「……救難信号だって?」
その一言が機関室の空気をさらに重くした直後——。
ガタッ。
背後で、明らかに“何かが動いた音”が響いた。
#朔夜は反射的に振り返る。
「今の音……」
マスタード警部の表情が一瞬で変わる。
「そこにいるのは誰だッ!?」
鋭い声が機関室に響き渡った。
ドラえもんも車掌も、一斉に扉の方へ視線を向ける。
沈黙。
一拍遅れて、影がゆっくりと姿を現した。
「やれやれ……バレるのが早いね」
軽い調子の声。
そこに立っていたのは、マリンバだった。
腕を組み、まるで最初からそこにいたかのような顔をしている。
「私に黙っているとは、寂しいじゃないか」
マスタード警部が眉をひそめる。
「君は……いつからそこにいた?」
「最初から、かな?」
さらりと答えるマリンバに、ドラえもんがため息をつく。
「勝手に機関室の近くまで来ないでよ……」
だがマリンバは気にしない。
むしろ面白がっている様子だった。
「で?救難信号だっけ?」
彼女は端末をちらりと見て、肩をすくめる。
「助けに行ってあげなよ。万年警部」
「万年警部ではないッ!」
マスタード警部が即座に食い気味で否定する。
「そういう問題ではなく、これは航路上の重大な——」
「はいはい、重大重大」
マリンバは軽く手を振って遮った。
その態度に、空気がさらにピリつく。]
[newpage]
#朔夜はそのやり取りを見ながら、内心で思う。
(この人、絶対話をややこしくしてる……)
するとマリンバは、ふと思い出したように視線を後ろへ向けた。
「あ、そうだ」
「この子たちも気になっってるみたいから、連れて来といたよ」
その言葉と同時に、機関室の入口付近の影が動く。
そこから現れたのは——
ナツメ、トウマ。
一瞬、場の空気が止まった。
「……なんで君たちも……」
ドラえもんが頭を抱えるように言う。
「いや、それはこっちの台詞なんだけど」
ナツメが呆れたように返す。
「朔夜の行動が明らかにおかしかったから、追いかけてきた」
トウマも頷く。
「これ……完全に“話し合いの場”じゃなくなってない?」
一気に機関室の密度が上がる。
マスタード警部は眉間を押さえ、車掌は無言で端末を見つめている。
そしてドラえもんは、静かに一言。
「……どうしてこうなるの」
その呟きには、明確な疲労がにじんでいた。
マリンバはというと、楽しそうに腕を組んでいる。
「いいじゃない。人が増えた方が話は早いでしょ?」
「早くなるどころか混乱している!」
マスタード警部が叫ぶ。
だがその声を遮るように、端末が再び鳴った。
ピッ——
機関室の中央スクリーンに、波形が表示される。
車掌が低く告げる。
「救難信号……増幅しています」
その瞬間、空気が変わった。
#朔夜は気付く。
(さっきより、近い……?)
ノイズ混じりの声が、はっきりと形を持ち始める。
「……こ……こ……」
途切れ途切れだった信号が、少しずつ輪郭を持つ。
ドラえもんが小さく呟く。
「これ……単一じゃない」
マスタード警部が顔を上げる。
「どういう意味だ?」
ドラえもんは画面を見つめたまま答える。
「複数の信号が、同じ座標を目指して収束してる」
一瞬の沈黙。
その言葉の意味を理解したのは、#朔夜だった。
「……一つの救難信号じゃなくて?」
その問いに、誰もすぐには答えられなかった。
だがスクリーンの波形は、明確に“同じリズム”へと揃い始めている。
まるで——
遠く離れた誰かたちが、同じ方向へ呼びかけているかのように。
マリンバがぽつりと言う。
「……これ、ただの遭難じゃないね」
普段の軽さが、わずかに消えていた。
その言葉の直後。
列車が、ほんのわずかに揺れた。
動いているのか、それとも——
“何かに引かれているのか”。
誰も、それを判断できなかった。