村を出発してしばらく。
重厚な馬車は石畳の街道をゆっくりと進んでいた。
窓の外には荒れた畑や、人気の少ない集落が流れていく。
その車内には、朔夜、ナツメ、そしてウォルフガングの姿があった。
妙に豪華な内装。
赤い絨毯。
金の装飾。
柔らかな座席。
だが、居心地は最悪だった。
「そう固くなるな」
向かい側に座るウォルフガングが微笑む。
だがその金色の瞳は少しも笑っていない。
というより、彼自身がどう接していいのか分かっていないように見えた。
「そんなに怯えられると、こちらも困る」
「は、はぁ……」
#朔夜は曖昧に頷いた。
隣のナツメも無言で座っている。
緊張しているのは演技ではない。
敵地へ向かう馬車の中なのだ。
緊張しない方がおかしい。
「どこの出身かな?」
不意にウォルフガングが尋ねた。
ナツメが先に口を開く。
「少し離れた村です」
「ほう?」
「親戚を頼ってこの村に来ていました」
さらりと答える。
顔色ひとつ変えない。
#朔夜は思わず感心した。
(よくそんな嘘がすぐ出るよね……)
だが。
「そうか」
ウォルフガングは特に疑う様子もなく頷いた。
「姉妹かな?」
今度は#朔夜へ視線が向く。
「えっ」
思わず固まる。
ナツメも一瞬だけ目を見開いた。
「姉妹、か?」
再度聞かれる。
「そ、そうです!」
慌てて答えた。
「姉です!」
「妹です」
ナツメも即座に合わせる。
見事な連携だった。
[newpage]
だが内心では。
(姉!?)
(そっちが姉なの!?)
とお互い思っていた。
もちろん表には出さない。
「なるほど」
ウォルフガングは満足そうだった。
「よく似ている」
全然似ていない。
だが本人はそう思ったらしい。
◇
しばらくして。
ウォルフガングはじっと#朔夜を見つめ始めた。
「な、何ですか……」
「いや」
彼は少し身を乗り出した。
「月のように美しい毛並みだと思ってな」
「は?」
#朔夜が固まる。
翡翠色の瞳。
白と濃紺が混ざった毛並み。
確かに珍しい。
だが本人からすると褒められ慣れていない。
「珍しい色だ」
「そう、ですか……」
「実に美しい」
近い。
近い近い近い。
#朔夜は内心で悲鳴を上げた。
ナツメも若干引いている。
[newpage]
その時だった。
馬車の外から声が飛んできた。
「お前」
低い声。
サーベル隊長だった。
#朔夜がびくりと肩を震わせる。
「右手を見せろ」
「え?」
「親指と人差し指だ」
馬車の窓越しに鋭い視線が向けられる。
「……弦を引く者の手だな」
一瞬。
車内の空気が凍り付いた。
(バレた!?)
#朔夜の背筋を冷たい汗が流れる。
弓道。
そして戦闘訓練。
確かに手には独特のタコができている。
サーベル隊長ほどの剣士なら見抜いてもおかしくない。
「そうなのか?」
ウォルフガングが興味深そうに聞いてくる。
「え、えっと……」
必死に頭を回す。
そして。
「あ、あの」
「うむ」
「代々受け継がれている舞踊があるんです」
「舞踊?」
「弓を使う踊りで……」
完全な嘘ではない。
弓道の動作は美しく整えられている。
外から見れば舞のようだ。
「へぇ」
ウォルフガングは感心したように頷く。
「見てみたいものだ」
「い、いえ!」
#朔夜は慌てた。
「そんな大したものじゃ……!」
隣でナツメも冷や汗を流していた。
(絶対に見せちゃダメ)
サーベル隊長は黙っている。
だが。
視線だけは消えなかった。
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「……」
何か引っ掛かっている。
そんな目だった。
それを見たウォルフガングが苦笑する。
「疑い過ぎだ」
サーベル隊長は即答した。
「だから今まで生き残れた」
短い会話。
だが重みが違う。
ウォルフガングは貴族。
サーベル隊長は軍人。
その差がよく出ていた。
それからも。
馬車の旅は続く。
「好きな食べ物は?」
「肉です」
「魚です」
「家族は?」
「います」
「います」
「村はどんな場所だ?」
「静かな所です」
「平和な所です」
次々飛んでくる質問。
#朔夜もナツメも必死だった。
少しでも答えを間違えれば終わる。
だが。
ウォルフガング本人は本気で雑談しているだけらしい。
「なるほど」
「面白いな」
「それで?」
やたらと話を広げてくる。
(なんでこんなに話しかけてくるんだよ……)
#朔夜は本気で困惑していた。
やがて夕暮れ。
窓の外が赤く染まり始める。
遠く。
山脈の向こうに巨大な影が見えた。
黒い城。
不気味な尖塔。
空を覆う暗雲。
「……」
ナツメが黙る。
#朔夜も言葉を失った。
あれが敵の本拠地。
鬼太郎達が捕らえられているかもしれない場所。
その上空では。
無数の蝙蝠が飛び回っていた。
誰も気付かない。
その中の一匹が。
ずっと。
馬車を見下ろしていることに。
赤い瞳が細められる。
それはただの蝙蝠ではない。
吸血鬼カミーラの分身だった。
そして彼女の視線の先には。
何も知らぬまま城へ向かう#朔夜達の姿があった。
――敵地潜入は成功した。
そう思っているのは、彼らだけだったのである。