日が少しずつ傾き始めていた。
昼間はあれほど賑やかだった浜辺も、徐々に人影が少なくなっていく。
「もう帰るのかぁ……」
のび太が名残惜しそうに海を見つめた。
「まだ遊び足りないぜ!」
ジャイアンも腕を組む。
「でも楽しかったね」
しずかが微笑む。
海水浴は大成功だった。
泳いで、遊んで、BBQもして。
気づけば一日があっという間に過ぎていた。
そんな時だった。
『お知らせいたします』
放送が流れる。
『本日夜間、花火大会開催のため、会場設営を行います。安全確保のためビーチを一時封鎖いたします』
「花火大会?」
「聞いてないぞ?」
ケータが首を傾げた。
「自分も初耳」
#朔夜も驚く。
どうやら地元の祭りと花火大会が今夜開催されるらしい。
海の家のお姉さんが笑顔で教えてくれた。
「それなら近くの温泉に行ってきたら?」
「花火が始まる頃には屋台も並ぶよ」
「いいね!」
ナツメが目を輝かせた。
[newpage]
温泉を出る頃には空は茜色に染まっていた。
そして祭りの会場へ向かった一行は思わず足を止める。
昼間とは別世界だった。
提灯。
屋台。
人の波。
焼きそばの香り。
金魚すくい。
射的。
どこを見ても祭り一色だ。
「すごーい!」
のび太が歓声を上げる。
「祭りだ祭りだ!」
ジャイアンも上機嫌だった。
[newpage]
しばらく後。
#朔夜は一人、祭りの通りを歩いていた。
着せ替えカメラで変えられた浴衣姿。
淡い水色の浴衣に白い帯。
髪はいつものまとめ方ではなく三つ編みにして肩へ流している。
狐のお面を頭の横にずらし、
片手には綿あめ。
完全に祭りを楽しんでいる人だった。
(思ったより悪くないな……)
そんなことを考えながら歩いていると、
射的の屋台を見つけた。
(のび太たち好きそうだな)
そう思って振り返る。
しかし。
「あれ?」
誰もいない。
さっきまで歩いていたはずの道が違って見えた。
ざわざわと人はいる。
祭りの雰囲気も変わらない。
だが何かがおかしい。
赤い提灯の灯りは妙に妖しく。
屋台の作りもどこか古い。
木造の建物。
石畳。
時代劇のセットのような風景。
まるで教科書で見た江戸時代だった。
「お兄ちゃん、りんご飴どうだい?」
突然声を掛けられる。
#朔夜は反射的に振り返った。
そして固まった。
屋台の店主。
それは人間ではなかった。
角が生えていた。
いや。
もっと根本的に。
妖怪だった。
「え?」
思わず声が漏れる。
店主は首を傾げた。
「どうした?」
「い、いや……なんでも」
#朔夜は慌てて頭を下げる。
そしてその場を離れた。
心臓が嫌な音を立てている。
(妖怪……?)
(なんで普通に屋台やってるんだ?)
立ち止まる。
周囲を見渡す。
よく見ると。
歩いている人影の中にも。
人間ではない存在が混じっていた。
尻尾。
翼。
一本足。
見覚えのある妖怪もいる。
(夢……?)
頬をつねる。
痛い。
普通に痛い。
夢ではない。
[newpage]
「……どうしよう」
スマホは圏外。
ドラえもん達もいない。
帰り道も分からない。
完全に迷った。
境界。
黒いドア。
今まで経験した異変が頭をよぎる。
だが今回は様子が違う。
敵意がない。
むしろ――
ここにいる全員が当たり前のように祭りを楽しんでいる。
#朔夜は立ち尽くした。
その時だった。
「君、大丈夫かい?」
穏やかな声が聞こえた。
振り返る。
そこには一人の少年が立っていた。
中学生くらい。
長い前髪が片目を隠し。
眼鏡を掛けている。
どこか落ち着いた雰囲気を持つ少年だった。
彼は少しだけ首を傾げる。
「もしかして……」
「迷ったの?」
#朔夜は思わず息を呑んだ。