目玉おやじの話も、そろそろ終わりに近づいていた。
「――というわけで、妖怪と幽霊は似ておるようで違う存在なんじゃ」
「なるほど……」
#朔夜は頷いた。
正直、分かったような分からないような気もしたが、自由研究の資料としては十分すぎるほどの内容だった。
その時だった。
バサバサッ!
一羽のカラスが窓から飛び込んできた。
「あれ?」
#朔夜が目を瞬く。
鬼太郎は立ち上がると、カラスへ顔を近づけた。
何かを話している。
しかし人間には聞き取れない。
数秒後。
鬼太郎の表情が変わった。
「何だって……!?」
珍しく動揺した声だった。
猫娘も眉をひそめる。
「鬼太郎?」
「急がないと」
それだけ言うと、鬼太郎は慌てて外へ飛び出した。
「えっ!?」
#朔夜は思わず立ち上がる。
事情も説明されていない。
だが様子がおかしいことだけは分かった。
「待って!」
猫娘も後を追う。
#朔夜も自然と駆け出していた。
◇
しばらくして。
森の開けた場所に停まっていたのは――
大量のカラスだった。
「うわ……」
#朔夜は思わず足を止める。
カラス達は整列し、大きな駕籠のようなものを支えている。
カラスタクシー。
鬼太郎の移動手段だった。
「乗るよ」
鬼太郎が言った。
「え?」
「時間がない」
その言葉で全員が乗り込む。
そして。
次の瞬間。
バサァァァァッ!
大量の羽音と共に空へ舞い上がった。
「ひぃっ!?」
#朔夜は反射的に縁へしがみつく。
高い。
とにかく高い。
タケコプターで空を飛ぶことには慣れている。
だがこれは別だった。
飛行高度がおかしい。
下を見ると森が豆粒みたいに見える。
見なかったことにした。
絶対に下は見ない。
そう心に決める。
[newpage]
猫娘が少し驚いた顔をした。
「高いところ苦手だった?」
「苦手じゃない」
#朔夜は即答した。
「ただ見たくないだけ」
「それを苦手って言うのよ」
返す言葉がなかった。
◇
やがて。
カラスタクシーは深い山奥へ降り立った。
そこには砂かけ婆がいた。
珍しく真面目な顔をしている。
「来たか」
「何があったんです?」
鬼太郎が尋ねる。
砂かけ婆は後ろを指差した。
そこには簡易的な小屋。
そして。
三人の怪我人が寝かされていた。
#朔夜はそちらへ目を向ける。
最初に目に入ったのは少女だった。
褐色の肌。
長い耳。
犬を思わせる顔立ち。
白い衣装と金色の装飾品を身につけている。
どこか王族を思わせる雰囲気があった。
美しいが、今は怪我で眠っている。
その隣。
白い毛並みを持つ少年。
犬耳。
王冠のような装飾。
青とも緑とも言えない不思議な瞳。
そして――
朔夜は目を見開いた。
「え……?」
見覚えがある。
間違いない。
[newpage]
「ペコ……?」
ぽつりと呟いた。
白い犬耳が微かに動く。
その名前を聞いて。
少年がゆっくり目を開いた。
「……え?」
#朔夜を見た。
そして驚いた顔になる。
「君……」
やはり覚えている。
#朔夜も確信した。
以前。
のび太の家にいた犬。
のび太が大切にしていた犬。
ペコだった。
「やっぱりペコだ」
「どうして……」
ペコは信じられないという顔をする。
#朔夜は昔を思い出した。
ペコがいなくなった後。
一度だけのび太に聞いたことがある。
『ペコは?』
すると。
のび太は少し寂しそうな顔で言った。
『家に帰ったんだ』
それ以上は聞かなかった。
だから。
まさかこんな場所で再会するとは思っていなかった。
「のび太達も元気だよ」
その言葉を聞いた瞬間。
ペコの表情が緩んだ。
心の底から安心したような顔だった。
そして。
ぷつりと緊張の糸が切れたらしい。
そのまま再び意識を失った。
[newpage]
「えっ!?」
#朔夜が慌てる。
「大丈夫じゃ」
砂かけ婆が言った。
「安心して気が抜けただけじゃろ」
どうやら本当にそうらしい。
そして。
最後に。
小さな子供が目に入った。
年齢は五歳くらいだろうか。
薄い茶色の毛並み。
丸い耳。
犬のような顔立ち。
小さな体を震わせながら眠っている。
だが。
その口は絶えず動いていた。
「いやだ……」
「……?」
#朔夜は耳を傾ける。
少年は苦しそうに呟いた。
「黒い太陽……」
「……!」
その場の空気が少しだけ重くなった。
「黒い太陽が……」
「来る……」
「襲ってくる……」
何度も。
何度も。
うわ言のように繰り返している。
鬼太郎の表情が険しくなる。
猫娘も真剣だった。
「黒い太陽?」
#朔夜は首を傾げる。
聞いたことのない言葉だった。
だが。
なぜだろう。
妙に胸がざわつく。
ただの夢ではない。
そんな気がした。
鬼太郎は眠る三人を見つめながら呟く。
「間違いない」
「何かが起きている」
山を吹き抜ける風が木々を揺らした。
夕暮れの空は静かだった。
けれど。
その静けさの向こうで。
何か大きな事件が動き始めている。
そんな予感だけが。
#朔夜の胸に残り続けていた。