ひみつ道具ミュージアム見学を終えた後、#朔夜たちは現代へ戻ってきた。
「じゃあ、夜にまた集合ね」
ドラえもんがそう言うと、
「了解」
「遅れるなよ」
「ちゃんと来てよね」
それぞれ言葉を交わし、一旦解散となる。
ミステリートレイン。
アストンたちから聞かされたその名前は、のび太だけでなくドラえもんたちにとっても特別な響きを持つらしかった。
詳しい話は聞けなかったが、少なくとも普通の列車ではないのだろう。
そんな期待を胸に、#朔夜は家への帰路についた。
◇
玄関を開ける。
「ただいま」
返事はない。
当然だ。
母はまだ仕事から帰ってきていない。
父も今日はまだ自室にいるらしい。
リビングの時計を見て、#朔夜は少し驚いた。
「……十分くらいしか経ってない」
未来世界で半日近く歩き回った感覚だった。
展示スペースを見て。
クルトに会って。
黒い扉の調査結果を聞いて。
リーゼとも会って。
アストンたちとも顔を合わせた。
それだけの出来事があったにもかかわらず、現代ではほんの十分程度しか経過していない。
改めて考えると妙な話である。
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「未来って便利だな……」
誰に言うでもなく呟いた。
もっとも。
便利だからといって慣れる気はしなかった。
時間感覚が狂いそうである。
◇
ひとまず父に声をかけることにした。
自室のドアをノックする。
「父さん」
「おう」
中から返事が返ってくる。
ドアを開けると、父はパソコンを前に何やら作業中だった。
「どうした?」
「今日さ」
「うん」
「友達の家に泊まるかもしれない」
一応の報告である。
完全な嘘ではない。
未来世界へ行くのは事実だし、ドラえもんたちも友達だ。
父は一瞬だけ目を丸くした。
そして笑う。
「おお」
「?」
「青春だな」
「違う」
即座に否定した。
何を想像したのか知らないが違う。
絶対に違う。
「そうか?」
「そう」
「まあ楽しんでこい」
父は深く追及しなかった。
ありがたい。
母だったら色々聞かれていただろう。
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自室へ戻った朔夜は準備を始めた。
リュックを取り出す。
着替え。
スマホの充電器。
モバイルバッテリー。
懐中電灯。
筆記用具。
飲み物。
何日乗るか分からない以上、最低限の備えは必要だ。
未来の列車だから大丈夫だろうとは思う。
だが万が一ということもある。
ドラえもんたちの冒険は大抵万が一が起きる。
それを朔夜は学習していた。
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「こんなもんか」
荷物を確認していると、机の引き出しの奥から見慣れたものが出てきた。
手鏡だった。
丸い銀色の手鏡。
以前の事件で手に入れた品である。
#朔夜はそれを手に取った。
「……」
持っていくべきだろうか。
少し迷う。
普段なら迷わない。
だが今回は妙に気になった。
黒い扉。
オーパーツ。
リーゼへの違和感。
説明できないものが増えている。
そんな状況だからこそ、不思議な力を持つこの手鏡を持っていくべきではないか。
そう思う自分もいる。
しかし。
「荷物になるんだよな……」
決定打に欠ける。
持つべきか。
置いていくべきか。
結論が出ない。
その時だった。
スマホが震えた。
通知音。
画面を見る。
送信者はドラえもんだった。
『窓開けといて』
「雑だな」
思わず声が出た。
説明が足りない。
だが言いたいことは分かる。
迎えに来るつもりなのだろう。
おそらくタケコプターか何かで。
『何時?』
と返信すると、
『夜になったら』
と返ってきた。
相変わらず雑だった。
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その後も荷造りを続けていた。
だが。
ガチャ。
玄関の開く音が響く。
「ただいまー」
聞き慣れた声。
母だ。
「げ」
最悪のタイミングだった。
慌ててリュックをベッドの陰へ押し込む。
手鏡も引き出しへ戻す。
よし。
証拠隠滅完了。
そう思った瞬間。
コンコン。
ノック音。
早い。
早すぎる。
「#朔夜?」
「はい」
「入るわよ」
逃げ場はなかった。
ドアが開く。
母が部屋へ入ってきた。
買い物帰りらしく少し疲れた顔をしている。
だが目だけは鋭い。
「何してたの?」
「別に」
「怪しい」
即答だった。
ひどい。
少し傷つく。
母は部屋を見回した。
机。
本棚。
ベッド。
そして#朔夜。
まるで刑事である。
「大人しくしてたでしょうね?」
その一言に朔夜は思わず固まった。
ギクリ。
という擬音が聞こえた気がした。
未来へ行っていました。
などと言えるはずもない。
どう答えるべきか迷った、その時だった。
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「おーい」
父の声が聞こえた。
「どうしたの?」
母が振り返る。
父は廊下から顔を出していた。
そして何の躊躇もなく言う。
「次の買い物で何を買うか決めてたんだ」
「買い物?」
「ほら」
父は真顔だった。
「最近テレビでも防災用品を備えましょうって言ってるだろ?」
「……ああ」
「だから一緒に確認してたんだ」
完全な口から出まかせだった。
#朔夜にも分かる。
今思いついたに違いない。
しかし母は少し考え込んだ後、
「だったら最初からそう言いなさい」
と頷いた。
通った。
まさかの成功である。
「ごめん」
「防災は大事だからね」
母はそれ以上追及しなかった。
助かった。
本当に助かった。
母が部屋を出る。
父も戻ろうとしていた。
その時。
ちらりと視線が合った。
父は小さく親指を立てる。
#朔夜は無言で頭を下げた。
今度何か奢ろう。
そう心に決めた。
◇
夕食はいつも通りだった。
今日あったこと。
テレビの話題。
学校の話。
何気ない会話が続く。
だが#朔夜だけはどこか落ち着かない。
今夜。
ミステリートレインへ乗る。
未来世界を走る謎の列車。
アストンたちも乗る。
ドラえもんたちも乗る。
何が待っているのか分からない。
けれど。
きっと退屈はしない。
そんな確信だけはあった。
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夜。
家中が静まり返る。
時計の針は深夜を指していた。
#朔夜はそっとベッドから起き上がる。
リュックを背負う。
少し迷った末に、手鏡も持っていくことにした。
理由は分からない。
ただ何となく。
そんな予感だった。
窓を開ける。
夜風が部屋へ流れ込んできた。
静かな住宅街。
遠くで犬が鳴いている。
空には星。
その光を見上げていると――
ブォォォォ……
どこからか聞き慣れた音が近づいてきた。
#朔夜は笑う。
「来た」
次の瞬間。
窓の外へ、見慣れた青い丸い顔が現れた。
「迎えに来たよ!」
ドラえもんだった。
その後ろにはのび太たちの姿も見える。
いよいよだ。
ミステリートレイン。
新たな冒険が、今まさに始まろうとしていた。