女狩人がヒロアカ世界の公安に所属して獣を狩る話 作:ブラボクロス増えろ
数日後、警察署の正面玄関は、奇妙な祝祭のような騒がしさに包まれていた。
報道陣のカメラが並び、マイクが突き出され、フラッシュが白く瞬く。誰かが罵声を上げ、誰かが名前を叫び、誰かが正義という言葉を使った。だがそこに本当の意味で正義を期待している者など、もうほとんどいなかったのかもしれない。皆、分かっているのだ。大きすぎる家の名と、よく磨かれた法律の刃が揃えば、人一人の悲鳴など簡単に切り捨てられると。
神楽木はその光の中へ堂々と姿を現した。
不起訴処分。証拠不十分。手続き上の不備。どれも上品で、便利で、実に人間社会らしい言葉である。血の匂いもしない。地下室の湿気もない。泣き叫ぶ被害者の喉の震えも含まれていない。ただ紙の上で整えられた瞬間、神楽木は無実の市民として警察署の玄関を出る資格を得た。
報道陣の後方では、被害者の家族達が警察官に押し留められていた。
手には古い写真がある。制服姿で笑う娘、誕生日のケーキの前に座る息子、家族旅行の海辺でこちらを振り返る幼い顔。そうした生活の断片が、黒いレンズと制止線の向こうで震えている。社会は彼らに法を信じろと言った。ヒーローを信じろと言った。警察へ任せろと言った。その結果として返ってきたものが、証拠不十分という無機質な札だった。
「なぜだ! なぜあいつが釈放されるんだ!」
「あの子を返せ! 神楽木! お前が殺したんだろ!」
神楽木は振り返った。
ほんの一瞬だけ、被害者家族の方へ顔を向ける。そして笑った。大きく笑う必要などない。ほんのわずかに唇を歪めるだけで十分だった。その笑みは、自分がまた勝ったと信じる者の顔であり、他人の絶望を自分の権力の証明として味わう者の顔だった。
最高級のセダンの扉が開く。黒い車窓は、遺族の涙も報道陣の光も上品に弾き返した。その向こうで神楽木がどんな顔をしているのか、外の者には見えない。見えないものは、やがてなかったことにされる。政治家の息子が守られる時、社会はまず視線を奪われ、次に言葉を奪われ、最後には怒りの置き場まで奪われるのだ。
オールマイトは無力にその光景を見ていた。
拳を振るえば止められる。あの車を叩き潰し、神楽木を引きずり出し、遺族の前で膝をつかせることなど、彼の力なら容易い。だがそれをした瞬間、平和の象徴は法の外側で気に入らぬ者を裁く暴力へ変わる。彼はその一線を越えないために、自分の両腕を縛り続けてきた。
では、その縛られた腕の前で、救われるべき者が踏みにじられるならどうすればいい。
彼は迷う人々の前へ笑って現れればよかった。私が来た、と言えば、それだけで場の空気が変わった。倒れた者は顔を上げ、泣いていた子供は泣き止み、悪人は自分の敗北を悟った。だが今、その笑顔はどこにも届かない。黒い車窓は閉ざされ、遺族の悲鳴は警察官の腕に遮られ、法の手続きは彼の筋肉よりもはるかに冷たい場所で進んでしまった。
答えは出ない。答えが出ないまま、車は門を抜け、昼の光の中へ消えた。
一方、公安のセーフハウスでは、クラシック音楽が静かに流れていた。
室内は薄暗い。窓の外には整った都市の灯りが並び、テーブルの上には磁器のカップが置かれている。その椅子に腰掛けたフローレンスは、報告を聞きながら紅茶を口に運んでいた。白い肌、白金の髪、銀の目。暗い部屋の中であっても、その美しさは少しも損なわれない。むしろ周囲の陰が、彼女だけを際立たせるために存在しているかのようだった。
「神楽木は釈放された。我が国の法制度は、彼を裁けなかったよ」
公安長官は、諦めたように言った。だがその目は諦めていない。あれは敗北を悔しがる目ではなく、次の処理に移る理由が揃ったことを確認する目だった。
フローレンスはカップを戻す。音はしなかった。
「羊たちが作ったルールだもの、獣に破られるのは当然でしょう」
声は澄んでいた。そして冷たい。
「最初から分かっていたことだ。お前たちの法とやらは、自らの牙を隠そうとする卑怯者のための道具に過ぎない。本物の獣を前にすれば紙切れ同然。やはり私がその場で間引くべきだったのよ」
「手厳しいな」
長官は笑った。
「だが、今回は君の言う通りだったかもしれん。これで我々も動きやすくなった。彼はもう、通常の司法ルートでは処理できない例外だ」
公安にとって神楽木の釈放は醜聞であり、同時に都合のよい証明でもあった。法が裁けない。警察が止められない。ならば表の制度から外れた刃を使う理由が生まれる。長官はその計算を、呼吸と同じ自然さで行っている。
フローレンスは窓の外を見た。
都市の灯りは美しい。人間達が安全の証として積み上げた光の群れだ。だが彼女の視界では、その下を濁った血管のような悪意が這っている。美しいものは好きだ。優れたものも認める。だからこそ、己より劣る者達が作った不完全な秩序を、無条件に尊重する理由など持ち合わせていなかった。
彼女は怒っていない。失望もしていない。羊の柵が獣を止められないことなど、最初から分かっていたからだ。むしろ少しばかり愉快ですらあった。あれほど己の正しさを信じていたオールマイトが、今ごろどんな顔でこの結果を見ているのか。想像するだけで、紅茶の香りが少しだけ甘くなる。
その頃、釈放された神楽木は、自邸の広い部屋で高級ワインの瓶を叩き割っていた。
赤い液体が床へ広がる。血ではない。だが赤ければ何でもよかった。壊れれば何でもよかった。自分がまだ壊す側にいるのだと、自分自身へ証明できるものなら、絵画でも家具でも人間でも大差はなかった。
「あいつ……あの白い髪の女……!」
恐怖は消えない。あの銀の目が、脳裏から剥がれない。自分を見下ろし、いつでも殺せるという顔をしていた。許せるはずがない。恐ろしい。だからこそ許せない。神楽木の中で、恐怖は恥となり、恥は怒りとなり、怒りは血を求める飢えへ変わっていった。
「俺を怖がらせた代償は高くつくぞ……。今度は、もっと面白いものを見せてやる。あの女の目の前で、全部真っ赤に染めてやるんだ!」
獣の腐敗は、さらに深く進んでいた。