古びた小屋の中。
窓には厚い布がかけられ、外から中の様子は見えないようになっていた。
長老は入口を確認すると、ゆっくりと椅子へ腰を下ろした。
一同もそれに倣う。
だが誰も口を開かなかった。
王国に漂う異様な空気。
怯える住民達。
そして「黒い太陽」。
その全てが気になっていたからだ。
やがて長老が重々しく口を開いた。
「皆様にお話しなければならないことがあります」
室内の空気が張り詰める。
「この国で何が起きたのかを」
それは数か月ほど前のことだった。
その日も王国は平和だったという。
市場には活気があり、子供達は広場を駆け回っていた。
誰もが普段通りの一日を過ごしていた。
だが。
突如として空が暗くなった。
「嵐かと思いました」
長老は静かに語る。
「しかし違いました」
住民達が見上げた空には。
巨大な黒い太陽が浮かんでいた。
真っ黒な球体。
その表面からは無数の触手が伸びている。
そして中心には巨大な単眼。
見上げただけで恐怖を覚える異形の存在だった。
[newpage]
王国中が騒然となった。
当然だった。
あまりにも異常だったからだ。
そして。
その存在は自ら名乗った。
「バックベヤード」
長老は低く言った。
「そう名乗りました」
室内が静まり返る。
その名前を知る者はいない。
#朔夜も。
ケータ達も。
ドラえもん達も。
聞いたことのない名だった。
だが。
その場にいた全員が理解した。
そいつが今回の元凶なのだと。
「クンタック王子は直ちに迎撃を決断されました」
王国軍が動いた。
近衛兵。
騎士団。
王国の戦士達。
民を守るため戦う覚悟だった。
だが。
「戦えなかったのです」
長老は苦しげに言った。
「バックベヤードは民衆を盾にしました」
「人質……」
しずかが息を呑む。
長老は頷いた。
戦場の至る所に捕らえられた住民がいた。
攻撃すれば住民が巻き込まれる。
王子は剣を振るえなかった。
王国軍も同じだった。
そして。
さらに最悪の事態が起きる。
「サーベル隊長です」
ドラえもん達の表情が変わった。
「サーベル隊長!?」
のび太が声を上げる。
「え?」
朔夜達は顔を見合わせた。
どうやらドラえもん達は知っているらしい。
長老は続けた。
「死んだと思われていたサーベル隊長が現れたのです」
王国最強クラスの剣士。
かつて王国を裏切った男。
その剣技は王子すら上回ると言われていた。
その男がバックベヤード側として現れた。
王国軍は大混乱に陥った。
結果。
クンタック王子は撤退を余儀なくされた。
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「それから数週間後のことです」
長老の声が少し明るくなる。
「王子は戻って来られました」
希望を連れて。
クンタック王子。
スピア姫。
そして。
鬼太郎達だった。
「鬼太郎さん!」
#朔夜が思わず声を上げる。
長老は頷く。
「はい」
鬼太郎。
猫娘。
目玉おやじ。
そして仲間達。
彼らは王国のため戦うことを決めた。
王国中が希望を取り戻した。
これで勝てる。
誰もがそう思った。
実際。
戦況は決して悪くなかった。
鬼太郎達は強かった。
王国軍と協力し、少しずつ反撃を始めていた。
だが。
問題は別の場所にあった。
長老の顔が曇る。
「民衆です」
「民衆?」
アキノリが首を傾げる。
「洗脳されていたのです」
全員が息を呑んだ。
長老は苦しそうに続ける。
「誰が洗脳されているのか分からなかった」
それが恐ろしかった。
隣人かもしれない。
友人かもしれない。
家族かもしれない。
本人ですら気付いていない場合もあった。
情報は漏れる。
作戦は筒抜けになる。
逃げ場所も知られる。
そして住民達は互いを疑い始めた。
王国は内部から崩れていった。
「結果として」
長老は目を伏せた。
「鬼太郎様達は捕らえられました」
重い沈黙が落ちる。
朔夜も言葉を失った。
鬼太郎が負けた。
あの鬼太郎が。
それは想像以上の衝撃だった。
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「そんな……」
ケータが呟く。
長老は静かに頷く。
「申し訳ありません」
「我々が守れなかったのです」
悔しさが滲んでいた。
だが。
ドラえもんがあることに気付く。
「待って」
長老が顔を上げる。
「鬼太郎君達は、って言ったよね」
「はい」
「全員じゃないの?」
長老は首を横に振った。
「いいえ」
その一言に希望が生まれる。
「二人だけ」
「生き延びました」
全員が身を乗り出した。
「目玉おやじ様」
そして。
「猫娘様です」
「!」
#朔夜の顔が明るくなる。
長老は続けた。
「現在も王国内に潜伏しています」
「会えるの!?」
ケースケが叫ぶ。
「はい」
だが。
長老の表情は険しいままだった。
「ただし安全ではありません」
「住民達は監視されています」
「誰が洗脳されているのか分からない以上、こちらも慎重にならねばならないのです」
だから長老は小屋に隠れている。
だから住民達は怯えている。
だから王国全体が静まり返っている。
全てが繋がった。
やがて長老は立ち上がった。
「案内いたします」
ドラえもん達も席を立つ。
外は既に夕暮れだった。
赤い光が王国を染めている。
長老は人気のない裏道を選びながら進んでいく。
誰かに見られないように。
誰かに気付かれないように。
そして辿り着いたのは。
町外れの古びた家だった。
長老は周囲を確認すると、小さく扉を叩く。
三回。
間を置いて二回。
しばらくして。
家の中から足音が聞こえた。
全員が息を呑む。
そして。
扉の向こうから少女の声が響く。
「……長老さん?」
聞き覚えのある声だった。
#朔夜の表情が明るくなる。
長老は小さく微笑む。
「猫娘様」
「お客様です」
ゆっくりと。
扉が開いた――。