なんか……眠れないな。布団から起き上がる。かぐやはというと、私の隣でよだれを垂らしながら寝ている。金色の髪が、窓から差し込む月の光で輝いている。ほんと、可愛らしい寝顔だ。普段からこんなふうに静かだったらいいのに。
かぐやを起こさないよう静かに立ち上がる。月明かりを頼りに足の踏み場の少なくなった床を……いや、物増えすぎでしょ……とにかく、慎重に移動してキッチンへとたどり着く。水道水をコップにくんで口に含み、乾いた喉を潤す。
明日も夏期講習はあるけど、焦ったところで眠れない。勉強……は、電気をつけられないからできない。一人だったらそうしたけど、今はかぐやがいる。起こしてはいけない。
眠くなるような動画とかないだろうか。タブレットを手にとって、ちゃぶ台の前に座る。動画サイトにでてくる私へのおすすめは、以前はヤチヨの音楽や配信、アーカイブで満ちていたけれど、最近はかぐやの配信アーカイブをたくさん出してくるようになった。
……ライバーデビューしてからまだ半月も経ってないのに、こんなに動画出しているんだな。顔と声の可愛さに加えてこの積極性、ファンが増えていくわけだ。私の作った曲なんて本当に必要なんだろうか。しかも。
「かぐや、もうコラボまでしてるんだ」
スライドしていると、1つの動画が目に留まった。サムネイルに映っているのはヨミクイという文字と、ツクヨミでも有名なライバーたちだった。もしかして、ツクヨミクイズだろうか。乙事照琴と忠犬オタ公が不定期に主催している番組だ。名前だけは知ってるけど、そういえば内容は見たことがない。だってヤチヨがでてないんだもの。そんな暇があったら過去のアーカイブとかを復習する。
「……見てみるか」
でも今回はかぐやが出ている。なら、とイヤホンをつけ、動画をタップした。
『どもっす〜〜ツクヨミイベントの実況担当、乙事照琴と〜』
『みんなのためにわんわんお! 忠犬オタ公でぇ〜す!』
『はじまりました。第……えーっと何回目だったかな。ま、いいや。ツクヨミクイズのお時間です』
適当だな、おい。この人、元プロゲーマーでかつお兄ちゃんの元相棒だったと思うんだけど。
『今回はヤチヨカップに伴い特別開催となっていま〜す。お呼びしたのはヤチヨカップの圏内に入ってるライバーさんたちと……現在ランキング爆上げ中! ツクヨミの期待の超新星かぐやちゃんです!』
『かぐやっほ〜〜! 月から来た天才な歌姫のかぐやちゃんです!』
『あぁ〜〜ほんとかっわいいなぁ……』
『今回オタ公さんの熱い希望でお呼びいたしました〜……えっそれはオフレコ? サーセンw……改めて自己紹介をしていきましょう! それではまず米斗さんから——』
かぐや、馴染んでるなあ。ここにいるライバーって全員、ヤチヨカップ優勝圏内の人たちでしょ。
あとオタ公さん、もしかして本当にかぐやのファンになってる……? かぐやの路上ライブ(ツクヨミ内)にも来てくれてたけれど、ただの取材だろうなと思ってた。
『——自己紹介も済んだということで……それでは早速参りましょう、第1問!』
さて、かぐやは何問正解したんだろうな。宇宙人ってバレなきゃなんでもいっか。それと炎上しなければ……。最近、俗に言うガチ恋ファンと呼ばれるものが増えてきているし、気をつけさせないと。芦花や真実ってどうしてるんだろう。今度聞いておこうかな。
『ここにいる忠犬オタ公さんは、ツクヨミニュースなどツクヨミ公式番組を手掛けておりますが……そのリアルの正体はなんと……! ってことでお答えください。回答時間は1分です』
オタ公の正体……? ツクヨミの運営にかなり近い人だし、専属のライバーなんじゃないんだろうか。でもそれって結局オタ公の正体はオタ公ってことになるんじゃ——。
『あ、ちなみにガチで正解していてもプライバシー的に合ってるとは言えないので、我々の独断と偏見で正解を決めます〜』
大喜利じゃん。クイズじゃなくて大喜利だよねこれ。
