ミステリートレインの天文デッキは、本来なら静かに宇宙の景色を楽しむための場所なのだろう。
巨大な窓の向こうには色鮮やかな星雲が広がり、遠くには青白く輝く惑星がゆっくりと流れていく。
まるで宇宙そのものを額縁に収めたような光景だった。
――本来なら。
「だから私は言っているのだよ!」
その怒鳴り声が響くまでは。
「何度も聞きましたって!」
別の怒鳴り声が重なる。
せっかくの景色も台無しである。
「……うるさ」
#朔夜は思わずそちらへ視線を向けた。
通路の向こうから二人の男が言い争いながら歩いてきている。
一人はベージュ色のトレンチコートを羽織った中年男性。
刑事ドラマに出てきそうな格好だった。
もう一人は小型端末を片手に持った記者らしい男。
どちらも周囲の迷惑をまったく考えていない。
「歴史犯罪者が脱獄しているというのに!」
トレンチコートの男が言った。
「そんな状況でミステリートレインを運行するとはどういうことかね!」
「だから安全確認は済んでるんです!」
記者が反論する。
「それに私は専属記者ですよ! 普段から乗ってます!」
「だからと言って油断は禁物だ!」
「後から乗車してきたのは警部の方でしょう!」
まるで終わる気配がない。
周囲の乗客たちも露骨に迷惑そうな顔をしていた。
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「元気だねぇ……」
ナツメが呆れたように呟く。
「元気っていうか騒がしいだけじゃない?」
しずかが苦笑する。
すると。
「あ」
警部が足を止めた。
「あ」
記者も足を止めた。
二人の視線が同じ方向へ向く。
その先にいたのは――ドラえもんだった。
「げっ」
ドラえもんの顔が引きつる。
嫌な予感しかしない。
だが既に遅かった。
二人は同時に駆け寄ってくる。
「ドラえもん君!」
「ちょうど良かった!」
そして。
「君はどう思うかね!?」
「お前はどう思うんだ!?」
綺麗に重なった。
見事なまでに同時だった。
ドラえもんは天井を見上げた。
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「なんでぇ……」
小さな悲鳴にも似た声。
「何か言ったかね?」
「聞こえなかったぞ」
「なんでもないよ!」
ドラえもんは慌てて首を振った。
しかし二人は気にせず話を続ける。
「君もそう思うだろう!」
「思わないよね!?」
「いや、だから!」
「だから何ですか!」
再び始まる口論。
ドラえもんの表情がどんどん死んでいく。
その様子を見ていた#朔夜とナツメ、それにトウマは顔を見合わせた。
「ドラえもん」
「可哀想だな」
「可哀想だね」
三人の意見は一致した。
もっとも。
助けに入るつもりは誰もない。
少し離れた場所で面白そうに眺めているだけである。
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そんな時だった。
「うっさいんだけど」
女性の声が響いた。
低く、よく通る声だった。
場が一瞬で静まる。
声のした方向から、一人の女性が歩いてくる。
長い髪。
鋭い眼差し。
そしてどこか只者ではない雰囲気。
ボームの表情が一気に明るくなった。
「マリンバさん!?」
一方で。
マスタード警部の顔は露骨に曇る。
「マリンバ君……」
「なぜここに!?」
二人の声が重なった。
女性――マリンバはため息をつく。
「こっちの台詞なんだけど」
そう言いながらドラえもんを見る。
ドラえもん。
マスタード警部。
見知らぬ記者。
三人が集まっている光景。
それを見た瞬間。
マリンバの目が細くなった。
(何かある)
賞金稼ぎとしての勘がそう告げていた。
何かを隠している。
何かを追っている。
そうでなければ、この組み合わせは不自然すぎる。
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一方。
ドラえもんの頭の中では別の警報が鳴っていた。
(終わった.....)
完全に終わった。
警部がいる。
記者がいる。
そして賞金稼ぎまで来た。
絶対に何か起きる。
百パーセント起きる。
平和な旅行など夢のまた夢だった。
「それで?」
マリンバが腕を組む。
「何の話?」
「実はだね!」
マスタード警部が語り始める。
「歴史犯罪者が脱獄しているのだよ!」
「警部!」
ボームが慌てて止める。
「その話は!」
「何か問題があるかね?」
「ありますよ!」
また始まった。
マリンバの目が怪しく光る。
歴史犯罪者。
脱獄。
その単語だけで十分だった。
(賞金首?)
もしそうなら大仕事だ。
だが、まだ情報が足りない。
もっと詳しく聞かなければ。
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少し離れた場所では。
「……」
「……」
「……」
#朔夜たちも同じことを考えていた。
重要な話だ。
間違いなく。
そして。
面白そうだ。
「聞く?」
ナツメが小声で言う。
「聞くか」
#朔夜が頷く。
「聞こう」
トウマも乗った。
三人は自然な動きで近づいていく。
まるで偶然近くを通りかかっただけですよ、という顔で。
もちろん全員演技は下手だった。
ドラえもんだけがその様子に気付く。
(やめてぇぇぇぇぇ!!)
心の中で叫ぶ。
しかし誰も止まらない。
こうして。
警部と記者と賞金稼ぎ。
そして聞き耳を立てる少年少女たち。
それぞれの思惑を抱えたまま、ミステリートレインの夜は静かに――いや、まったく静かではなく更けていくのであった。