女狩人がヒロアカ世界の公安に所属して獣を狩る話   作:ブラボクロス増えろ

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獣の最期

 宣告を受けた神楽木の喉が、情けなくひきつった。返す言葉はもう残っていない。父の名も、金も、不起訴という結果も、平和の象徴への呼びかけも、先ほどすべて並べ終えた。

 

 それでも目の前の少女は歩みを止めず、彼が生涯をかけて積み上げた価値を路傍の泥ほどにも認めなかった。

 

 床には、息絶えた護衛と昏倒した護衛が折り重なっている。最後まで逃げなかった者も、逃げる判断さえできず倒れた者も、もはや神楽木を守る盾にはならない。部屋の隅では椅子に縛られた少女が浅い呼吸を繰り返していた。首筋を伝う血は細く、刃が皮膚を裂いただけで命には届いていない。フローレンスは一瞥だけで生死を見分け、少女ではなく、その命を再び道具にしようとする神楽木へ銀の目を戻した。

 

 神楽木は理解したのではない。理解を拒みながら、ただ死にたくないと願った。法が自分を無罪にしたのだから殺されるはずがない。父が国を動かせるのだから見捨てられるはずがない。そんな理屈を胸の内で何度繰り返しても、仕込み杖の刃は冷たい光を返すばかりだった。

 

 後ずさった踵が倒れた護衛の腕に触れる。神楽木は反射的にその体を蹴り退けた。自分を守るために雇った人間がまだ息をしているかどうかさえ確かめず、逃げ道を塞ぐ障害として扱う。その振る舞いを見た時、フローレンスの口元に浮かんだ微笑は、いっそう冷えた。

 

「最後まで見苦しい獣ね。他人を盾にしなければ、立つことさえできないのかしら」

 

 神楽木の手が上着の内側へ滑り込んだ。命乞いが届かないなら、次に頼るものは暴力しかない。追い詰められたことで権力の飾りを剥がされた彼の本性が露わになる。

 

 神楽木は最後の悪あがきとして、懐から隠し持っていた小型の拳銃を引っ張り出した。だが、その銃口をすぐにはフローレンスへ向けない。彼は椅子に縛られた少女の髪を掴んで無理やり立たせると、その細い体を胸元へ引き寄せ、左腕で喉を締め上げた。

 

「動くな! こいつがどうなってもいいのか!」

 

 震えていた声に急速な熱が戻っていく。神楽木は自分とフローレンスの間へ少女を置き、その背後から拳銃だけを突き出した。銃口は少女のこめかみを離れ、まっすぐフローレンスの胸へ向けられる。

 

 さらに神楽木は個性を発動した。それは触れた相手の意識を鈍らせ、判断も発声も、体を動かす意思さえ麻痺させる力だった。黒い靄のような揺らぎが少女の首から顔へ這い上がり、助けを求めて開かれていた唇から声を奪う。膝から力が抜け、少女の全体重が神楽木の腕へ預けられた。

 

 人質は動けない。自分はその陰に隠れている。拳銃はフローレンスを狙い、引き金へかけた指には力が戻った。ひとつずつ確かめるたび、神楽木の顔から恐怖が薄れ、代わりに弱い者を支配した時にしか浮かべられない下卑た笑みが広がっていく。

 

「そうだ……最初から、こうすればよかったんだ。お前は公安の犬だ。人質を見殺しにしたなんて知られれば、お前を飼っている連中も終わる。俺を撃てばこいつに当たる。抵抗すれば次はこいつの頭を撃つ。近づく前にお前を蜂の巣にしてやる!」

 

 神楽木は笑った。自分が勝ったと、本気で信じていた。フローレンスが何も答えず立っていることさえ手を出せずに怯えている証拠だと受け取った。

 

「どうした! さっきまでの余裕はどこへ行った! 結局、お前も俺には逆らえないんだよ! 俺には親父がいる! 金も、権力もある! それに今度はこの女まで俺を守っている! お前がどれだけ速くても、銃弾より速いわけがない!」

 

 あまりに見事な思い違いに、フローレンスは笑みを深めた。人間の制度へ従うから動かないのではない。獣が自分から喉を晒し、最も美しく仕留められる瞬間を待っているだけだと、神楽木には最後まで理解できなかった。

 

「撃ちなさい」

 

「……何?」

 

「聞こえなかったのかしら。お前が縋る最後の牙でしょう? 私に届くと思うのなら、撃ってみなさい」

 

 神楽木の頬が引きつった。だが背後へ退けば、いま口にした勝利がすべて虚勢だったと認めることになる。人質を抱く腕へ力を込め、彼は怒りに任せて引き金を引いた。

 

 銃声が地下室を打ち据えた。

 