かぐやも分かってなかったようで一瞬ぽかんとした姿を見せていた。だが次の瞬間には納得したかのように手を打って、早速なにかを書き始めた。
『それでは早速行きましょう……忠犬オタ公のリアルの正体は〜〜〜っ、オ・ランダム・オメガさん回答どうぞ』
右目に手をあてた男性、その解答欄が表示された。書かれていたのは……魔界のケルベロス。
『慢性的ファッション中二病患者のオメガさんらしい回答です。オタ公さんどうですか?』
『ちょっと平凡かなー……顔も一つなんでフェンリルのほうが好みだったかも』
『くっ……我が
平凡ってなんだっけ。共感性羞恥を誘うようなオーバーリアクションと単語なのにみんな流してるのすごいなあ。かぐやも……いやこれ流してない。目をキラキラさせてる。かっけぇってつぶやいてる。手に無駄に包帯巻いてないか、今度からチェックしないといけないかもしれない。
『次に行きましょう……マル=マリー・真珠さんの回答は——秘密組織のエージェント?』
乙事照さんの不思議そうな声色に2つの大きな真珠を頭に頂いた、割烹着姿の女性ライバーがにへらと笑う。
『オタ公さんってぜ〜〜んぜんリアルの姿見えてこないからぁ……もしかしたらツクヨミに潜り込んだ秘密組織の一員みたいなぁ。うん、CIAの職員とかいいよね〜。バレたら全部なかったことにしちゃえばいいんだよぉって』
『うーーーんこれはサイコ、サイコです。おっとり雰囲気から相変わらず漏れ出してきててこわすんぎ。……オタ公さん判定は?』
『マル=マリーさんらしくていいですねー……アリです』
うんうんとオタ公さんが頷いている。言われてみればオタ公さんはツクヨミ以外で配信をしないし、リアルについても全然言わない。けど、もしあってたらマル=マリーさん始末されてしまうんじゃないかな。……何考えてるんだろう、私。眠気が深まってきたのかな。
『オタ公さんからは好感触。これはポイントゲットなるか? ……どんどん行きましょう。黒羽カカさん、回答は——! 』
女性の天狗というべき容姿をもつライバーの回答に表示されていたのは——アーマード・コアのエアちゃん。なにかのキャラだろうか。
『声似てるなって思って』
『たしかによく声にてるっていわれるんだよね〜……』
『ちょっまずいまずい!』
『どしたの乙事照さん……んんっ……様子がおかしい人です』
『おおうまい……って! これ以上続けると色々と良くない気がするので次に行きましょう。かぐやさんの答えは!」
なぜか慌ててる乙事照さんがついにかぐやの解答欄を指定した。出てきた答えは——
『いろPのお姉さん!』
勝手に姉を作るな。
『正解!』
正解にするな。
『オタ公さん落ち着いてー』
『でもなりたい! いろPのお姉さんになってかぐやちゃんのことも養いたいぃ……!』
『おおう思ったよりガチだこの人。あ、分かってない方に説明しますと、いろPさんはかぐやさんの保護者兼作曲家兼猛者ゲーマーです。すごすんぎ』
自分のことを解説されるのむず痒いな。……あれ? 私、KASSENしてるときは着ぐるみを着てないと思うけどなんでゲーマーって知ってるんだろう。
もしかして中身の姿みられたことあったのかな。
その後、米斗王里さんはミロのヴィーナス、神北林檎さんと運銅寺睡馬さんの答えはムキムキのボディビルダーと答えて……なんでもアリだな。結局オメガさん以外の全員がポイントをゲットしていた。可愛そう。
『続いての問題! 月見ヤチヨが作った超オーバーテクノロジー仮想ワールドツクヨミですがぁ……噂によるととある形をしているそうなんです。ってなわけで予想してみてください〜』
『それって海の向こうまで含めて? たしかにヤッチョがなんか言ってた気がするなー……』
オタ公さんが腕を組んで記憶の中をめぐり始めた。言われてみれば、ツクヨミユーザーは海の向こうまでいくことができない。実装はされているようだけど……神話になぞらえるなら、例えば亀の甲羅の上とかだったりするのかな。
時間が立ち、回答の時間へ。竜宮城、でかいFUSHI、富士山、ただのマル……。
