夏休みに入って数日。
#朔夜は机に向かったまま唸っていた。
「うーん……」
自由研究。
未だに何をまとめるか決まっていない。
海にも行った。
花火大会にも行った。
面白い出来事もたくさんあった。
だが、それをそのまま提出できるわけではない。
黒い扉。
妖怪。
異世界。
そんなものを書いたら先生が困る。
「妖怪とお化けの違い……かなぁ」
以前思いついた題材をノートに書く。
だが、そこから先が進まない。
資料がない。
図書館に行くのもありだが――
ふと、一人の顔が浮かんだ。
「アキノリのおばあちゃん……」
あの人なら詳しそうだ。
よし。
聞きに行こう。
[newpage]
有星神社。
境内の掃除をしていたおばあちゃんは、#朔夜の話を聞くと、
「ほう」
と頷いた。
「自由研究のぅ」
「はい」
「妖怪とお化けの違いを調べたくて」
すると、おばあちゃんは腕を組む。
しばらく考えた後、
「よし」
と言った。
「教えてやってもよい」
「本当ですか?」
「ただし条件付きじゃ」
嫌な予感がした。
「駅前の洋菓子屋に限定シュークリームがある」
「それを買ってきてくれんかの」
「……シュークリームですか?」
「うむ」
「限定品じゃ」
「午前中で売り切れる」
#朔夜は時計を見る。
残り時間はあまりない。
「行ってきます!」
そう言って駆け出した。
背後で。
「若いのう」
という声が聞こえた気がした。
◇
駅前の洋菓子店。
店内には人が多かった。
ショーケースには様々なシュークリームが並んでいる。
だが――
「限定品ってどれ……?」
分からない。
店員も忙しそうだ。
迷った末、
#朔夜は決断した。
「この五個入りください」
全部入っているなら間違いない。
会計を済ませる。
そして再び神社へ向かおうとして――
近くのベンチに腰掛けた。
「はぁ……」
走ったせいで暑い。
自販機で買ったジュースを開ける。
冷たい。
生き返る。
何気なく店を見る。
すると、
『本日分完売しました』
の札が出された。
店員達が片付けを始めている。
本当にギリギリだったらしい。
その時だった。
「うそでしょ……」
少し離れた場所から声が聞こえた。
振り返る。
黒い魔女服。
大きな帽子。
見覚えのない少女だった。
高校生くらいだろうか。
彼女は呆然と店を見ていた。
「カスタードの……」
「食べたかったのに……」
かなり落ち込んでいる。
#朔夜は思わず袋を見る。
五個入り。
別に全部必要なわけではない。
むしろ――
(自分が全部買わなかったら、この人も買えたかもしれない)
そんな考えが頭をよぎった。
少し迷う。
そして立ち上がった。
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「あの」
少女が振り返る。
「はい?」
「よかったら」
袋から一つ取り出す。
「食べます?」
数秒。
少女は固まった。
そして。
「いいの!?」
目が輝いた。
「え、でも本当に!?」
「うん」
「食べたかったんだよね?」
「食べたかった!」
即答だった。
「ありがとう!」
満面の笑顔。
なんだかこちらまで嬉しくなる。
「私はアニエス!」
「#朔夜です」
短いやり取り。
だがアニエスはシュークリームを抱えながら、
「本当にありがとう!」
と何度も言っていた。
◇
神社へ戻る。
縁側ではアキノリ達が集まっていた。
「お、帰ってきた」
「買えた?」
「たぶん」
袋を差し出す。
おばあちゃんが中を見る。
そして。
「ああ、これじゃ」
一つを取り出した。
「あずきあん?」
「限定品じゃ」
朔夜は思わず脱力した。
「分かるわけないよ……」
「それな」
トウマが頷く。
「絶対分からない」
ナツメも同意した。
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残ったシュークリームは三個。
朔夜は袋を差し出した。
「みんなで食べる?」
一瞬の静寂。
そして。
「じゃんけんだ!」
アキノリが叫んだ。
「望むところだ」
トウマが立ち上がる。
「負けないよ」
ナツメも本気だ。
数秒後。
縁側では激しいじゃんけん大会が始まっていた。
「最初はグー!」
「じゃんけんぽん!」
「うわあああ!」
「勝った!」
「負けたー!」
大騒ぎである。
その横で。
おばあちゃんは優雅にシュークリームを食べていた。
「さて」
#朔夜を見る。
「約束じゃな」
◇
「妖怪とお化けの違い――」
おばあちゃんは静かに語り始めた。
「まず、人は昔から理解できんものを恐れてきた」
「雷や嵐、病気や飢饉」
「そういう恐れが形になったものの一つが妖怪じゃ」
#朔夜はメモを取る。
「妖怪は自然や土地と結びついておることが多い」
「山には山の妖怪」
「川には川の妖怪」
「地域ごとに伝承も違う」
「神道や民間信仰とも深く関わっとる」
なるほど。
「じゃあ、お化けは?」
「お化けという言葉は広い」
おばあちゃんは答えた。
「だが一般的には、死者の霊や幽霊を指すことが多いの」
「妖怪と幽霊は似ておるようで別物じゃ」
「もちろん例外もあるがな」
#朔夜のペンが止まらない。
これは確かに自由研究になる。
「伝承を調べる時は、その土地の歴史も見ることじゃ」
「妖怪は土地の記憶を映す鏡みたいなものじゃからの」
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十分ほど話を聞いた後。
おばあちゃんはふと首を傾げた。
「……というか」
「?」
「ワシに聞かずとも専門家がおるではないか」
全員が顔を上げた。
「専門家?」
「うむ」
おばあちゃんは当然のように言った。
「目玉おやじ殿じゃ」
沈黙。
「……あ」
アキノリ。
「あー」
ナツメ。
「確かに」
トウマ。
#朔夜も固まった。
言われてみればその通りだった。
妖怪そのものに詳しい人物が身近にいる。
「今さらじゃな」
おばあちゃんは笑う。
そして最後の一口を食べながら、
「まあ、ワシも限定シュークリームが食べたかったからの」
と満足そうに言った。
どうやら今回の取引。
一番得をしたのは、この人だったらしい。
#朔夜は思わず苦笑した。
自由研究は――
まだ終わりそうになかった。