「……クンタック王子」
誰かの声が聞こえた気がした。
巨大な三つ首の魔獣――ケルベロス。
その中央の首から、大粒の涙が零れ落ちていた。
戦場は静まり返っている。
先程まで激しくぶつかり合っていた兵士たちも、妖怪たちも、鬼太郎ファミリーも、その異変に息を呑んでいた。
「……」
#朔夜は弓を構えたまま、その姿を見上げる。
攻撃しようとしているわけではない。
違う。
あの涙を見た瞬間、分かったのだ。
あれは敵ではない。
少なくとも今は。
サーベル隊長自身が望んで暴れているわけではない。
何かに苦しみ。
何かに縛られ。
そして今ようやく、その鎖から抜け出そうとしている。
そんな気がした。
「……救われてほしい」
小さく呟く。
自分でも不思議だった。
敵だったはずだ。
それでも。
胸の奥から込み上げてくる想いがあった。
どうか。
どうかこの人にも。
救いがありますように。
[newpage]
#朔夜は静かに矢を番える。
弦を引く。
意識が研ぎ澄まされていく。
世界から音が消える。
目に映るのはただ一つ。
涙を流す巨大な魔獣だけだった。
そして。
矢を放つ。
放たれた矢は、青白い光を纏っていた。
月明かりのような。
柔らかな光。
誰も見たことのない光だった。
矢は一直線に飛ぶ。
ケルベロスへ。
優しく。
まるで包み込むように。
光が降り注ぐ。
次の瞬間。
ケルベロスの身体がゆっくりと傾いた。
巨大な身体が崩れ落ちる。
轟音。
土煙。
戦場が揺れる。
だが。
もう誰も武器を構えてはいなかった。
「……終わった?」
のび太が呟く。
誰も答えない。
ただその時。
#朔夜の身体から力が抜けた。
視界が揺れる。
膝が崩れる。
「#朔夜!?」
誰かの声。
ドラえもんの叫び。
それを最後に。
#朔夜の意識は闇へ沈んだ。
[newpage]
次に目を開けた時。
知らない天井が見えた。
「……あれ?」
身体を起こす。
柔らかなベッド。
広い部屋。
窓の外からは陽光が差し込んでいる。
頭が少し重い。
その直後。
部屋の扉が勢いよく開いた。
「#朔夜!」
「大丈夫か!?」
「心配したんだから!」
仲間たちが雪崩れ込んでくる。
どうやらかなり寝ていたらしい。
聞けば。
丸一日近く眠り続けていたそうだ。
「えぇ……」
思わず間抜けな声が漏れる。
するとドラえもんが苦笑した。
「無茶しすぎなんだよ」
「そうかな……」
「そうだよ」
全員が頷いた。
◇
その後。
#朔夜は食堂へ案内された。
そして。
固まった。
「……何これ」
目の前には豪華な料理の数々。
肉料理。
魚料理。
果物。
スープ。
焼き立てのパン。長いテーブルいっぱいに並んでいる。
「すご……」
思わず声が漏れる。
戦い続きだったせいか余計に眩しく見えた。
「遠慮しなくていいよ」
そう言って笑ったのはペコだった。
いや。
今はクンタック王子。
否。
王だ。
王国奪還を果たした彼は、正式に王位を継承していた。
皆で食卓を囲む。
笑い声が響く。
久しぶりの平和だった。
[newpage]
食事が終わる頃。
ペコが席を立った。
「どこ行くんだ?」
ジャイアンが聞く。
クンタック王は窓の外を見た。
「視察」
短い返答。
「城壁も壊れてるし、町もまだ被害が残ってる」
その声は落ち着いていた。
「確認しておかないと」
誰も何も言わなかった。
そこにいたのは。
昔の王子ではない。
一国の王だった。
#朔夜は思う。
ああ。
本当に王様になったんだな、と。
◇
その日の午後。
クンタック王は城の地下牢を訪れていた。
牢の中には一人の男がいた。
サーベル隊長。
静かに立ち上がる。
そして。
深く頭を下げた。
「陛下」
長い沈黙。
やがてサーベルは口を開く。
「私は許されぬ罪を犯しました」
「……」
「いかなる処罰も受ける覚悟があります」
クンタック王は黙って聞いていた。
「ですが
サーベルの声が震える。
「願わくば」
ゆっくり顔を上げる。
その瞳には涙が滲んでいた。
「贖罪をさせて下さい
「……」
「王国のために」
「民のために」
「もう一度だけ剣を振るわせて下さい」
静寂。
長い沈黙。
やがて。
クンタック王が口を開いた。
「顔を上げて」
サーベルが顔を上げる。
「サーベル」
王は真っ直ぐ彼を見た。
「君にはまだ仕事がある」
「陛下……」
「王国を立て直そう」
「一緒に」
その言葉を聞いた瞬間。
サーベルの瞳から涙が溢れた。
[newpage]
止まらなかった。
何年ぶりなのか。
自分でも分からない。
ただ。
ようやく救われた気がした。
そして。
サーベルは跪く。
右拳を胸に当てる。
騎士としての礼。
「この命尽きるその時まで」
震える声で誓う。
「陛下に忠誠を」
「永遠に」
クンタック王は静かに頷いた。
こうしてこの日。
かつて道を違えた騎士は、新たなる王へ永遠の忠誠を誓ったのであった。