運命とは無情なものである。
あの日々が永遠に続くと、どこかで信じていた。
王の笑顔。
騎士団の仲間たち。
訓練場で木剣を振るう王子。
王国の未来。
守るべきものは確かにそこにあった。
だが。
それはあまりにも突然だった。
[chapter:王が倒れた。]
晩餐の席だったという。
毒殺。
発見された時には既に手遅れだった。
王城は混乱に包まれた。
騎士団は犯人捜しに奔走し、貴族たちは責任を押し付け合い、民衆は不安に怯えた。
その中で。
サーベルは呼び出された。
執務室。
そこにいたのは大臣ダブランダーだった。
疲れ切った表情。
赤く腫れた目。
悲しみに沈む声音。
あまりにも自然だった。
「……信じたくはありませんでした」
ダブランダーはそう言った。
「しかし、証拠が揃いすぎているのです」
机の上へ書類が並べられる。
目撃証言。
出入りの記録。
毒物の保管記録。
不自然な行動履歴。
そして。
「犯人はクンタック王子です」
サーベルは絶句した。
「馬鹿な」
即座に否定した。
あり得ない。
あの王子が。
自分が剣を教えたあの少年が。
だが。
証拠が多すぎた。
あまりにも。
多すぎた。
[newpage]
しかも王子は姿を消していた。
逃亡。
その事実が全てを決定付けてしまう。
サーベルは拳を握った。
信じたくなかった。
だが騎士として。
王へ忠誠を誓った者として。
見過ごすことは出来なかった。
王子の捜索が始まった。
そして。
数日後。
雨の夜。
ついに見つけた。
崖の上だった。
激しい雨。
吹き荒れる風。
その中に。
クンタック王子が立っていた。
「隊長……」
悲しそうな顔だった。
だがサーベルの胸は痛む。
何故だ。
何故そんな顔をする。
罪を犯したのはお前ではないのか。
「王子」
剣を抜く。
「おとなしく投降してください」
王子は首を振った。
「僕はやっていない」
その言葉に心が揺れる。
だが。
証拠は揃っている。
何より。
王子は逃げた。
それが全てだった。
「……それでも」
サーベルは構える。
「私は騎士です」
戦いが始まった。
そして。
驚いた。
強い。
いつの間にか。
王子は自分でも驚くほど成長していた。
いや。
当然だった。
剣を教えたのは自分なのだから。
[newpage]
王子は必死に抗う。
生きようとしている。
真実を伝えようとしている。
だが。
サーベルには届かなかった。
届いてはいけなかった。
もし信じれば。
今まで信じてきたもの全てが崩れる。
だから。
剣を振った。
最後の一撃。
王子の身体が大きく揺れる。
足元が崩れた。
「サーベルッ!」
落ちていく。
暗い谷底へ。
雨の中。
その姿が消えていく。
サーベルは立ち尽くした。
そして。
小さく呟く。
「あなた様の為なのです」
前王の顔が浮かぶ。
「どうか……」
雨に紛れる声。
「もう戻らないでください」
そう願った。
心から。
だが。
運命とは皮肉なものだ。
王子は帰ってきた。
しかも。
希望そのものを連れて。
[newpage]
彼らによって王国は変わった。
人々は笑顔を取り戻した。
ダブランダーの正体も暴かれた。
その光景を見ながら。
サーベルは初めて思う。
もしかすると。
間違っていたのは。
自分だったのではないか。
だが。
もう遅かった。
巨神像が目覚める。
戦場が崩壊する。
王子一行を追って内部へ侵入した。
最後の使命だった。
騎士として。
決着を付けたかった。
しかし。
敗北した。
完膚なきまでに。
負けた。
巨神像の内部が崩れ始める。
轟音。
崩落。
落下する瓦礫。
逃げ場はない。
サーベルは静かに空を見上げた。
不思議と恐怖はなかった。
むしろ。
安堵していた。
「これで……」
終わる。
王に顔向け出来るだろうか。
分からない。
だが。
せめて。
王子には生きて欲しい。
そう思った。
その時だった。
崩れ落ちる巨石の向こう。
暗闇の中から。
誰かの声が聞こえた。
「――力が欲しいか?」
サーベルは目を見開く。
聞いたことのない声。
男とも女とも分からない。
不気味なほど穏やかな声。
「まだ終わりたくないだろう?」
瓦礫が迫る。
死が迫る。
それでも。
その声だけは鮮明だった。
「騎士よ」
闇の奥で。
何かが笑った。
「もう一度戦う力をやろう」
世界が黒く染まる。
そして。
サーベルの意識は闇へ沈んだ。
[chapter:――騎士は死んだ。]
だが。
それは終わりではなかった。
新たな悪夢の始まりに過ぎなかったのである。