転生エルフののんびり異世界生活   作:光合成で生きたい人

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第3話 エルダーエルフの力の一端

 雨上がりの澄んだ冷たい空気が店内に流れ込むと同時に、路地裏の石畳の上に立ち塞がる五つの人影が俺の視界に明確に映し出された。

 

 いずれも薄汚れた外套を目深に被り、その下には無骨な革鎧や鎖帷子を隠し持っている。腰の鞘や外套の裏側に忍ばせた刃物から漂う安物の鉄の匂いと、彼ら自身から発せられる淀んだ血の匂いが、朝の清浄な空気をひどく汚染していた。

 少しばかり腕は立つのかもしれないが、所詮ゴロツキの域を出ない、いかにもな有象無象である。

 

 彼らの視線は、扉を開けて姿を現した俺という存在を値踏みするように頭の先から足元までを舐め回し、そして一様に侮蔑の色を帯びた。

 彼らの目には、俺がただの「王都の片隅で細々と喫茶店を営む軟弱なエルフの青年」にしか映っていないのだろう。

 

「……何の用でしょうか。当店の営業時間はまだ先ですが」

 

 俺が極めて平坦な声で問いかけると、集団の先頭に立っていた顎鬚の男が、醜悪に口角を歪めて一歩前に出た。

 

「とぼけるなよ、エルフ。昨晩、この薄汚い路地に銀髪の女が迷い込んだはずだ。どこぞの貴族様のご令嬢らしいが、そいつは少々面倒な真似をしでかしてな。俺たちは雇い主から、その女を連れ戻す……いや、完全に『処分』するようにと依頼を受けている。大人しく店の中から引きずり出してこい」

 

 いや、流石に口が軽すぎやしませんか。

 ベラベラと全部説明してくれて、思わず笑ってしまいそうになる。

 だからお前らは所詮捨て駒のゴロツキなんだよ。

 

 しかし、雇い主か。

 昨夜の夜会で彼女を一方的に断罪した元婚約者の侯爵家なのか、それとも実の娘を切り捨てた伯爵家なのかは分からない。

 ただ一つ確かなのは、彼らは彼女の社会的地位だけでなく、その命すらも完全に隠滅しようと目論んでいるという事実だ。

 

「断る。それを聞いて、はいそうですかと頷くとでも?」

 

 俺の明確な拒絶の言葉を聞いた瞬間、五人の男たちの顔から余裕の笑みが消え去り、明白な殺意が剥き出しになった。

 

「人間の国で商売をさせてもらっている分際で、随分と偉そうな口を叩くじゃないか。森の田舎者風情が、俺たち相手に英雄でも気取るつもりか?」

 

 先頭の男が外套の内側から柄の長い短剣を引き抜き、俺の心臓を一直線に目掛け、地を蹴って鋭く踏み込んできた。

 訓練された淀みのない刺突。人間の目から見れば相当素早い一撃だったのだろう。

 

 ──だが、世界樹の化身たるエルダーエルフの知覚速度からすれば、それは止まっているも同然の鈍重な動きだった。

 

 俺は自身の立ち位置から一歩も、ただの一指すらも動かすことなく、路地裏の地下深くに張り巡らせていた巨大な植物の根のネットワークに対し、魔力による明確な『迎撃』の意思を伝達した。

 

 男の握る凶刃が俺の胸元に到達するよりも早く、足元の硬牢な石畳が、下からの圧倒的な質量によって音もなく隆起し、そして砕け散った。

 地中から這い出したのは、大蛇のような太さと鋼鉄以上の硬度を持つ無数の強靭な木の根だ。それらは重力や物理法則を完全に無視した異常な速度で空中に飛び出し、先頭の男の四肢を瞬時に絡め取ると、そのまま男の身体を空中へと高く吊り上げた。

 

「なっ……!?」

 

 後方に控えていた四人の男たちが、目前で起きた非現実的な光景に絶句し、遅れて武器を抜こうとする。

 だが、遅すぎる。

 石畳の隙間という隙間から、まるで世界そのものが彼らを排除しようと意志を持ったかのように、無数の蔦と根が濁流となって噴出した。逃げる間すら与えず、残る四人の男たちの首、腕、足首に極太の植物が巻き付き、彼ら全員の身体を一瞬にして空中に磔にした。

 

 抵抗はおろか、悲鳴を上げる隙すら与えない。首に巻き付いた蔦が彼らの声帯を正確に圧迫し、呼吸を奪わない絶妙な力加減で、その口から発せられるすべての音を完全に封殺していた。

 

「な、あ……が……っ」

 

 男たちの眼球が恐怖に見開かれ、空中でもがくように四肢を動かそうとする。だが、エルダーエルフの魔力を注ぎ込まれた植物の戒めは、人間の腕力でどうにかなる次元のものではない。

 

