海風が吹く。
波の音が聞こえる。
青い空。
白い砂浜。
絶好の海水浴日和だった。
「海だぁぁぁーっ!」
のび太が全力で海へ突撃する。
「待てのび太!」
「浮き輪忘れてるぞ!」
ジャイアンとスネ夫が追いかける。
しずか達は浜辺でパラソルを広げていた。
そんな賑やかな光景の中。
#朔夜は少しだけ離れた場所で座っていた。
「……」
ラッシュガードの襟元を引っ張る。
その下には、先ほどナツメ達に無理やり着せられた水着。
慣れない。
とにかく慣れない。
肩が出る感覚も。
スカートが風で揺れる感覚も。
全部落ち着かない。
「暑い……」
六月末とは思えない日差しだ。
ラッシュガードを着ているせいで余計に暑い。
その時。
海の家から聞こえてきた。
「かき氷売り切れでーす!」
「えぇぇぇぇぇ!?」
誰かの悲鳴。
朔夜は思わずそちらを見る。
(かき氷……)
少し食べたかった。
だが売り切れらしい。
代わりに何か冷たい物でも――
そう思った時だった。
(アイス……)
食べたい。
とても。
しかし。
問題があった。
[newpage]
近くのスーパーまで行けば買えるだろう。
だが。
この格好で?
絶対嫌だ。
とても嫌だ。
海ならまだいい。
だが町中は無理だ。
恥ずかしい。
非常に恥ずかしい。
そこで#朔夜は周囲を見回した。
ちょうど近くにいた人物を発見する。
トウマだった。
「トウマ」
「ん?」
「アイス食べたくない?」
数秒。
トウマは考えた。
そして。
「食べたいな」
即答だった。
(よし)
巻き込めた。
一人じゃない。
重要である。
「買いに行こう」
「おう」
こうして二人は浜辺を離れることになった。
近くにいたドラえもんへ声を掛ける。
「少し買い物行ってくる」
「分かったー」
ドラえもんは気軽に手を振った。
「気を付けてねー」
[newpage]
海岸沿いの道。
照り返しが強い。
「暑いな」
「うん」
歩きながらトウマが呟く。
その時だった。
前方に見える。
大量の買い物袋。
そして。
その中心でふらついている女性。
「大丈夫かな」
「大丈夫には見えないな」
近付く。
よく見ると額には大量の汗。
腕も震えていた。
「持ちます」
#朔夜が声を掛けた。
女性は驚いたように振り返る。
「あっ」
「え?」
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だけど……」
全然大丈夫そうではなかった。
トウマも苦笑する。
「半分持つよ」
「助かる……」
女性は心底ほっとした顔をした。
荷物を分担する。
思った以上に重い。
飲み物。
野菜。
肉。
魚。
とにかく量が多い。
「すごい量だね」
#朔夜が言う。
女性は苦笑した。
「実はね」
「叔父さんが急に漁師仲間を連れて帰ってきたの」
「なるほど」
トウマが納得する。
「それで買い出し?」
「そう」
女性は肩を落とした。
「冷蔵庫ほぼ空だったのに」
「いきなり増えるんだもん」
「大変だ」
「でしょ?」
少し笑いが起きる。
歩きながら話しているうちに、自然と打ち解けていた。
「そういえば」
#朔夜が尋ねる。
「名前は?」
「あ、まだ言ってなかった」
女性は笑った。
「犬山まな」
「私は犬山まな」
「よろしくね」
「#朔夜です」
「俺はトウマ」
「よろしく」
まなはにっこり笑った。
[newpage]
目的地へ到着する。
荷物を運び終えると、まなは深々と頭を下げた。
「本当に助かった」
「気にしないで」
「困った時はお互い様」
#朔夜が答える。
すると。
まなは何かを思い出したように家の中へ入っていった。
しばらくして。
戻ってくる。
手には小さな箱。
「お礼」
「え?」
「限定アイス」
「限定?」
トウマが反応した。
「この辺でしか売ってないやつ」
その一言で。
二人は少し心が揺れた。
結局。
ありがたく受け取ることにした。
[newpage]
帰り道。
アイスを食べる。
冷たい。
美味しい。
とても美味しい。
「うまいな」
「うん」
沈黙。
数秒後。
「……」
「……」
二人は顔を見合わせた。
同じことを考えていた。
「俺たちだけ食べてるな」
トウマが言う。
「そうだね」
#朔夜も頷く。
海には。
のび太達。
ナツメ達。
ドラえもん達。
みんながいる。
「なんか」
「少し罪悪感あるな」
「あるね」
再び沈黙。
そして。
「買っていこうか」
「そうしよう」
意見は一致した。
もともとの目的もアイスだった。
二人は方向転換する。
スーパーへ向かうために。
その途中。
#朔夜はふと思った。
犬山まな。
少し不思議な人だった。
初対面なのに話しやすかった。
それに――
この町そのものが、どこか妙に気になる。
海。
漁港。
人々の暮らし。
黒いドアの向こうにある世界。
まだ何かありそうな気がした。
だが今は。
まずアイスだ。
「急ごう」
トウマが笑う。
二人は足を速めた。
仲間達へのアイスを買うために。