迎え火の煙が夜空へ昇っていた。
海岸には親戚や近所の人々が集まり、それぞれ火を囲んでいる。
お盆。
先祖の魂を迎える日。
#朔夜も祖母に言われ、手伝いに駆り出されていた。
潮風は昼間よりもずっと涼しい。
空を見上げれば満月に近い月が浮かんでいた。
「ねむい……」
隣で小さな声がした。
従兄弟のユウマである。
何度目か分からない欠伸をしている。
幼稚園生なのだから無理もない。
むしろここまで起きていた方が頑張った方だろう。
「もう帰る?」
「うん……」
ぐずぐずと袖を引っ張る。
周囲を見渡した。
だが大人達は迎え火の準備や片付けで手一杯だった。
祖母も親も忙しそうだ。
「分かった」
#朔夜はため息を吐いた。
「一回、おばあちゃん家に帰ろう」
二人で夜道を歩く。
街灯は少ない。
だが月明かりがある。
不思議と暗さは感じなかった。
虫の鳴き声。
波の音。
夏の夜特有の静けさ。
その時だった。
ふと#朔夜は山の方を見た。
そして足を止める。
「え……?」
思わず声が漏れた。
あり得ないものが見えたからだ。
山の中腹。
月光が差し込む一角。
そこだけ白く輝いている。
最初は見間違いかと思った。
だが違う。
確かに咲いていた。
桜だった。
満開の桜。
真夏なのに。
お盆なのに。
月光を浴びながら咲き誇る桜。
[newpage]
風が吹く。
花びらが舞う。
幻想的だった。
あまりにも。
だから――
目を離してしまった。
ほんの数秒。
本当に数秒だった。
その時。
__バサバサッ
背後で大きな羽音が響く。
「っ!?」
振り返る。
だが誰もいない。
そこにいたはずのユウマが消えていた。
「ユウマ!?」
慌てて周囲を見回す。
返事は無い。
代わりに。
足元に黒い羽が一枚落ちていた。
拾い上げる。
大きい。
カラスではない。
明らかに異常な大きさ。
鳥類に詳しくない朔夜でも分かる。
普通じゃない。
嫌な汗が背中を流れた。
「ユウマが消えた!?」
海岸へ戻ると場は騒然となった。
親戚達が立ち上がる。
母親の顔が青ざめる。
父親が周囲を見回す。
「どこでだ!?」
「山道!」
「羽?」
「これ……!」
差し出した羽を見て老人達の顔色が変わった。
そして。
迎え火の番をしていた一人の老人が呟く。
「……天狗じゃ」
その場が静まり返る。
誰も笑わない。
冗談扱いもしない。
それが逆に怖かった。
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「まさか……」
「封じられとったはずじゃろ……」
「祠はどうなった……」
老人達がざわつく。
その時。
#朔夜の脳裏に昼間読んだ本の内容が蘇った。
昔。
この土地には悪さを繰り返す天狗がいた。
旅人を攫い。
人を惑わし。
山へ連れ去ったという。
人々は困り果てた。
そして神職達によって封印された。
山奥の祠へ。
二度と出られぬように。
背筋が冷える。
まさか。
そんなことが。
あり得るのか。
だが。
今。
ユウマは消えた。
そして。
手の中には黒い羽がある。
月光の下。
#朔夜は再び山を見上げた。
満開の桜が静かに揺れていた。
まるで。
誰かを招くように。