満開の桜が咲き誇る異界を後にし、#朔夜は従兄弟のユウマを背負いながら山道を下っていた。
背中からは規則正しい寝息が聞こえてくる。
「……よかった」
思わず呟く。
途中で何度も転びそうになったが、それでも足取りは軽かった。ユウマは無事だったのだ。
山を下りる頃にはすっかり日も暮れていた。
遠くに祖母の家の明かりが見える。
◇
その瞬間だった。
「#朔夜っ!!」
聞き慣れた声が夜空に響いた。
「げっ」
思わず変な声が出る。
庭先には大勢の人が集まっていた。
親戚、近所の人、消防団の人達。
そして――
「母さん……」
泣きはらした顔の母さんが立っていた。
目元は真っ赤だ。
その隣には父さんもいる。
「#朔夜!!」
母親は一直線に駆け寄ってきた。
#朔夜は反射的に身構える。
怒鳴られる。
そう思った。
だが。
「よかった……本当によかった……!」
抱き締められた。
予想外の行動に#朔夜は固まる。
「母さん……?」
「どれだけ心配したと思ってるの……!」
声が震えていた。
その姿を見て、さすがの#朔夜も少しだけ申し訳なくなる。
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「ごめん……」
すると今度は別の女性が飛び出してきた。
「ユウマ!」
ユウマの母親だった。
#朔夜の背中から降ろされたユウマは、ようやく目を覚ましたらしい。
「……あれ?」
「ユウマぁぁぁ!!」
泣きながら抱き締められ、ユウマは何が起きたのか分からず目をぱちぱちさせている。
その光景を見た周囲からは安堵の声が上がった。
「よかったなぁ……」
「本当に無事で何よりだ」
「奇跡だな」
だが。
「いや、待て」
誰かが言った。
「#朔夜君も無事でよかったが、一人で山に入ったのは危険すぎるぞ」
「そうだそうだ」
「熊だっているかもしれんのに」
「子供が勝手に行く場所じゃない」
空気が変わる。
#朔夜は嫌な予感がした。
「よくやった」
そんな中、父さんがぽんと肩を叩いた。
「え?」
「危険だったのは事実だが、ユウマを助けたんだ。立派だったぞ」
「父さん……」
ちょっと嬉しかった。
だが。
その瞬間。
周囲の温度が下がった気がした。
「……あなた?」
母さんの声だった。
父さんが固まる。
「今なんて?」
「いや、その……」
「褒めた?」
「違う、これはだな」
「褒めたの?」
「待て、話せば――」
「待ちなさい!!」
脱兎のごとく逃げ出す父親。
「ひぃっ!?」
追いかける母親。
庭をぐるぐる走り回る二人を見て、親戚達から笑いが起きた。
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「毎度のことだな」
「逃げるのだけは速い」
「いずれ、捕まるけどな」
#朔夜も少しだけ笑ってしまう。
だが。
「さて」
「ん?」
「#朔夜君?」
「え?」
振り返る。
そこには大人達が並んでいた。
にっこり。
全員が笑顔だった。
その笑顔が妙に怖い。
「少し話をしようか」
「大丈夫大丈夫」
「怒らないから」
「座ろうな」
絶対怒るやつだ。
#朔夜の本能が警鐘を鳴らした。
「えっと……」
じりじり後退する。
すると祖母の家の玄関が目に入った。
そうだ。
自分の部屋へ行こう。
今日は疲れた。
眠い。
説教は明日でいい。
そう決めた。
「じゃあ僕、疲れたから寝る――」
くるり。
踵を返す。
一歩。
二歩。
三歩。
「#朔夜?」
背後から声がした。
優しい声だった。
だからこそ怖い。
振り返る。
そこには。
叔父。
叔母。
祖母。
そして親戚一同。
全員が笑顔で立っていた。
「……」
「逃げるつもり?」
「……」
「話はまだ終わってないぞ?」
「……はい」
観念した。
どうやら今回は本当に逃げられないらしい。
◇
数分後。
居間から。
「ごめんなさい!」
という#朔夜の声が夜空へ響き渡ったという。
なお、その頃。
「待てぇぇぇ!」
「許してくれぇぇぇ!」
外ではまだ父さんが母さんに追い回されていた。
こちらもまた、逃げ切ることはできなかったらしい。