女狩人がヒロアカ世界の公安に所属して獣を狩る話   作:ブラボクロス増えろ

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アジトへの潜入

 雨は激しさを増し、別荘を囲む森を重い沈黙で包み込んでいた。

 

 神楽木の私有地。その外周を警備する武装ヴィランたちは、各自の個性を警戒態勢に置きながら、不審者の侵入に目を光らせていた。

 

 警備は決して粗末ではなかった。門の前には装甲車が二台、森の奥には熱源を拾う個性持ち、屋根の上には雨音に紛れた足音まで聞き分ける聴覚強化の見張りがいる。普通のヒーローなら、まず応援を呼び、包囲網を組み、被害者の安全を盾に慎重な突入計画を立てるだろう。だが、フローレンスにとってその慎重さは弱者の手順でしかない。狩人は獣の巣穴を前にして、巣穴の許可など取らない。

 

「……おい、何か聞こえなかったか?」

 

 雨音の隙間に、かすかな、金属が噛み合うガシャリという音が混ざった。

 ヴィランの一人が、暗闇の奥へ向けて個性の熱探知を発動しようとした、まさにその瞬間。

 

 彼の視界が、不自然に傾いた。

 

「――え?」

 

 声にならなかった。

 熱探知を起動するよりも早く、彼の喉元は、細く鋭い銀の刃によって一文字に裂かれていたのだ。

 

 フローレンスは、返り血を避けるように、一歩だけ後ろへステップを踏む。

 その動きは、雨粒の一つ一つを避けるかのように優雅で、無駄がない。

 

 彼女は倒れた男を見下ろしたが、そこに勝利の感慨はなかった。初手で死ぬ見張りに価値を見出すほど、彼女の評価基準は甘くない。首を裂かれた男の指先が、なお警報装置へ伸びようとして痙攣する。その執着だけは少し褒めてもよかったが、遅い。遅すぎる。フローレンスは靴先でその手を軽く踏み、骨の潰れる音を雨の中へ溶かした。

 

「侵入者だ! 敵が来たぞ!」

 

 崩れ落ちる仲間の姿を見て、周囲のヴィランたちが一斉に個性を発動した。

 

 硬化の個性を持つ男が、全身をダイヤモンド以上の硬度に変え、フローレンスに体当たりを試みる。

 同時に、後方からは重力操作の個性を持つ射撃手が、彼女の動きを制限しようと圧力をかける。

 だが、フローレンスは眉一つ動かさない。

 

「硬いだけ、重いだけ。

貴様らの戦闘技術は、野生の獣以下だな」

 

 彼女は仕込み杖の変形機構を作動させ、それを仕込み鞭へと変貌させる。

 

 シュウッ!

 

 鞭のようにしなる刃が、重力操作の圧力を無視して空間を切り裂いた。

 刃の先端は、硬化した男の関節――個性が適用されていない、肉体のわずかな隙間を正確に捉え、その腱を一本残らず切断する。

 

「ギャアアア! 俺の、俺の足が!」

 

 さらに、後方の射撃手が放った個性の弾丸に対し、フローレンスはただ一歩踏み出す。

 予兆のない、超高速のステップ。

 弾丸は彼女の残像を撃ち抜き、彼女自身はすでに射撃手の眼前に達していた。

 

 バァン!

 

 水銀弾が至近距離で炸裂し、射撃手の頭部を撃ち抜くより先に、その意識と姿勢をまとめて砕いた。男の狙いは崩れ、重力操作の圧力がほどける。その空白へ、フローレンスの刃が何のためらいもなく入り込んだ。

 

「化け物……、こいつ、個性の『相性』なんて関係ねえ!

ただの暴力だ!」

 

 生き残ったヴィランたちが、絶望に顔を歪める。

 彼らは現代のヒーローバトルのルールに慣れすぎていた。

 個性の相性を考え、対策を練り、有利な状況を作って戦う。

 だが、フローレンスの戦いは、そんな生温いものではない。

 命のやり取り。死線を超えた者だけが持つ、純粋な狩りの技術。

 

 彼女は相性などという言葉を嫌っていた。弱者が敗北を説明するための便利な札に過ぎないからだ。硬いなら関節を裂けばいい。重いなら重さのかかる前に懐へ入ればいい。遠距離から撃つなら、撃つより先に恐怖で乱れた呼吸を撃ち抜けばいい。理屈は単純で、実行できる者だけが生き残る。できない者は床に転がり、できる者の美しさを引き立てる赤い背景となる。それが狩場の正しい序列だった。

 

 廊下は、一切の無駄な悲鳴を上げさせることなく、静かに、しかし鮮血に染まりながら解体されていった。

 彼女が通り過ぎた後には、ただ物言わぬ肉塊が転がるだけ。

 

 監視カメラは次々と沈黙した。切断されたケーブル、撃ち抜かれた制御盤、恐怖で逃げた警備員が落とした無線機。別荘の内部はまだ豪奢な絨毯と高価な調度品に飾られていたが、その上に広がる血の筋が、ここがもはや神楽木の城ではなく狩人の通路であることを示していた。フローレンスは歩みを急がない。急ぐ必要がない。獲物が逃げ場を失っていく過程を、彼女は上質な音楽のように味わっていた。

 

 別荘の最奥。

 頑丈な防音扉に守られた、神楽木の部屋。

 

 神楽木は、外の騒ぎに気づき、怯えていた。

 彼が自慢していた私兵たちが、一人残らず、何の抵抗もできずに排除されていく。

 モニターに映し出される、白銀の髪を持った少女の、冷酷極まりない戦闘風景。

 

「嘘だ……、何だよあいつ!

俺は、神楽木栄一郎の息子だぞ!

あんなガキに、俺を殺せるわけがない!」

 

 ガシャリ。

 

 扉の向こうから、その音が聞こえた。

 

 ゆっくりと、防音扉が開く。

 そこには、全身に返り血を浴び、しかしその美しさは一切損なわれていないフローレンスが立っていた。

 彼女の銀眼が、部屋の隅で震える神楽木を捉える。

 

 室内には酒と香水と恐怖の臭いが混ざっていた。床には割れたグラスが散り、壁際には縛られた少女が、声を殺して震えている。神楽木は彼女を盾にすることすら思いつけないほど取り乱していた。権力、金、個性、私兵、父親の名。そのすべてが扉の外で一つずつ剥がされ、いま彼に残っているのは、醜い肉体と腐った精神だけである。フローレンスはその剥き出しの惨めさを見て、ようやく獲物の顔をしたな、と満足した。

 

「……見つけたぞ、獣」

 

 彼女が血濡れた仕込み杖を引きずりながら、一歩、また一歩と近づいてくる。

 

「ひっ、来るな! 来るなァ!」

 

 神楽木は必死に個性を発動し、彼女の精神を麻痺させようとした。

 だが、その力が触れた先にあったのは、人間の精神として麻痺させられる器ではなかった。神楽木の個性は、月の底を覗いたかのような深みに触れ、意味を失って沈んでいく。

 

「無駄だ。私にその程度の羽虫の羽ばたきが、届くと思うな」

 

 フローレンスが仕込み杖を持ち上げ、神楽木の首元へ突き出そうとした、その瞬間。

 

 彼女は刃を止めるつもりなどなかった。首の骨、血管、呼吸の通り道、そのどれを断てば最も静かに終わるかは、すでに指先が決めている。神楽木の命は、あと半拍で彼女のものになるはずだった。

 

 ズドォン!!!

 

 凄まじい爆風と共に、別荘の天井が、轟音を立てて崩落した。

 

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