ドラえもんのび太の異世界からの来訪者   作:セナドライ

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#第八十一話

神楽鈴が鳴る。

チリン――。

澄み切った音色が、結界の中へ静かに響いた。

#朔夜は何も考えていなかった。

ただ舞う。

ただ願う。

争いが終わってほしい。

ユウマが無事でいてほしい。

それだけだった。

だが――。

風が変わる。

山全体を包んでいた桜吹雪が、まるで生き物のように動き始めた。

舞い上がる。

渦を巻く。

天へ昇る。

それはまるで巨大な龍だった。

淡い桃色の龍が空を駆けているかのような光景。

空中で激突していた天狗と青年が同時に動きを止めた。

「何だ……?」

天狗が目を見開く。

その瞬間だった。

山中に咲く全ての桜が震えた。

ザァァァァァッ――!

枝が伸びる。

一本ではない。

二本でもない。

ありとあらゆる桜の枝が、まるで意志を持ったかのように天狗へ向かって伸び始めたのだ。

[newpage]

「なっ――!?」

天狗は慌てて飛び退く。

翼を広げる。

急上昇する。

だが。

桜の枝は止まらない。

山の斜面から。

谷底から。

屋敷の庭から。

数え切れない枝が天へ向かって伸びていく。

それは蔦にも似ていた。

鎖にも似ていた。

どこか神聖で。

どこか恐ろしい。

「馬鹿な!」

天狗が叫ぶ。

右へ。

左へ。

枝を避け続ける。

だが次第に逃げ場が無くなっていく。

一本が翼を掠めた。

次の一本が足首へ絡みつく。

「離せッ!!」

力任せに引き千切る。

だがその隙にさらに枝が伸びる。

肩へ。

腕へ。

胴へ。

ついに――

幾重にも重なった桜の枝が天狗の全身を絡め取った。

「ぐっ……!!」

空中で動きが止まる。

巨大な身体が拘束される。

まるで裁きを受ける罪人のように。

[chapter:桜の枷の中で。]

天狗は初めて恐怖の表情を浮かべた。

「この力は……まさか……」

その声は震えていた。

[newpage]

一方。

少し離れた場所で戦いを見ていた青年が目を見開いていた。

隣には角を生やした鬼の姿。

二人は同時に呟いた。

「神降ろしだと……?」

「ありえん……」

声は小さい。

だが驚愕は隠せなかった。

あの少年は何も知らないはずだ。

術者でもない。

巫女でもない。

神職ですらない。

なのに。

今起きている現象は間違いなく神降ろしだった。

しかも極めて自然な形で。

まるで。

本人すら気付かぬまま。

[newpage]

天狗を縛る桜の枷が淡く輝く。

その時だった。

空から一筋の光が差し込んだ。

青白い光。

月光にも似た柔らかな輝き。

雲ひとつ無い空から静かに降り注ぐ。

一本。

また一本。

やがて無数の光が天狗を包み込んだ。

「やめろ……」

天狗が呻く。

「やめろ……!」

光は答えない。

ただ降り注ぐ。

優しく。

静かに。

だが逃れようのない圧倒的な力で。

「やめろおおおおお!!」

天狗が絶叫した。

次の瞬間。

身体の奥から何かが噴き出した。

[chapter:黒い影だった。]

煙のようで。

液体のようで。

生き物のようでもある。

禍々しい何か。

見ているだけで嫌悪感を覚える存在。

黒い影は天狗の胸元から飛び出すと、悲鳴のような音を発しながら空へ逃げようとした。

その瞬間。

拘束していた桜の枝が一斉に光る。

青白い光もさらに強くなる。

まるでその影だけを追い出すように。

浄化するように。

「アァァァァァァァァッ!!」

黒い影が叫ぶ。

そして天狗の身体から完全に引き剥がされた。

影は空高く飛び去っていく。

西の空へ。

彼方へ。

まるで何かから逃げるように。

[newpage]

直後。

桜の枝が静かに解けた。

天狗の身体が地面へ落ちる。

ドサリ、と重い音。

動かない。

沈黙。

結界全体が静まり返る。

桜吹雪だけが舞っていた。

青年はしばらくその光景を見つめていた。

やがて深いため息を吐く。

「……助かった」

短い一言だった。

心からの言葉だった。

その直後。

背後から呆れた声が飛ぶ。

「まったく、お前という奴は」

半透明の体を持つ鬼ー青年の相棒だろう。

「だから一人で突っ走るなと言ったではないか」

「仕方ないだろ」

「仕方なくない」

「結果オーライだ」

「全然オーライではない」

いつものやり取りが始まる。

青年は苦笑した。

[newpage]

その頃。

#朔夜はと言えば。

「よいしょ……」

眠ったままのユウマを背負い直していた。

天狗も止まった。

ユウマも見つかった。

なら帰るだけである。

実にシンプルだった。

「帰るか」

山道を下り始める。

「待て!」

背後から青年の声が聞こえた。

だが#朔夜は気付かない。

いや。

聞こえていたが、

とりあえずユウマを家族の元へ返す方が先だった。

そのままスタスタと歩いていく。

「おい!」

「待てと言っている!」

青年が慌てて追いかけようとする。

彼の相棒が呆れたように言った。

「逃げられてるな」

「……そうみたいだな」

[newpage]

さらにその頃。

結界から遠く離れた山の中。

飛び去った黒い影が森を駆けていた。

逃げる。

逃げる。

何かを恐れるように。

だが。

その進路を一人の青年が塞いだ。

蒼い髪。

冷たく、蒼月のような瞳。

静かな威圧感。

カイラだった。

「ほう」

黒い影が怯える。

逃げようとする。

しかし。

カイラは無造作にその首根っこを掴んだ。

まるで小鳥でも捕まえるかのように。

「見つけたぞ」

黒い影が暴れる。

悲鳴を上げる。

だが無意味だった。

カイラは腰の剣を抜く。

そして。

一閃。

青白い軌跡が闇を裂いた。

黒い影は断末魔すら残せず消滅する。

風に溶けるように。

跡形もなく。

静寂。

カイラは剣を納めた。

そして消えゆく残滓を見つめながら小さく呟く。

「……空亡か」

その声だけが、誰にも聞かれることなく夜風へ溶けていった。

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