女狩人がヒロアカ世界の公安に所属して獣を狩る話   作:ブラボクロス増えろ

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光が目撃した闇

 砂煙がゆっくりと地下室の床へと落ちていく。オールマイトは立ち尽くしていた。

 彼の鋭い青い瞳が室内の惨状を、一枚の絵画を凝視するように捉える。

 

 床に横たわる神楽木の亡骸。その胸元からは未だに温かい血が絶え間なく溢れ出ている。その周囲には息絶えた者と昏倒した者が入り混じる、倒れた護衛たち。

 

 そして、部屋の隅で震えながら自分を見上げる人質の少女。

 

 そして、そのすべてを見下ろすように佇む、白金の髪から黒衣の裾まで返り血に濡れた少女――フローレンス。

 

 オールマイトは反射的に人質の少女へ駆け寄り、首筋の傷と呼吸を確かめた。脈は速いが、命に別状はない。拘束具を引きちぎり、自分の上着で震える肩を包むと、少女は縋るようにその腕を掴んだ。助けを求める力が残っている。その事実に安堵した直後、彼の視線は、少女の正面に横たわる神楽木へ戻ってしまう。

 

 ほんの数分早ければ、二人とも生きたまま引き離せたかもしれない。だが、その数分を奪ったのは単なる距離ではなかった。神楽木を一度法へ渡した自分の選択、その後に張り巡らされた政治の妨害、公安の秘匿によって届かなかった情報、すべてが折り重なった末に、この冷たい床へ辿り着いている。だからこそ、目の前の死をフローレンス一人の異常として切り捨てれば、自分まで責任から逃げることになると理解していた。

 

「また……一歩、遅かったか……」

 

 オールマイトの声はかすれて、重かった。彼の大きな肩が落胆と深い無力感によって、わずかに震える。自分が法の正義を信じ、あの男を警察に引き渡した選択。

 

 それが結果として、新たな被害者を生み出し、そして最悪の処刑という結末を招いてしまった。

 もし自分がもっと早く、神楽木の政治的な圧力を跳ね除けて彼を拘束できていれば。

 もし自分が、公安の闇をもっと早く暴くことができていれば。

 

 オールマイトの心に激しい葛藤と罪悪感が渦巻く。

 

 しかし、目の前のフローレンスはその強烈な葛藤の渦中にあっても、なお超然としていた。彼女は血に濡れた己の右手を一瞥し、衣服の裾で静かに拭った。

 

 その一方で、フローレンスの視線はオールマイトが少女の傷を確かめ、血のついた拘束具を外す手順を追っていた。遅いが間違ってはいない、とでも採点するような眼差しであり、助かった命への喜びは見えない。彼女にとって人質が生きていることは守るべき奇跡ではなく、自分が獲物だけを正確に仕留めた結果に過ぎないのだ。

 

 その仕草はまるで指先についた塵を払うかのように、あまりにも日常的でそして恐ろしいほどに感情が欠落していた。

 

「なぜだ、月狩……」

 

 オールマイトは彼女に向けて歩み出した。

 その足取りには、いつもの快活さはなく、ただ底冷えするような怒りと悲しみが伴っていた。

 

「法が彼を裁く道はまだ残されていたはずだ。君がやっていることは正義ではない。ただのルールを無視した身勝手な殺戮だ!

こんなことを繰り返せば、社会の秩序は崩壊する! それに、君なら彼を殺さずに止められたはずだ。この子を銃弾から守り、護衛の中にも生存者を残し、それでいて神楽木だけは殺した。できなかったんじゃない。

――君が殺すと決めたんだ!」

 

 彼の怒りは神楽木への同情などではなかった。

 

 むしろ、神楽木が再び被害者を作ったことへの怒りなら、オールマイトの胸にも燃えている。法廷へ立たせ、奪ったものを公にし、被害者の前で罪を認めさせたいと願っていた。

 その道が権力によって踏みにじられたからといって、次に処刑を正解としてしまえば、今度は力を持つ者が正義の名で誰を殺すか決める社会になる。彼が守ろうとしたのは神楽木の安堵ではなく、神楽木のような者にさえ勝手な裁きを許さないことでしか守れない、無数の弱者の明日だった。

 

 床に残された結果がフローレンスの技量を何より雄弁に示している。人質には致命傷どころか銃創ひとつなく、護衛の一部は急所を外されて息をしている。それほど正確に生死を選り分けられる彼女が神楽木の胸だけは狙い違えたはずがない。あの死は戦いの勢いで生じた事故でも、救出に必要だった犠牲でもなく、彼女が最初から望んだ結末だった。

 

 誰かが己のルールを優先して他者の命を奪い始めれば、この世界の法治社会は根底から瓦解する。

 

 その先に待っているのは、弱肉強食の混沌とした闇の世界だ。それこそが、彼が自らの人生すべてを捧げて防ごうとしてきた、最大の悪だった。

 

 だが、フローレンスはその正論をやはり鼻で笑った。

 

「お前の言う『秩序』とは、あの獣が他者の肉を喰らうのを、ただ黙って見ていることか?」

 

 彼女の声はどこまでも冷酷だった。

 

「法が彼を裁く道、だと? 滑稽なことを言う。あの男はお前たちが作ったその脆弱な法の盾を使って、外へ出た。そして、再びここで牙を剥いた。

生かしたまま無力化することもできたでしょうね。手足を砕き、二度と抗えないよう床へ転がして、お前が持ってきた檻へ入れてやることも。

けれど、お前たちが一度取り逃がし、再び人へ牙を立てた獣をなぜ私が生かさなければならないのかしら?」

 

 フローレンスは倒れた神楽木を見もしなかった。終わった獲物へ関心を残すほど未練がましくはない。ただ、法という仕掛けが一度獣を取り逃がし、その代償を縛られた少女に払わせた事実だけを愚かな失敗としてオールマイトへ突きつけている。

 

「法が敗れたのなら、直すべきは法だ。君が刃で穴を塞げば、失敗は見えなくなり、次もまた同じことが起きる!」

 

 その叫びには彼自身へ向けた非難も混じっていた。最初に神楽木を生かして連行した時、これで終わりではないと警戒しながら、それでも制度が働くと信じた。その信頼を守り切れなかった自分が今度は少女の前で正論を語っている。

 胸を抉る矛盾を抱えてなお口を閉ざさないことだけが、彼に残された責任だった。

 

 オールマイトの声が地下室のコンクリートの壁を大きく揺らした。

 

「どんな理由があれ、超法規的な殺害を正当化することはできない! 君のその歪んだ思想はヴィランのそれと何ら変わりはない!

私は……君をこのままにしておくわけにはいかない!」

 

 オールマイトが、一歩。

 フローレンスを拘束するために、その強大な肉体を前へと進めた。

 彼の全身からワン・フォー・オールのまばゆい黄金の光が溢れ出す。

 

 しかし、フローレンスはその光に怯むどころか、冷たい笑みを浮かべた。

 

「私は最初から、お前たちの言う『ヒーロー』などではないわ」

 

 彼女の瞳の奥で青白い月光の神秘が不気味に、そして深く揺らめいた。

 

 人質の少女が上着の端を握ったまま身を縮める。その震えを背中で感じたオールマイトは自分がここでフローレンスへ飛びかかれば、再びこの少女を争いの中心へ置くことになると悟った。それでも退けば、神楽木の死を黙認したことになる。救うための力があるほど、選べないものが増えていく。その苦い停滞さえ、フローレンスは銀の瞳で静かに見透かしていた。

 

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