有星家の山中倉庫での片付けは、その後大きな騒ぎもなく進んだ。
途中で見つかった古書を整理したり。
壊れた祭具を分別したり。
積み上がった木箱を運んだり。
気付けば太陽は傾き始めていた。
「ふぅ……」
最後の荷物を運び終えたアキノリが額の汗を拭う。
「終わったぁ……」
のび太は床へ倒れ込んだ。
「もう一歩も動けない……」
「さっきまで動いてたじゃん」
ナツメが呆れる。
「精神的に限界なんだよぉ……」
「便利な言葉だな」
トウマがため息をついた。
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帰り道。
有星家のミニバスは山道をゆっくり下っていた。
車内は静かだった。
朝とは比べ物にならないほど。
みんな疲れている。
のび太は窓にもたれたまま熟睡。
しずかも静かに目を閉じている。
アキノリはうとうと。
トウマは本を開いたまま寝ていた。
ケータは口を半開きにしている
そして――
「ぐごぉぉぉぉぉ……」
ジャイアンのいびきだけが元気だった。
「うるさいなぁ……」
スネ夫が文句を言った。
だが本人も半分寝ている。
誰も本気では気にしていない。
#朔夜は窓際の席に座っていた。
流れていく山並み。
夕暮れ色の空。
少しだけ開いた窓から風が入ってくる。
その時だった。
――……いたい。
「?」
#朔夜は顔を上げた。
何か聞こえた気がした。
だが。
周囲を見る。
誰も話していない。
ジャイアンはいびきをかいている。
のび太も寝ている。
気のせいか。
そう思った。
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数分後。
再び。
――……あい……たい……
今度は少しだけ聞こえた。
かすれている。
遠い。
男とも女とも分からない。
「……」
#朔夜は眉をひそめた。
どこから聞こえてくるのだろう。
窓の外か。
車内か。
それとも――
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「それ、興味あるの?」
不意に声を掛けられた。
「え?」
振り向く。
隣の席。
ナツメだった。
いつの間にか起きていたらしい。
#朔夜の膝の上には例のコンパクトミラーがある。
「ああ、これ?」
自然と意識がそちらへ向いた。
さっきの声のことは頭の隅へ追いやられる。
「ちょっと気になって」
「へぇ」
ナツメが鏡を見る。
「男子でもそういうの気になるんだ」
「最近流行ってるし」
「流行ってる?」
「低学年から始まったんだけど」
朔夜は肩をすくめた。
「高学年にも広がっててさ」
「へぇ……」
ナツメは微妙な顔になった。
理解したような。
していないような。
そんな表情。
「月見台って不思議な流行り方するんだね」
「否定はしない」
少し沈黙の空気が流れた。
ミニバスがカーブを曲がる。
窓の外の景色が流れていく。
その時。
「あと」
ナツメが言った。
「ありがとう」
「ん?」
「昼間」
#朔夜は少し考えて。
すぐ思い出した。
棚の件だ。
「ああ」
「あの時引っ張ってくれたやつ」
ナツメは軽く笑った。
「助かった」
「別に」
朔夜は少し照れくさくなった。
「反射的に動いただけだし」
「それができる人って意外と少ないよ?」
そう言われると返事に困る。
「というか」
朔夜は話題を変えた。
「ジャイアン達、いつになったら反省するんだろう」
「それね」
ナツメが苦笑する。
前方を見る。
ジャイアンは盛大に寝ている。
スネ夫も半分意識が飛んでいる。
「流石に今回は反省したんじゃない?」
「そうかなぁ」
「したと思うよ」
そう言って微笑んだ。
穏やかな笑顔だった。
その瞬間。
#朔夜の心臓が一拍だけ跳ねた。
「……」
なんだ今。
自分でもよく分からない。
慌てて窓の外へ視線を向ける。
気のせいだ。
たぶん。
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「そういえば」
今度はナツメが話題を変えた。
「弓やってるんだよね?」
「うん」
「結構長いの?」
「小さい頃から」
ナツメが少し驚く。
「そんな前から?」
「家の方針でね」
朔夜は苦笑した。
「最初は遊びみたいなものだったけど」
「今は?」
「ちゃんとした弓」
少しだけ嬉しそうに言ってしまう。
「高学年になってから本格的なのをもらったんだ」
「へぇ」
「それまでは練習用だったし」
「頑張ってるんだね」
「まぁ」
#朔夜は曖昧に笑った。
そこで会話が途切れた。
お互い窓の外を見る。
心地良い静寂。
車の揺れ。
疲労。
それらが重なって。
いつの間にか。
朔夜の瞼は重くなっていた。
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次に目を開けた時。
ミニバスは止まっていた。
「着いたぞー」
アキノリの声。
外を見る。
見慣れた有星神社の駐車スペースだった。
「寝てた……」
#朔夜は小さく呟く。
いつ眠ったのか覚えていない。
不思議な声のことも。
今ではほとんど思い出せなかった。
全員が車を降りる。
夕暮れが近い。
アキノリの祖母は運転席から振り返った。
「今日はありがとうなぁ」
穏やかな笑顔だった。
「助かったぞい」
「ありがとうございましたー!」
ケータが元気よく手を振る。
みんなも挨拶を返した。
そして。
それぞれの帰路へと向かう。
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誰もまだ知らない。
#朔夜が持ち帰った小さな鏡。
その向こう側で。
誰かが今も。
かすれた声で願い続けていることを。
――会いたい。
と。