扉が開いた瞬間だった。
「猫娘さん!」
「大丈夫!?」
#朔夜を先頭に、一行は雪崩れ込むように家の中へ駆け込んだ。
狭い室内には簡素な寝台が置かれており、その上に座っていた猫娘が驚いたように目を見開く。
「ちょ、ちょっと! 一気に入ってこないでよ!」
そう言いながらも、その表情には僅かな安堵が浮かんでいた。
しかし。
#朔夜は思わず息を呑んだ。
猫娘の頭には白い包帯が巻かれていたのである。
右腕にも擦り傷が見える。
普段の彼女からは想像できないほど痛々しい姿だった。
「怪我してる……」
しずかが心配そうに呟く。
猫娘は苦笑した。
「大したことないわよ」
だが。
その声には明らかに無理があった。
部屋の奥から小さな声が聞こえる。
「大したことあるじゃろうが」
振り向けば、机の上に目玉おやじが座っていた。
「目玉おやじさん!」
ケータ達が声を上げる。
目玉おやじもまた疲労の色が濃かった。
だが無事だったことに一同は胸を撫で下ろす。
◇
「よく逃げ出せたね」
ドラえもんが尋ねる。
その言葉に猫娘の表情が曇った。
しばし沈黙。
そして静かに口を開く。
「……鬼太郎が逃がしてくれたの」
室内が静まり返る。
「え?」
のび太が聞き返す。
猫娘は視線を落とした。
「捕まった時ね」
「鬼太郎が無理やり檻を壊したの」
拳を握り締める。
「そのまま私を抱えて崖から飛び降りた」
誰も言葉を発せなかった。
「途中で鬼太郎が私を投げたのよ」
猫娘は苦笑する。
「崖下の川に向かってね」
「私は助かった」
「でも鬼太郎は……」
その先は言わなかった。
言わなくても分かった。
鬼太郎は残ったのだ。
仲間を逃がすために。
[newpage]
重い空気の中。
目玉おやじが口を開く。
「砂かけも子泣きも操られておった」
その言葉に全員が顔を上げた。
「操られてた?」
アキノリが聞き返す。
目玉おやじは頷く。
「バックベヤードの力じゃ」
「完全に意識を奪われておった」
猫娘が悔しそうに唇を噛む。
「砂かけ婆も子泣き爺も、私達を攻撃した」
「止めようとしても止まらなかった」
「まるで人形みたいに」
しずかが小さく肩を震わせた。
仲間同士で戦わされる。
それがどれほど残酷なことか。
想像するだけで胸が痛んだ。
◇
「敵について整理しましょう」
猫娘が深呼吸する。
戦士の顔に戻っていた。
「まずヴォルフガング」
その名前に誰も反応しない。
当然だった。
初耳である。
「人狼よ」
猫娘が続ける。
「月光を浴びるほど強くなる」
「しかも再生能力持ち」
「夜になると特に危険」
「うわぁ……」
ジャイアンが顔をしかめた。
「面倒そうだな」
「面倒じゃ済まないわ」
猫娘は即答した。
[newpage]
「次」
「ヴィクター・フランケンシュタイン」
今度は目玉おやじが説明する。
「継ぎはぎだらけの怪物じゃ」
「ゾンビみたいなもん?」
ケースケが首を傾げる。
「近いのう」
「ただし厄介じゃ」
目玉おやじは真顔だった。
「傷付けるほど狂暴化する」
「え?」
「傷付けたら強くなるんじゃ」
全員が絶句した。
戦えば戦うほど強くなる敵。
あまりにも厄介である。
◇
そして。
猫娘の表情がさらに険しくなる。
「カミーラ」
その瞬間だった。
#朔夜が顔を上げる。
アキノリも。
ナツメも。
ケータも。
思い当たる節があった。
「吸血鬼よ」
猫娘が続ける。
「蝙蝠を操る」
その言葉で確信した。
「蝙蝠……」
朔夜が呟く。
猫娘の目が細くなる。
「何かあった?」
#朔夜は洞窟での出来事を話した。
天井を埋め尽くすほどの蝙蝠。
赤い目。
見られている感覚。
肌寒さ。
全てを。
話し終わる頃には。
目玉おやじの表情が完全に変わっていた。
「まずいのう」
低い声だった。
室内の空気が一気に重くなる。
「どういうこと?」
のび太が尋ねる。
目玉おやじは静かに言った。
「カミーラじゃ」
「え?」
「お主ら」
「ずっと監視されておった」
一同が凍り付く。
「蝙蝠は分身じゃ」
猫娘が続ける。
「目にも耳にもなる」
「つまり」
アキノリが呟く。
「洞窟の時点で……」
「敵に見つかってた」
誰も反論できなかった。
[newpage]
沈黙を破ったのは猫娘だった。
「そして最後」
「サーベル隊長」
その名前だけは。
ドラえもん達も知っていた。
「サーベル隊長……」
のび太が顔を曇らせる。
猫娘は頷く。
「剣士よ」
「しかも化け物級」
「クンタック王子を遥かに上回る」
「そんなに?」
「そんなによ」
猫娘は即答した。
「鬼太郎も苦戦した」
室内が静まり返る。
鬼太郎が苦戦する相手。
その重みは大きかった。
「でも」
しずかが首を傾げる。
「その人、死んだんじゃ……?」
「そのはずよ」
猫娘も眉をひそめた。
「私達もそう聞いていた」
「なのに生きていた」
「どうやって?」
誰にも分からない。
謎だけが残る。
◇
やがて。
目玉おやじが静かに言った。
「じゃがの」
全員が視線を向ける。
老人の目は険しかった。
「本当に恐ろしいのは幹部達ではない」
猫娘も黙る。
目玉おやじは続けた。
「バックベヤード本人じゃ」
その名前が出た瞬間。
部屋の空気が凍り付いた。
黒い太陽。
巨大な単眼。
王国を滅ぼした存在。
鬼太郎達を捕らえた元凶。
「もし奴が本気で動けば」
目玉おやじは低く呟く。
「この王国だけでは済まん」
誰も言葉を発せなかった。
その時だった。
家の外で。
ばさり。
何かが羽ばたく音がした。
猫娘が弾かれたように窓を見る。
目玉おやじも振り返る。
だが。
そこには何もいない。
夕闇だけが広がっていた。
しかし。
誰も気付いていなかった。
窓の外。
遠くの木の枝に。
一匹の赤い目をした蝙蝠が止まっていたことを。
それは静かに翼を広げる。
そして。
夜の闇へと飛び去っていった――。