夕暮れの森。
ブルススとのび太に追い詰められたサーベル隊長は荒い息を吐いていた。
肩で呼吸をする。
鎧は傷だらけ。
剣を握る腕も震えていた。
「力が欲しいか?」
頭上から響く声。
サーベル隊長が睨み上げる。
木の枝に立つ人影。
深いフードで顔は見えない。
人影は小さな瓶を投げた。
サーベル隊長は反射的に受け取る。
中には黒い液体。
まるで闇を溶かしたような色だった。
「使うも使わないも、お前の自由だ」
「これは何だ」
サーベル隊長が問う。
しかし人影は肩を竦めるだけだった。
「使えば分かる」
それだけ。
説明はない。
ブルススとのび太が近付いてくる。
もう時間はない。
サーベル隊長は瓶を見る。
そして。
遠くに見える王国を見る。
かつて守るはずだった場所。
今は失った全て。
◇
「……まだ終われん」
栓を抜く。
そして。
一気に飲み干した。
数秒後。
異変が起きる。
「がっ……!」
全身を激痛が走る。
膝をつく。
剣が地面へ落ちる。
「サーベル隊長!?」
のび太が叫ぶ。
しかし。
返事はない。
骨が軋む。
肉が膨張する。
全身から黒い霧が噴き出した。
「ぐあああああああああああ!!」
咆哮。
森全体が震えた。
身体は巨大化し続ける。
二メートル。
三メートル。
五メートル。
顔が裂ける。
首が増える。
牙が伸びる。
赤い瞳が三対開く。
獣。
魔獣。
いや。
神話の怪物。
三ツ首の狂犬、ケルベロスが今ここに顕現したのである。
その瞬間。
戦場にいた全員が異変を感じた。
[newpage]
一方。
巨神兵の足元。
鬼太郎の加勢により、バックベヤードは押され始めていた。
髪の毛針。
リモコン下駄。
妖力砲。
「バックベヤード!」
鬼太郎が叫ぶ。
黒い太陽が後退する。
すると。
空間が揺らいだ。
バックベヤードの隣に人影が現れる。
深いフード。
顔は見えない。
だが。
鬼太郎は警戒した。
「お前は……!」
人影は笑う。
「そろそろ潮時ね」
まるで世間話をするような口調。
「撤退するわ」
「待て!」
鬼太郎が飛び出す。
だが。
その瞬間。
ゾワッ。
全身の毛が逆立った。
空気が震える。
大地が唸る。
森が悲鳴を上げる。
とてつもない妖気。
鬼太郎は反射的に振り返った。
遠方。
王国側。
巨大な黒い柱のような妖気が天へ伸びている。
「な……」
猫娘も息を呑む。
目玉おやじの顔色が変わった。
「あれは……まずいぞ……」
煙の向こう。
三つの頭。
六つの赤い眼。
巨大な牙。
顕現したばかりのケルベロスが咆哮を上げていた。
「オオオオオオオオオオオオオッ!!」
森が揺れる。
空が震える。
鬼太郎は再び振り返る。
しかし。
そこにはもう何もなかった。
バックベヤードも。
謎の人物も。
既に姿を消していた。
残されたのは。
暴走したケルベロスと。
新たな絶望だけだった――。