翌日。
まだ朝靄が村を包んでいる頃。
長老の家では慌ただしい空気が流れていた。
「絶対に嫌だ……」
#朔夜が項垂れる。
その前には色鮮やかな衣装が広げられていた。
バウワンコ王国の祭礼衣装。
薄い布を何枚も重ねた独特の服装で、金糸の刺繍や翡翠色の飾りが縫い込まれている。
「諦めなさい」
ナツメは即答した。
「潜入するんでしょ」
「そうだけど……」
「だったら目立たないと意味ない」
正論だった。
反論できない。
◇
結局。
数十分後。
#朔夜は完全に着替えさせられていた。
白と濃紺の毛並み。
翡翠の瞳。
そこへ祭礼衣装が加わる。
村の女性達は満足そうだった。
「綺麗じゃないか」
「まるで神話の精霊みたいだねぇ」
「やめてください……」
#朔夜は本気で恥ずかしかった。
[newpage]
一方のナツメも着替えている。
こちらは落ち着いた色合い。
黒を基調とした祭礼服だった。
濃い毛並みとの相性も良く、どこか武人のような雰囲気がある。
「似合う」
#朔夜が言う。
「ありがと」
ナツメは平然としていた。
「#朔夜も似合ってる」
「聞かなかったことにする」
◇
昼近く。
村の鐘が鳴った。
一度。
二度。
三度。
村人達の顔色が変わる。
誰もが知っていた。
来たのだ。
[newpage]
村の広場。
住民達が集められる。
誰も大声を出さない。
子供ですら静かだった。
重苦しい沈黙。
その中。
遠くから蹄の音が聞こえてくる。
ドドドドド――。
現れたのは黒い馬車だった。
いや。
馬ではない。
巨大な狼のような獣が車を牽いている。
その後ろには武装した兵士達。
そして。
中央に立つ一人の男。
鋭い金色の瞳。
貴族のような衣装。
人狼幹部――
ウォルフガング。
[newpage]
「ご機嫌よう」
彼は笑った。
その笑顔に温かみはない。
獲物を見る目だった。
「今月の徴収に来た」
それだけで空気が凍り付く。
村長が前へ出る。
「ようこそ……」
「歓迎は不要だ」
ウォルフガングは軽く手を振った。
「私は仕事をしに来ただけだ」
その視線が広場を巡る。
一人。
また一人。
品定めするように。
見ていく。
そして。
止まった。
「……ほう」
#朔夜だった。
ナツメの隣。
白と濃紺の毛並み。
大きな耳。
翡翠の瞳。
祭礼衣装。
ウォルフガングの目が細まる。
「珍しいな」
誰も喋らない。
村人達は俯いている。
「その子は誰だ?」
村長の顔が引きつる。
ナツメは内心で息を吐いた。
(かかった)
#朔夜も思う。
(かかったけど怖い……)
ウォルフガングは馬車から降りる。
[newpage]
ゆっくり。
ゆっくりと。
目の前まで来た。
「名は?」
「……サク」
偽名。
とっさに短くした。
「サクか」
ウォルフガングは頷く。
「実に興味深い」
その時だった。
別の声が響く。
「待て」
サーベル隊長。
黒い鎧を纏った剣士が前へ出る。
広場の空気が一変する。
彼の目は鋭かった。
獲物を見極める猛禽のよう。
#朔夜を見る。
ナツメを見る。
数秒。
沈黙。
ドラえもん達は遠くから様子を窺っていた。
思わず息を呑む。
しかし。
サーベルはそれ以上何も言わなかった。
「……妙な気配がしただけだ」
そう言って下がる。
◇
ウォルフガングは肩を竦めた。
「神経質だな」
そして。
再び#朔夜へ向き直る。
「気に入った」
村人達が青ざめる。
「そちらの黒い子も連れていけ」
ナツメを指差す。
「護衛役だろう」
計画通り。
だが。
思った以上に順調すぎた。
「連れて行け」
命令が下る。
兵士達が近付く。
#朔夜とナツメは抵抗しない。
ここで暴れれば終わりだ。
馬車へ乗り込む。
窓の外。
村が遠ざかる。
[newpage]
長老。
ドラえもん。
ケータ。
アキノリ。
トウマ。
全員が見送っていた。
そして最後。
サーベル隊長だけが振り返る。
じっと。
馬車の中を見る。
「……」
何かを考えるような目。
まるで違和感の正体を探しているようだった。
馬車は走る。
敵地へ向かって。
鬼太郎達が囚われているかもしれない城へ向かって。
潜入作戦が、ついに始まったのである。