 俺はゆっくりと歩みを進め、空中に拘束された先頭の男の目の前で立ち止まった。

 俺の背後には、視界を覆い尽くすほどの巨大な世界樹の幻影が、濃密な緑色の魔力の奔流となって立ち上っている。周囲の空間の魔力密度が限界を超えて跳ね上がり、呼吸をすることすら困難なほどの絶対的な威圧感が、路地裏の空気を支配していた。

 

「人間の社会のルールに従えば、法に触れないよう穏便に話し合いで解決するべきなのだろう。それに俺もこの国の人間の営みは好ましく思っているし、出来る限り余計な血を流すような野蛮な真似は避けたいと考えている」

 

 俺は空中に吊り上げられ、恐怖で全身を激しく痙攣させている男の瞳を真っ直ぐに見据えたまま、冷酷なまでに平坦な声で言葉を紡いだ。

 

「だが、貴様らから害を為すなら話は別だ。次はないぞ。さっさと行け」

 

 俺が魔力の拘束を解くと同時に、五人の男たちの身体が乱暴に石畳の上へと投げ出された。

 全身を打ち据える鈍い音が響く。彼らはもはや俺の方を振り返る勇気すら持たず、自身の武器を拾うことすら忘れて、何度も泥水溜まりに足を取られながら、命からがら路地裏の奥へと逃げ去っていった。

 

 その無様な背中が完全に視界から消え去るのを見届けてから、俺は静かに魔力の解放を停止した。

 背後にそびえ立っていた世界樹の幻影が霧散し、周囲の空気を支配していた圧倒的な威圧感が嘘のように消え去る。俺は土の精霊に命じて、破壊された石畳を元の寸分違わぬ平坦な状態へと修復させた。

 血の一滴も流さず、店の外壁にも一切の傷をつけることなく、不快な害虫の駆除は完了した。

 

 やり過ぎのようにも思えるが、結局のところ阿呆が相手だとどちらにせよ同じだからなぁ。

 圧倒的な力で捻ったとして、『そんなの信じられるか』と後続が来るし、小出しにしたところで『俺ならやれる』と後続がくる。

 ならせめて、あいつらだけでも二度と関わらないと思うほどの格の差を見せつける方が多少は省エネになるという訳だ。長いエルフ生で学んだ知恵である。

 

「……さて。スープが冷める前に戻るか」

 

 俺は自身の着ているエプロンについた見えない埃を手で払い落とし、人間社会の穏やかなカフェマスターの顔へと戻ると、再び店舗の鍵を閉めて厨房へと向かった。

 

 手を丁寧に洗い流し、清潔な木製のトレイを用意する。

 長時間煮込んだことで野菜の甘みが十分に溶け出した温かい特製スープと、ほんのりと焼き色をつけた柔らかい白パン。それらをトレイに乗せ、足音を立てないように慎重に二階への階段を上る。

 

 客間の扉を静かに押し開けると、窓のカーテンの隙間から差し込む朝の光が、室内の空気を黄金色に染め上げていた。

 ベッドに横たわっていた少女は、すでに静かに目を開いていた。

 高熱によって不自然に赤く染まっていた彼女の頬は本来の透き通るような白さを取り戻しており、浅かった呼吸もすっかり穏やかなものになっている。

 

 俺が部屋に入ってきた気配に気づき、彼女はゆっくりと体を起こした。

 昨晩の、すべての感情が抜け落ちた人形のような虚無の瞳はそこにはない。大粒の涙を流し、自身の中に押し込められていた感情の淀みをすべて吐き出した彼女の瞳には、微かではあるが、確かな生命の光が宿っていた。

 

「……おはようございます。お体の具合は、いかがですか」

 

 俺がトレイを近くの小さな机に置きながらそう問いかけると、彼女は自身の両手を見つめ、そして俺の顔をじっと見上げた。

 

「……私、生きて、いるんですね」

「ええ。酷い熱でしたが、今は随分と落ち着いた様子で安心しました」

 

 俺の言葉を聞き、彼女は大きく、とても深く息を吸い込んだ。

 そして、彼女は不器用な動作で布団を両手で強く握りしめると、ゆっくりと、本当にゆっくりと、その唇に微かな弧を描いた。

 それは、貴族の娘として周囲の大人たちから強要されてきた見栄えの良い「完璧な作り笑い」ではない。不器用で、ぎこちなくて、少しだけ歪な形をした、彼女自身の意志による初めての「微笑み」だった。

 

「……ありがとうございます。この恩は、必ず」

 

 その言葉には、もう嘘や偽りは混じっていなかった。

 彼女は俺の用意した温かいスープの香りに気づいたのか、不意に自身の腹部を押さえ、ほんの少しだけ恥ずかしそうに視線を逸らした。

 その年相応の可愛らしい仕草に、俺は思わず小さく吹き出してしまう。

 

「まずは、温かい食事にしましょうか。難しい事はお腹を満たしてからゆっくりと考えればいいんです」

 

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