ドラえもんのび太の異世界からの来訪者   作:セナドライ

93 / 165
#九十三話

翌日。

#朔夜は、何事もなかったかのように自宅へ戻っていた。

昨日の夜の出来事は、記憶としては残っているのに、現実の重さだけが妙に薄い。まるで夢と現実の境目だけが、きれいに削り取られているようだった。

しかし朝は待ってくれない。

制服に着替え、いつも通り家を出る。

夏の空気は重く、蝉の声だけがやけに現実的だった。

──かるた部の活動場所は、今日も変わらず蒸し暑い部室だった。

かるたの練習は、まず基本の書き取りから始まる。

札の音を正確に覚えるため、上の句を繰り返し書き、体に染み込ませる作業だ。

「はい、じゃあ次」

顧問の声が響く。

#朔夜は筆を動かしながら、頭の中で札を反復する。

“ちはやぶる……”

だがその瞬間、意識が一瞬だけ途切れた。

「#兔谷(ウガイ)さん、この句の続きは?」

不意に名前を呼ばれる。

視線が集まる。

頭の中に浮かんだ断片だけで答えてしまった。

「えっと……それは、風が逆流したときの……」

沈黙。

数秒の間のあと、周囲から小さな笑いが起きる。

「#兔谷(ウガイ)にしては珍しいな」

顧問は呆れたようにため息をつきつつも、深くは叱らなかった。

ただ、#朔夜自身は妙に引っかかっていた。

(今の……何言ったんだ、自分)

[newpage]

午後。

部活中、またしても小さな異変が起きる。

顧問に当てられた瞬間、言葉が一瞬だけ遅れる。

頭では分かっているのに、口だけが別の方向へ動きかける。

「……えっと、月の満ち欠けは地球の……回転と、えっと……」

またも曖昧な回答。

教室がざわつく。

顧問は軽く首を振り、「集中しなさい」とだけ言った。

だがその言葉は、いつもより少し重く感じられた。

帰りの会。

クラスはいつもの雑談混じりの空気に戻っていた。

その中で、ふと誰かが言う。

「そういえばさ、昨日の夜、高知県で小さな地震あったらしいよ」

何気ない一言。

しかし#朔夜の指先が、ほんのわずかに止まる。

「へえ……」

誰かが軽く流す。

会話はそれ以上広がらない。

ただ、その単語だけが、なぜか耳の奥に残った。

――地震。

 

 

夕方。

家に帰ると、母が台所から声をかける。

「次の休み、ホームセンター行くわよ。ちょっと庭の道具見たいの」

いつもの予定。

何も特別ではない言葉。

だが、その“普通さ”が、逆に現実を強く感じさせる。

「うん、分かった」

そう返しながらも、#朔夜はふと思う。

(ちゃんと、寝ないとな……)

[newpage]

その夜。

祖母からの電話が入る。

「こっちもね、ちょっと揺れたよ。大したことないけどねえ」

笑い混じりの声。

だが#朔夜は受話器を持ちながら、少しだけ黙る。

電話を切ったあと、#朔夜は窓の外を見る。

夏の夜は静かで、何も起きていないように見える。

だからこそ、余計に気になる。

(気のせい、だよな)

自分にそう言い聞かせる。

そして、夜が更けていく。

──#朔夜は、短く呟いた。

「今日は、ちゃんと寝よう」

その言葉は、ほんの少しだけ祈りのようだった。

[newpage]

ミステリートレインの展望デッキは、静かに宇宙へ向かって開かれている。

乗客のざわめきはなく、ただ機械の低い駆動音だけが響いていた。

「遅いじゃん」

声がする。

のび太たちが、すでにそこにいた。

まるで最初から待っていたかのように。

「今日、ちょっと変な顔してるけど」

軽い冗談のような言葉。

しかし#朔夜は笑えなかった。

展望デッキの窓の外で、星が一瞬だけ“揺れた”気がしたからだ。

アストンが何気なく続ける。

「この前の話、覚えてる?」

その一言で、#朔夜の胸の奥が、わずかに沈む。

誰も気づかないまま。

#朔夜だけが、その違和感の輪郭に触れかけていた。

そして展望デッキの奥で、誰かが静かにこちらを見ていた。

それが乗客なのか、それとも“別の何か”なのかは、まだ分からないまま。

夜は、何事もなく続いていくように見えた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。