夏休み。
自由研究は未だ完成していなかった。
机の上にはノートが広げられている。
そこには、
『妖怪とお化けの違いについて』
とだけ書かれていた。
「うーん……」
#朔夜は頭を抱える。
昨日、有星神社でアキノリのおばあちゃんから話を聞いた。
確かに勉強にはなった。
だが逆に疑問も増えた。
妖怪。
幽霊。
悪霊。
似ているようで違う。
違うようで繋がっている。
考えれば考えるほど分からなくなる。
そんな時だった。
ふと昨日のおばあちゃんの言葉を思い出す。
『ワシに聞かずとも専門家がおるじゃろう?』
専門家。
つまり――
目玉おやじだ。
◇
翌日。
朔夜は布天神社へやって来ていた。
目玉おやじがいる場所。
鬼太郎の住む場所。
その入り口が、この神社の裏手にある森だと聞いていた。
「この森かな……?」
目の前には鬱蒼とした森が広がっている。
昼間だというのに薄暗い。
木々は空を覆い隠し、奥の様子はほとんど見えなかった。
風が吹く。
葉が揺れる。
どこか不思議な雰囲気が漂っていた。
「本当にこの中なのかな……」
一歩踏み込もうとして。
止まる。
少し怖い。
というかかなり怖い。
知らない森に一人で入るのは普通に勇気がいる。
どうしようか。
迷っていると――
「あれ?」
後ろから声が聞こえた。
振り返る。
そこにいたのは見覚えのある少女だった。
[newpage]
黒い魔女服。
大きな帽子。
金色の髪。
「あ」
#朔夜も思わず声を上げる。
「昨日のシュークリームの子!」
「アニエスさん」
アニエスは楽しそうに笑った。
「また会ったわね」
「うん」
「こんな所で何してるの?」
#朔夜は森を見る。
「ゲゲゲの森に行こうと思って」
すると。
アニエスが目を瞬かせた。
「え?」
「一人で?」
「そのつもりだったけど……」
アニエスは額に手を当てた。
「無理よ」
「え?」
「ゲゲゲの森は誰でも入れる場所じゃないもの」
どうやら事情を知っているらしい。
「認められた人間か」
「縁のある妖怪と一緒じゃないと辿り着けないわ」
「そうなの?」
「そうなの」
即答だった。
「じゃあ帰ろうかな……」
#朔夜が少し肩を落とす。
するとアニエスが笑った。
「せっかくだし案内してあげる」
「え?」
「私なら入れるから」
[newpage]
二人は森の中へ入った。
予想していたより歩きやすい。
獣道のような道が続いている。
鳥の声。
虫の声。
木漏れ日。
静かな森だった。
「もっと奥にあると思ってた」
#朔夜が呟く。
アニエスが笑う。
「そう思うでしょ?」
そして。
その五分後。
「着いたわ」
「え?」
目の前には一軒の小さな家があった。
木造。
手作り感満載。
正直に言うなら掘っ建て小屋である。
「近っ!?」
思わず声が出た。
アニエスが吹き出す。
「初めて来た人はみんなそう言うのよ」
◇
家の前では鬼太郎が縁側に座っていた。
「やあ」
いつもの落ち着いた声。
「こんにちは」
#朔夜が頭を下げる。
鬼太郎はすぐに事情を察したらしい。
「自由研究?」
「うん」
「目玉おやじさんに話を聞きたくて」
「なるほど」
すると家の中から声がした。
「呼んだかの?」
目玉おやじである。
[newpage]
お茶を飲みながら。
自由研究のための講義が始まった。
「妖怪と幽霊の違いじゃな」
目玉おやじは腕を組む。
「難しい話じゃ」
「やっぱり?」
「うむ」
即答だった。
「まず鬼太郎は妖怪じゃ」
「うん」
「猫娘も妖怪」
「うん」
「ねずみ男も妖怪」
「……うん」
一瞬だけ反応に困った。
「妖怪には自由意志がある」
「飯も食う」
「寝る」
「笑う」
「怒る」
「人間と変わらん」
#朔夜はメモを取る。
「それに妖怪には種族がおる」
「種族?」
「河童や天狗みたいなものじゃ」
なるほど。
確かに。
妖怪には親子や一族がいる場合もある。
「妖怪によっては繁殖で増える」
「修行して妖怪になる者もおる」
「長い年月を経て変化する者もおる」
「猫又とか?」
鬼太郎が補足する。
「そういうことじゃ」
◇
「じゃあ幽霊は?」
#朔夜が聞く。
目玉おやじは少し考えた。
「幽霊は霊魂じゃ」
「霊魂……」
「未練や執着を抱えて留まっておることが多い」
「本人も死んだことに気付いておらん場合もある」
朔夜は頷く。
地縛霊の話を聞いたことがある。
「だから同じ行動を繰り返したりする」
「自由意志は?」
「ある場合もある」
目玉おやじは答えた。
「じゃが本能や執着に引っ張られやすい」
「なるほど……」
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「悪霊は?」
さらに聞く。
「悪霊はの」
目玉おやじの表情が少し真面目になった。
「恨み」
「憎しみ」
「復讐心」
「そういった強い感情に支配された霊魂じゃ」
「人を傷つけることもある」
「じゃが元は普通の霊魂じゃ」
#朔夜はペンを止めた。
「じゃあ……」
「幽霊が悪霊になることも?」
「ある」
目玉おやじは頷く。
「逆もある」
「え?」
「恨みが解ければ成仏することもある」
ますます難しくなってきた。
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「さらに言えば」
目玉おやじは続ける。
「長い年月を経て妖怪になる者もおる」
「え?」
「悪霊が?」
「そういう例もある」
#朔夜は完全に混乱した。
妖怪。
幽霊。
悪霊。
別物。
だけど繋がっている。
境界線があるようで無い。
「つまり」
#朔夜はノートを見る。
「妖怪は自由意志を持つ存在」
「幽霊は霊魂」
「悪霊は強い執着を持った霊魂」
「でも場合によっては変化することもある」
「うむ」
「合ってる?」
「大体はの」
目玉おやじは笑った。
◇
話が終わった頃。
ノートはびっしり埋まっていた。
だが。
#朔夜の頭の中は逆だった。
「分かったような……」
「分からなくなったような……」
思わず呟く。
鬼太郎が苦笑した。
アニエスも笑っている。
目玉おやじは湯飲みを置いた。
そして。
「それが妖怪じゃ」
と一言。
妙に納得してしまう言葉だった。
研究は進んだ。
確かに進んだ。
だが。
まだ終わりそうにはない。
そんな予感だけは確実にしていた。