ブラボ×ヒロアカ   作:ブラボクロス増えろ

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公安の檻と利害

 血生臭い夜が明け、世界は何事もなかったかのように朝を迎える。

 だが、地下の世界は、常にその闇を深め続けている。

 

 霞が関。

 公安委員会本部の、さらに地下深くに位置する特別面会室。

 防音と防磁、さらにはあらゆる個性を無効化する特殊障壁に囲まれたその部屋で、フローレンスは優雅に椅子に腰掛けていた。

 

 壁は白く、照明は冷たく、机も椅子も必要最低限の機能だけを残した無機質な造りだった。公安がこの部屋に求めたものは安心ではなく、封じ込めである。彼らは個性を遮断し、音を殺し、通信を制限すれば、目の前の少女を測定可能な危険物として扱えると思い込んでいる。フローレンスはその浅はかさを理解していたし、理解しているからこそ、あえて従順な客人のように座っていた。檻の中にいるのが獣なのか、それとも檻を作った者たちなのか、彼らに考える余裕を与えてやるのも上位に立つ者の嗜みであった。

 

 彼女の目の前には、公安長官が座っている。

 高級なスーツを身に纏い、冷徹な眼光を放つ男。

 彼はこの国の裏の秩序を維持する、実質的な支配者の一人だ。

 

「昨晩の港湾地区の件、実に見事な処理だった、フローレンス」

 

 長官は手元の資料を見ながら、淡々と語りかけた。

 

「警察の手には負えんヴィラン連合の残党を、僅か数分で全滅させるとはな。

君のその『個性』――いや、『技術』と呼ぶべきか。それは実用性が非常に高い。

君のおかげで、我が国の治安は保たれていると言っても過言ではない」

 

 お仕着せの称賛。

 だが、フローレンスはそれを、つまらなそうに鼻で笑った。

 

「お上手な口先だな、長官。

だが、その程度の世辞で、私が貴様の思い通りに動くと思うなよ。

私がここにいるのは、貴様らへの忠誠などという、くだらない理由からではない」

 

 彼女は足を組み、不敵な笑みを浮かべる。

 その態度は、新入りのヒーローが国家の重鎮に対して取るものとしては、あまりにも傲慢であり、無礼極まりない。

 しかし、彼女にはそれを許されるだけの、絶対的な力と価値があった。

 

 長官の背後で控える補佐官の喉が、小さく鳴った。彼らは全員、彼女の戦闘記録を見ている。血を浴びて傷を塞ぎ、笑いながら人間の形を解体していく映像を、解析室の大画面で何度も再生した。そのたびに報告書には、身体能力、反応速度、未知の再生現象、精神干渉耐性といった項目が増えたが、最も重要な一文だけは誰も正式な書類に書けなかった。つまり、もし彼女が敵になれば止められない、という単純で下品な結論である。

 

「分かっている。君と我々は、あくまで『利害の一致』による協力関係だ」

 

 長官は表情を崩さず、冷静に言葉を返した。

 

「君は、この世界に蠢く『獣』を狩ることを望んでいる。

そして我々は、法で裁けない、あるいは表沙汰にできない『害獣』を排除したい。

目的は同じだ。ならば、手を取り合うのが最も賢明な選択だろう?」

 

「フフッ、その通りだ。

貴様らは、私に最も効率的な『狩場』を提供してくれる。

警察やヒーローどもが『人権』だの『法律』だのと騒いで手を出せない、極上の獲物をな。

私はただ、それらを存分に解体できれば、それでいい」

 

 フローレンスの瞳に、妖しい光が宿る。

 彼女にとって、公安という組織は、美味しい獲物を運んでくる猟犬に過ぎない。

 

 長官は、彼女のその底知れない傲慢さに、内なる恐怖を覚えていた。

 彼女を繋ぎ止めるため、公安はあらゆる特権を与えている。

 世間に対しては、若干二十歳の実力派ヒーロー・月狩という、輝かしい虚飾の身分を用意した。

 ビルボードTOP20という地位は、彼女の勝手な行動を世間に納得させるための、便利な隠れ蓑だ。

 

 だが、もし彼女が牙をこちらに向けたらどうなるか。

 公安そのものが、一夜にして崩壊する。

 長官はその事実を、誰よりも深く理解していた。

 

 だからこそ、彼は彼女を命令で縛ろうとはしない。褒賞、狩場、自由、偽装された名誉、そして社会が見て見ぬふりをしている腐肉の情報。それらを差し出し、彼女が退屈しないようにする。国家の長い制度の中で鍛えられた長官にとっても、これは交渉というより供物に近かった。フローレンスがそれを理解していないはずもなく、むしろ彼が差し出すものの質を値踏みする銀の瞳は、会議室に並ぶどの監視カメラより冷たく正確だった。

 

「……では、次の獲物の話をしよう」

 

 長官は、緊張を隠すように、一枚の写真をテーブルの上に滑らせた。

 

「今回の標的は、少々厄介だ。

政治的な配慮、そして何より、この社会の『制度の限界』によって、我々も手を出せずにいる」

 

 フローレンスは、その写真を指先で弄ぶように見つめた。

 写っているのは、一人の若い男。

 端正な顔立ちをしているが、その瞳の奥には、濁った、おぞましい欲望が透けて見えている。

 

「名は、神楽木。

現職の有力国会議員、神楽木栄一郎の愛息だ」

 

 長官の言葉を聞いた瞬間、フローレンスの銀色の瞳が、不自然に拡大した。

 

 彼女の啓蒙が、その写真を通して、男の本質を捉えたのだ。

 常人には見えない。だが、彼女にははっきりと見える。

 写真の男の背後で、精神が腐敗し、粘着質な泥のようになって蠢く獣の歪んだオーラ。

 

 それは肉体の異形ではなかった。爪も牙も、毛皮も骨の変形もない。だが、欲望の輪郭はあまりに明瞭で、写真を見つめる彼女の内側に、血でも獣臭でもない奇妙な腐敗の気配が滲んだ。人間社会はこういうものを、罪、異常、犯罪性、精神鑑定などという貧しい語彙で分類したがる。フローレンスに言わせれば、そんな言葉は獣を獣と呼ぶ勇気のない者の逃げ口上に過ぎない。狩るべきものは狩る。それ以上の議論は、刃を鈍らせる雑音でしかなかった。

 

「……ほう」

 

 フローレンスの唇が、愉悦に歪んだ。

 

「これは……実に見事な『獣』だな。

人間の皮を被ってはいるが、その内面はすでに完全に壊死している。

これほどまでに美しく腐り果てた獲物は、滅多にお目にかかれない」

 

「彼を処理してほしい。

ただし、痕跡は一切残さず、不慮の事故、あるいは失踪として処理する。

それが、今回の任務だ」

 

 長官の言葉に、フローレンスは立ち上がり、仕込み杖を軽く鳴らした。

 

「断る理由がないな。

その腐った首、私が美しく刈り取ってやろう」

 

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