 弾丸は確かにフローレンスの眉間へ向かった。だが火薬が弾けるより先に、彼女は銃口の角度、引き金を絞る指、発砲の衝撃に備えて強張る肩のすべてを読み終えていた。黒衣が横へ流れ、白金の髪を一房だけ揺らして、銃弾が背後の壁へ食い込む。

 

「なっ……」

 

 避けられた。神楽木の理解は、その事実へ追いつくことさえできない。

 

 フローレンスはもう踏み込んでいた。広い鍔の下で銀の瞳が輝き、長い黒衣が床の血を撫でる。神楽木は悲鳴を上げ、人質を突き飛ばすように前へ放り出した。倒れる少女を盾にして二発目を撃つ。そう決めて拳銃を持ち上げた、その攻撃が形になる瞬間。

 

 フローレンスの左手で短銃が火を噴いた。

 

 水銀弾は神楽木を殺すためではなく、殺そうと動いた彼の力を、その最も脆い一瞬で砕くために撃ち込まれた。弾丸が拳銃を握る右肩へ食い込み、発砲の反動を待っていた上体を大きく仰け反らせる。腕が跳ね、狙いを失った二発目が天井を穿った。

 

「ぐ、ぁ……!」

 

 神楽木の膝が折れた。

 呼吸が止まり、胸が無防備に開く。

 

 フローレンスは自分へ倒れ込んできた少女の肩を左手で受け、その勢いを殺したまま脇へ滑らせる。同時に右足が床を蹴った。麻痺した体が安全な壁際へ崩れるより早く、狩人は銃声によって開かれた獣の急所へ踏み込んでいる。

 

 銃声からまだ一呼吸も経っていない。

 神楽木は折れた膝を床へつくことすらできず、仰け反った姿勢のままフローレンスを見た。胸を閉じようにも体が動かない。拳銃は天井を向き、人質は腕の中から消え、勝利を確信させたすべてが、体勢と共に崩されていた。

 

「獣は狩られる。それだけのことでしょう?」

 

 彼女の右手が神楽木の胸へ突き込まれた。

 

 皮膚を裂き、肋骨の隙間を押し広げ、温かな肉の奥へ指が沈む。神楽木の口から潰れた息が漏れた。逃れようと背を反らしても、フローレンスの細い腕は彼の命そのものを掴み、離さない。

 

「ガ、ァ……あ……!」

 

 神楽木はようやく悟った。人質を取ったから助かるのではなかった。拳銃を持ったから勝てるのでもなかった。フローレンスが動かなかったのは恐れたからではないのだ。

 

 銃を撃ち、隙を晒し、最も無様な形で狩られる時を選ばせていただけだった!

 

 彼が絶望を理解した瞬間、フローレンスは胸の内で掴んだものを一息に引き抜いた。

 

 肉が裂け、骨が軋み、噴き上がった血が地下室の暗がりを赤く塗り潰す。温かな飛沫はフローレンスの白い頬を叩き、白金の髪を濡らし、帽子から黒衣の裾まで全身へ降り注いだ。

 

 それでも彼女は目を閉じなかった。

 

 血の雨の中で銀の瞳だけが冴え渡り、唇にはようやく退屈な仕事を終えた者の妖しい微笑が浮かんでいる。血に染まった姿は損なわれるどころか、月の下で獣を狩り続けた彼女の本質を何より鮮やかに際立たせていた。

 

 神楽木の瞳から光が消える。

 胸を押さえることもできず、その肉体は血溜まりの中へ崩れ落ちた。背後に蠢いていた黒い靄も主を失い、人質を縛っていた麻痺と共に薄れていく。

 

 壁際の少女が咳き込み、戻った呼吸でかすかな悲鳴を漏らした。フローレンスは振り返らず、床へ落ちた拳銃を踵で踏み砕く。生きている者を慰めるのは、間もなく来るヒーローの仕事だ。彼女が引き受けたのは再び牙を剥いた獣を二度と檻の外へ出さないことだけだった。

 

 フローレンスは血に濡れた右手を持ち上げ、指先から滴る赤を眺めた。勝利の高揚ではない。獣を完璧に狩り終えたという、冷淡で揺るぎない満足だけがその美貌に宿っていた。

 

 その直後。

 

 ドォン!

 

 廃ビルのコンクリートの外壁が凄まじい衝撃と共に粉砕された。

 舞い散る瓦礫と砂煙の向こう側から、大きな人影が室内に飛び込んでくる。

 

「神楽木! そこまでだ!」

 

 現れたのは息を荒くしたオールマイトだ。

 

 

 

 しかし、彼が目にしたのは……すでに手遅れとなった冷たい静寂の世界だった。

 

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