『オメガさんの答えを見てみましょう……ドーナツ?』
『ふっ……これがヤチヨの作った世界だというのならば、このツクヨミはそれを埋めるための』
『どう思いますかオタ公さん』
『ゴールデンチョコが好きですね』
『なんで俺のときだけ好みの話になるんですかねえ!?』
不憫属性だなあ……ちなみにかぐやの答えはいろPのパンケーキだった。味はクソまずいんだよとわざわざ解説を添えて。はったおすぞ。
『それでは3問目です。無人島に持っていくならば──!』
ふわっと欠伸が出た。そういえば、つい見入ってしまっていたけれど、寝ようと思っていたんだった。3問目の回答を見届けたら寝ようかな。
ライバーたちはもう慣れてきたようで、素早く回答を終わらせた。それぞれ、それらしいものを回答していく……マル=マリーさんが回答した過去ってなんだろう。
ちなみにオメガさんの回答である魔術大全は、燃やせるものということで高評価を得ていた。
残ったのはかぐやの回答だ。
『それではかぐやさんの回答です——……えっと……』
オープンされたそれは、なぜかモザイクがかかっていた。
『あ、これいろPの本名ですねー』
『おっほおぉおおお! てぇてぇ!』
…………………………………………。
ちょっとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!? なにしてるのこいつ! 私の本名を全世界に公開したの!?
他のライバーさんたちも……逆にオメガさんだけキメ顔保っているけれど、それ以外は全員驚いている。
『もしかしたらみているいろPさんへ、リアルタイムでモザイク処理しているので、身バレの心配はないですよー』
ならよかっ……じゃない!
部屋の中にいるかぐやをきっと睨む。すやすやと可愛らしい寝息を立てていて、とても叩き起こす気にはなれない。朝になったら絶対問い詰める。
『えっと、なんでいろPさんを?』
『かぐやはいろPをハッピーエンドに連れていきたいの! だから無人島に行くんだったら、ぜったい、一緒に行く』
巻き込むな。ハッピーエンドどころかバッドエンド一直線じゃないのそれ。
『あとかぐやちゃん、やっぱり寝るときはいろPと一緒じゃないとダメで』
『え? 一緒に寝てるんですか?』
乙事照さんが素っ頓狂な声をあげた。
『生まれたときから! いろPに包まれて寝るとぐっすり眠れるんだよねー……』
恥ずかしいからそういう話するな、バカ。
『幼馴染? でもいろPさんにそういう相手がいるって話は……オタ公さん? 鼻抑えてますけどもしかしてリアルで鼻血だしてませんか?』
『だいじょうぶ……もっときかせで……いろかぐてぇてぇ……ツクヨミニュースが流せなくなっても悔いなし……』
『いろPのこと? んー……すっごい頑張り屋さんで、かぐやがどんなわがままいっても最後は付き合ってくれるくらい優しくて……だから、無人島に行くっていったら絶対ついてきてくれる!』
いかないから。絶対に。あとオタ公さんがすっごい表情している。夜、道端で出会ったら間違いなく通報するような……。
『オタ公さんが正気を失いかけているので休憩に移りましょう。それではCMです』
画面をタップし、動画を止めた。同時に再び欠伸が出た。
感情がごちゃまぜだけど、とりあえず今は寝よう。明日の夏期講習のためにも。
「いろはぁ……どこぉ……」
突然かぐやが声を上げた。振り向いたけど、起きた様子はない。寝言のようだった。手を伸ばして、宙をつかもうとしていた。
「無人島どころか寝る時も私が必要なわけ……?」
かぐやの横に潜り、手を握る。温かい。赤子のときからこの体温は変わっていない。
「いろは……いたぁ……」
それを最後に、かぐやは再び静かな寝息を立て始めた。なんだこいつ。無人島どころか、一人暮らしすら無理なんじゃないの。
今は許してあげるけど、明日の朝は絶対とっちめてやるから。何も知らずに幸せそうな表情を浮かべるかぐやを眺めながら、私は微睡みに落ちていった。