「太陽系の次は、オリオン座β星系を通過いたします——」
展望デッキに、いつもの社内アナウンスが静かに響いていた。
窓の外では、ゆっくりと星々が流れていく。巨大な惑星の縁をなぞるように、ミステリートレインは宇宙空間を滑るように進んでいた。
だが#朔夜は、その光景に違和感を覚えた。
(……あれ?)
列車が“動いている”はずなのに、感覚が噛み合わない。
揺れも加速感もない。ただ窓の外だけが、設定通りに流れているように見えるだけだ。
それに——
アナウンスが告げる「通過中の天体」と、実際に展望デッキから見えている星が一致していない。
今アナウンスされている星は、すでに後方に流れているはずの位置にある。
つまり。
(これ……別の天体に対して喋ってる?)
現実の位置と表示情報が、わずかにズレていた。
だが周囲の乗客たちは誰一人として気付いていない。
歓声を上げる者、写真を撮る者、ただ景色に見入る者。
違和感を持っているのは、#朔夜だけだった。
(ドラえもんに聞こう)
そう思って立ち上がる。
◇
だが、自分たちの号車に戻ってもドラえもんの姿は見当たらなかった。
「いない……?」
普段なら必ず誰かと一緒にいるはずだ。
嫌な引っかかりだけが残る。
#朔夜は視線を上げる。
(機関室……)
入れるとは思っていない。それでも確認するしかなかった。
展望デッキより前方へ向かうにつれ、車内の空気が妙に静まり返っていく。
乗客の声も足音も薄くなるような感覚。
やがて機関室前の廊下に出た。
そこにあるはずの扉は——
わずかに開いていた。
[newpage]
隙間から、声が漏れてくる。
「……救難信号の識別はまだできないの?」
「ミステリートレインの登録データには該当なしだ。既知の所属には存在しない」
「厄介な……航路内での外部信号という可能性は?」
「否定できない。ただし、この信号は“周期的に変調”している」
#朔夜は息を止めた。
中にいるのはドラえもんと、マスタード警部、そして車掌。
何か重大な話をしている。
本来なら立ち入るべきではない空間。
だが耳に入ってしまった単語があった。
——救難信号。
(救難……信号?)
思わず、小さく声が漏れた。
「……救難信号……」
その瞬間だった。
「誰だ!」
鋭い声が室内から飛ぶ。
ドラえもんが即座に扉の方へ視線を向けた。
「そこにいるのは……#朔夜くん?」
完全に見つかっていた。
#朔夜は一瞬固まり、そしてゆっくり扉を開ける。
「……ごめん、聞こえちゃって」
機関室の空気が一段重くなる。
マスタード警部が険しい表情を浮かべる。
「乗客がここに入るのは禁止されているはずだが」
しかしドラえもんはそれを制した。
「……いや、今はそれどころじゃない」
#朔夜は一歩踏み込む。
「さっきの救難信号って、何?」
ドラえもんはすぐには答えなかった。
代わりに車掌が端末を操作しながら言う。
「この列車の航路内で、正体不明の救難信号を検知しているんです」
「航路内……?」
#朔夜は眉をひそめる。
「はい。外部ではなく、このミステリートレインの進行ルート上で発信されています」
マスタード警部が低く呟く。
「だが記録上、この列車の所属・識別に該当する信号源は存在しない」
ドラえもんは静かに言った。
「つまり、“登録されていない誰か”が、この航路のどこかにいるってことだ」
その言葉に、#朔夜の背中が冷える。
救難信号。
それは助けを求める信号。
しかし——誰から?
そしてなぜ、この列車の航路内に?
[newpage]
その時だった。
端末が再び反応した。
ピッ——
短い電子音の後、ノイズ混じりの声が流れ込む。
「……こ……え……るか……」
途切れ途切れの人声。
だが確かに“誰かの声”だった。
#朔夜は息を呑む。
そのまま、無意識に言葉がこぼれた。
「……救難信号……」
静寂。
次の瞬間。
「今、何と言った?」
ドラえもんの声が低く落ちる。
マスタード警部も、車掌も、一斉に朔夜を見る。
#朔夜はようやく自分が口に出してしまったことに気付いた。
「え……あ、いや……その……」
だがもう遅い。
空気が一気に張り詰める。
列車の外では、相変わらず天体が静かに流れている。
だがその“流れ”だけが、どこか現実とずれているように見え始めていた。
——この列車は、まだ動いているのか。
それとも、すでにどこかで止まっているのか。
#朔夜の問いは、まだ誰にも届いていなかった。