「地元の人しか知らないはずなんだけどなぁ……」
犬山まなは不思議そうに首を傾げた。
その言葉に、#朔夜はハッとして振り返る。
「え?」
さっきまで隣にいたはずの少年。
眼鏡を掛けた、不思議な雰囲気の少年。
だが――
そこにはもう誰もいなかった。
「……いない」
思わず呟く。
人混みの中を見回しても見つからない。
まるで最初から存在していなかったかのようだった。
「知り合い?」
まなが尋ねる。
「いや……たぶん」
#朔夜自身もよく分からなかった。
名前は聞いた。
マオ。
それだけだ。
それなのに、妙に印象に残る。
首元の宝玉に触れる。
ひんやりと冷たい感触が伝わってきた。
「まあいいや」
まなが笑う。
「せっかくここまで来たんだし、一緒に見ようよ」
そう言って夜空を見上げた。
ちょうど次の花火が上がるところだった。
[newpage]
ドォン――。
低い音が響く。
夜空に大輪の花が咲いた。
赤。
青。
金。
次々と広がっては消えていく。
#朔夜も空を見上げる。
不思議だった。
今まで何度か花火は見たことがある。
けれど。
今夜の花火は少し違って見えた。
風が心地いい。
潮の匂いがする。
遠くから祭りの賑わいも聞こえる。
音楽は流れていない。
だからこそ。
ただ花火だけが夜空に咲く。
その美しさが際立っていた。
「綺麗だね」
まながぽつりと呟く。
「うん」
#朔夜も頷いた。
その時だった。
ふと視線を感じる。
何気なく横を見る。
そしてさらに上を見る。
神社の屋根。
そこに誰かが座っていた。
長い髪。
鋭い目。
見覚えがある。
「――」
猫娘だった。
思わず目を見開く。
すると向こうもこちらに気付いたらしい。
一瞬だけ固まる。
そして。
「あっ」
そんな表情をした。
次の瞬間。
人差し指を口元へ。
シー。
静かに。
言うな。
そういう意味だった。
朔夜は思わず頷く。
[newpage]
なるほど。
護衛だ。
まなの近くにいる理由も理解できた。
まな本人は気付いていない。
今も花火を見上げている。
だから#朔夜も何も言わなかった。
◇
花火は次々と打ち上がる。
大きな花。
細かな花。
夜空いっぱいに広がる光。
やがて。
終盤が近付いてきた。
「そろそろかな」
まなが腕時計を見る。
「帰るの?」
「うん」
少し残念そうに笑う。
「バスの時間があるから」
なるほど。
花火大会の帰りは混む。
乗り遅れたら大変だ。
「じゃあ私、先に下りるね」
「分かった」
#朔夜も頷く。
そして。
二人は石段を下り始めた。
[newpage]
途中で朔夜は何気なく振り返る。
さっきまで猫娘がいた屋根。
しかし。
もう姿はなかった。
月明かりだけが静かに降り注いでいる。
(帰ったのかな)
そう思った。
きっと。
まなが無事ならそれでいいのだろう。
◇
山を下りる。
祭りの灯りが近付いてくる。
その瞬間だった。
「#朔夜ー!!」
聞き覚えのある声。
次の瞬間。
複数の足音が近付いてきた。
「いた!!」
「見つかった!」
「無事だった!」
のび太。
しずか。
スネ夫。
ジャイアン。
ドラえもん。
さらにナツメ達までいる。
全員がこちらへ駆け寄ってきた。
「え?」
#朔夜は目を瞬かせる。
「探したんだからな!」
ジャイアンが叫ぶ。
「本当に心配したんだぞ!」
スネ夫も珍しく真面目な顔だった。
「急にいなくなるんだもん」
しずかが安堵したように胸を撫で下ろす。
「ごめん……」
#朔夜は素直に頭を下げた。
すると。
ドラえもんが腕を組む。
「ごめんじゃないよ!」
「え」
「どれだけ探したと思ってるの!」
完全に説教モードだった。
「いや、その……」
「いやじゃない!」
即座に返される。
反論できない。
[newpage]
そんな様子を見ていたまなが苦笑する。
「じゃあ私はここで」
「あ」
「今日はありがとう」
そう言って手を振る。
「またね」
まなは人混みの中へ消えていった。
その背中を見送りながら。
#朔夜は再びドラえもんへ向き直る。
「聞いてよドラえもん」
「聞かない!」
「えぇ……」
即答だった。
◇
結局。
その後も説教は続いた。
のび太から。
しずかから。
ナツメから。
トウマから。
順番に。
「一人で行動しない」
「連絡する」
「迷ったらその場で待つ」
などなど。
次々と注意される。
#朔夜は大人しく聞いていた。
だが。
心の中では少しだけ思う。
(自分、そんなに悪かったかな……)
妖怪縁日に迷い込んだ。
マオに会った。
花火を見た。
猫娘を見た。
全部自分の意思ではない。
なのに。
「反省してる?」
ナツメが聞く。
「……してる」
朔夜は小さく答えた。
その首元では。
誰にも気付かれないまま。
青い宝玉が月明かりを受けて静かに輝いていた。
そしてその小さな光が、
これから訪れる新たな出来事の始まりであることを、
まだ誰も知らなかった。