に呼ばれて装置から離れた。
ジャイアンはつまみを見つめる。
今の雪では、地面を白くする程度だ。
もっと強く降らせれば、大きな雪だるまも作れるかもしれない。
「少しくらいなら、大丈夫だろ」
「やめた方がいいんじゃない?」
近くにいたケースケが、不安そうに声をかける。
「ドラえもんも触るなって言ってたし」
「ちょっと回すだけだ」
ジャイアンはつまみを握った。
ゆっくり回そうとしたが、固くて動かない。
「なんだ、これ。固いな!」
「だからやめようよ!」
「このくらい……!」
ジャイアンが力を込める。
つまみが一気に回った。
同時に、
バキッ。
嫌な音が響いた。
ジャイアンの手には、根元から折れたつまみだけが残っていた。
「……取れた」
周囲が静まり返る。
ドラえもんが振り返り、ジャイアンの手と装置を見比べた。
「何やってるんだーっ!」
直後、装置から激しい警告音が鳴り始めた。
[newpage]
「つまみが最大出力の位置で壊れたんだ!」
ドラえもんが装置へ駆け寄る。
空気中の水蒸気が、先ほどとは比べものにならない勢いで吸い込まれていく。
境内の上に浮かんでいた小さな雲が、急速に膨張した。
空を覆い、さらに神社の外へ広がっていく。
静かに舞っていた雪は、数秒のうちに視界を塞ぐほどの吹雪へ変わった。
「急に降り方が変わった!」
ナツメが腕で顔を庇う。
「全員、社殿へ入れ!」
アデルが叫んだ。
強風に押され、ケースケがよろめく。ナツメが腕をつかみ、社殿へ引っ張った。
「姉ちゃん、これ本当にクリスマスの話だったよね!?」
「私もそう思ってた!」
フー子が朔夜のフードから飛び出し、雪雲へ向かおうとする。
「待って!」
#朔夜は咄嗟にフー子を抱き止めた。
「一人で行ったら危ない!」
「フー!」
「フー子、無理しちゃ駄目だ!」
のび太も駆け寄る。
フー子は風を操れる。
だが、装置が雪雲を作り出す速度は、フー子一人が風で散らせる量を遥かに上回っていた。
[newpage]
「電源が切れない!」
ドラえもんは何度もスイッチを押したが、装置は止まらなかった。
ブリザーガのような極端な環境でも作動を続けられるよう、内部にエネルギーを蓄える構造になっている。
「どうして、こういうところだけ頑丈なんだよ!」
壊れたつまみを戻そうとしても、軸が本体の奥へ食い込んで動かない。
アニエスとアデルが魔法で装置を包む。
しかし、機械の周囲へ結界を張っても、既に作られた雪雲は町へ広がっていた。
美夜子が観測装置を確認し、表情を曇らせる。
「上空の気温が急激に下がってる。このままだと、もっと広い範囲で雪が降るわ」
「内部構造を開いて、直接停止させれば!」
イナホが工具を持って近づく。
「勝手に開けないで! もっと壊れるよ!」
「もう十分壊れてるダニ!」
吹雪は、神社だけでなく町全体を包み始めた。
まなのスマートフォンへ、次々と通知が届く。
「電車が運転を見合わせたって。バスも止まってる」
「道路も動けなくなってるみたい」
しずかがニュース画面を覗き込む。
わずかな時間で雪が積もり、坂道では車が立ち往生していた。
商店街の店も次々と閉まり、予定されていたクリスマスイベントも中止になっている。
「サンタを呼びに来ただけなのに、どうして町が止まってるの……?」
ケースケは、もはや何度目か分からない困惑の表情を浮かべていた。
ジャイアンは壊れたつまみを握りしめる。
「俺が何とかする!」
神社の階段下で動けなくなった車を見つけ、雪の中へ飛び出した。
「ジャイアン!」
「俺が壊したんだから、俺が押す!」
スネ夫も後を追う。
「最初から触らなければよかったんだよ!」
「分かってるよ!」
ナツメたちも、転びそうになっている人々を社務所へ案内する。
#朔夜とまなは、寒さに震える小さな子どもを社殿へ連れていった。
[newpage]
ドラえもんは、クルトとヒャッコイ博士へ通信を繋ごうとしていた。
吹雪の影響で映像は乱れ、激しい雑音が入る。
『……ドラえもん……聞こえる?』
「クルト! 出力調整のつまみが壊れたんだ!」
『壊れた!?』
「最大まで回した状態で、根元から折れた!」
通信の向こうで、クルトが息を呑む。
続いて、ヒャッコイ博士らしい声が割り込んだ。
『装置の上部にある――を開けて、寒気の流れを直接――』
「何だって!? 聞こえないよ!」
『だから、上部の――』
大きな雑音が走り、通信が途切れた。
「肝心なところが聞こえなかった!」
装置は雪に半分埋まりながらも、警告音を鳴らし続けている。
電源は切れない。
魔法でも止められない。
風で雪雲を散らしても、すぐに新しい雲が作られる。
装置の周囲は特に吹雪が激しく、近づくことさえ難しくなっていた。
「このままじゃ、町の外まで広がる」
#朔夜は腕で顔を庇いながら、雪の向こうにある装置を見た。
ドラえもんも、答えを見つけられずに立ち尽くす。
「どうすればいいんだ……」
その時だった。
吹雪の音に混じって、澄んだ音が聞こえた。
シャン。
シャン、シャン。
「……鈴?」
のび太が顔を上げる。
音は上空から近づいてくる。
全員が厚い雪雲を見上げた。
白い闇の中に、赤い光が浮かぶ。
最初に姿を現したのは、赤い鼻を輝かせるトナカイだった。
その後ろには、大きなソリ。
ソリの上には、赤と白の服を身にまとい、長い白髭を蓄えた老人が立っていた。
「……サンタ?」
ケースケが呟く。
スネ夫も口を開けたまま、何も言えない。
老人はソリから飛び降り、暴走する気象制御装置の上へ静かに着地した。
「まったく。配達前に、派手なことをしてくれたものじゃ」
老人が片手を掲げる。
金色の光が装置を包み込んだ。
装置の周囲を渦巻いていた寒気が、逆向きに流れ始める。
膨れ上がった雪雲が少しずつ薄くなり、警告音も途切れた。
やがて吹雪は弱まり、空から降る雪は、最初のように穏やかなものへ戻っていった。
「止まった……」
ドラえもんは雪をかき分け、老人の前へ進む。
「助けてくれて、ありがとうございます! それと、本当にごめんなさい!」
老人は腹を揺らし、豪快に笑った。
「ほっほっほ。反省しておるなら、それでよい」
のび太は、目の前の老人を見上げている。
「本物の……サンタさん?」
「さて、どうかのう?」
サンタは愉快そうに髭を撫でた。
そして、雪で止まった町を見回す。
「しかし、この雪のせいで、今夜の配達に少々遅れが出そうじゃ」
ドラえもんたちの間に、嫌な予感が走った。
サンタは大きな袋を肩へ担ぐ。
「装置を壊した埋め合わせに、君たちにも配達を手伝ってもらおうかのう!」
「僕も!?」
ケースケが自分を指差す。
「ここまで来たら、たぶん全員だね」
ナツメが苦笑した。
#朔夜はフードの中へ戻ってきたフー子を支えながら、小さく息を吐く。
「えぇ……」
のび太だけは、雪の中で目を輝かせていた。