女狩人がヒロアカ世界の公安に所属して獣を狩る話   作:ブラボクロス増えろ

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想定外の光

 轟音は夜の静寂だけでなく、血の匂いに満ちた部屋の支配権そのものを叩き割るように響いた。

 

 天井が爆ぜ、シャンデリアが火花を散らしながら落下し、豪奢な絨毯の上に瓦礫と粉塵が降り注ぐ。ほんの数秒前まで、神楽木の首筋へ向けて静かに伸びていたフローレンスの刃は、爆風に押されるより早く角度を変え、少女の細い手の内へと戻っていた。慌てたのではない。驚いたのでもない。ただ、狩場に新しい要素が差し込まれたため、それを観察する位置へ移っただけである。

 

 白煙の向こうから、夜闇を押し返すような光が溢れた。

 

 その光は、単なる照明でも爆発の余熱でもなかった。人々が長い年月をかけて信じ、祈り、縋りついてきた象徴の圧である。被害者の少女は、瓦礫の隙間で震えながらも、その声を聞いた瞬間に涙を零した。神楽木でさえ同じだった。彼は自分の罪を悔いたのではない。ただ、自分を殺す者より強い盾が現れたと悟り、卑しくも安堵したのだ。

 

「もう大丈夫だ。なぜって?」

 

 その声は、重厚で、晴朗で、聞いた者に無理やり背筋を伸ばさせるほどの安心感を伴っていた。救いを求める者なら膝から力が抜け、罪を犯した者でさえ一瞬だけ自分も救われるのではないかと錯覚する、あまりにも強い光の声だった。

 

「私が、来た!」

 

 煙を割って現れた男は、巨大な体躯を持っていた。黄金に輝く髪を角のように逆立て、赤と青と白の派手なスーツに身を包み、その全身から現代のヒーロー社会を支える柱としての誇りと、誰かを守るために折れない意志を放っている。

 

 ヒーロービルボードチャート第1位。平和の象徴、オールマイト。

 

 彼は、独自に追っていた神楽木の足取りを掴み、この別荘へ急行してきたのだろう。だが、彼の眼前に広がっていたものは、彼が人々へ見せ続けてきた笑顔の世界とはあまりにも遠かった。床を覆う赤黒い血、動かなくなった私兵たち、壊れた家具、割れた酒瓶、震える被害者の少女、そしてその中心に、白金の髪を乱すことさえなく立つフローレンス。

 

「これは……一体、何の真似だ……」

 

 オールマイトの笑顔が消えた。

 

 その変化は劇的だった。常に民衆へ向けられていた白い歯の輝きが失せ、鋭い青い瞳が、室内の惨状とフローレンスの姿を順に捉える。彼は無数の悪と戦ってきた。血も、瓦礫も、絶望も知っている。だが、ここにあるものは戦いの結果というより、完了した処理の跡に近かった。怒りに任せて暴れた痕跡ではなく、必要なものだけが切り取られ、不要なものだけが床に捨てられている。それが、彼の胸に冷たい違和感を生んだ。

 

「あ、ああ……! オ、オールマイト! 助けてくれ! こいつは化け物だ! 俺を殺そうとしている!」

 

 床に這いつくばっていた神楽木が、救いの神を見つけたかのように泣きながら縋りついた。さきほどまで拉致した少女の恐怖を眺めて悦に入っていた男は、そこにはもういなかった。父の名も、金も、個性も、私兵も、この部屋では何の盾にもならないと理解した途端、彼はただの死を恐れる獣に戻っていた。

 

 フローレンスは、その変化をつまらなそうに見下ろした。

 

 獣というものは、追い詰められれば似た鳴き声を上げる。どれほど着飾り、どれほど制度の檻に守られていても、最後は同じだ。だから彼女にとって神楽木の涙に意味はない。むしろ、あれほど自分を選ばれた側だと信じていた男が、光を見た瞬間に他人の背へ逃げ込む、その滑稽さだけが少しばかり観察に値した。

 

 そして、オールマイトという男もまた、彼女には奇妙に映った。これほどの力を持ちながら、最初にすることが獣を殺すことではなく、獣を庇うことなのだ。力の使い方を間違えている、というより、力に余計な意味を持たせすぎている。フローレンスはその過剰さを、磨きすぎた銀器のように眩しく、そして不快なものとして受け取った。

 

 オールマイトは神楽木を背に庇い、フローレンスへ一歩踏み出した。

 

「そこまでだ、若きヒーロー。いや、君をヒーローと呼んでいいものか……。どのような理由があれ、これ以上の私刑は認められない。武器を収め、その手を上げなさい」

 

 それは警告であり、同時に懇願でもあった。彼の声には怒りがある。だが、それ以上に、目の前の少女をこれ以上こちら側へ戻れない場所へ進ませてはならないという切迫が混じっている。悪人は裁かれねばならない。しかし裁きとは、強者が弱者の命を奪って終わるものではない。罪を白日の下に晒し、社会の手続きによって罰するからこそ、人々は法を信じられる。オールマイトが守ってきた光とは、その信頼の形でもあった。

 

 だが、フローレンスにとって、その光は不快なだけだった。

 

「不愉快な光だ」

 

 小さく吐き出された声に、恐れはなかった。敬意もない。彼女の銀色の瞳は、オールマイトの巨大な体躯ではなく、その背後に庇われた神楽木の首筋を見ている。目の前にある構図は単純だった。獲物が一匹、その前に障害物が一つ。障害物がどれほど民衆に崇拝されていようと、獲物へ届く線を遮っているなら、狩人にとっては処理すべき地形の一部でしかない。

 

 フローレンスの細い腕が動いた。

 

 ガシャリ、と仕込み杖が鳴る。刃は月明かりの中で細く伸び、神楽木の頭部へ向けて音もなく落ちた。走ったのではない。力任せでもない。動きの起こりが消え、次の瞬間には結果だけが置かれる、狩人の間合いだった。

 

「私の前で、殺生はさせない!」

 

 オールマイトが割り込んだ。

 

 彼は避けるのではなく、神楽木を覆う盾となった。巨大な両腕が交差し、フローレンスの刃を受け止める。耳を劈く金属音が室内に炸裂し、散った火花が赤黒い床に落ちた。

 

 刃は通らなかった。

 

 ワン・フォー・オールによって鍛え上げられた肉体は、並の金属などより遥かに強靭であり、フローレンスの精密な一撃を真正面から弾き返した。だが、弾かれた少女もまた、ただ押し負けたわけではない。衝撃が刃から手首、肘、肩へ伝わるより早く、彼女はそれを足裏へ逃がし、瓦礫の上へ羽のように着地していた。

 

 静かな着地だった。

 

 砕けた石片一つ、余計に鳴らさない。彼女は腰を低く落とし、仕込み杖を斜めに構え直す。銀の瞳が細められ、そこに浮かんだのは怒りではなく、狩りを邪魔されたことへの冷え切った不快感だった。

 

 オールマイトの放つ金色の光。フローレンスの周囲に薄く滲む、青白く冷たい月の気配。二つの異なる正義、いや、片方は正義とすら呼ばない何かが、血に濡れた部屋の中央で、初めて真正面からぶつかろうとしていた。

 

 その瞬間、部屋にいる全員が理解した。これは単なるヒーローと危険人物の遭遇ではない。人を救うために悪を裁く者と、獣を終わらせるために人の制度を切り捨てる者、そのどちらが正しいかという、もっと根の深い衝突である。神楽木の命は、その衝突の中心に置かれた、醜く震える試金石となっていた。

 

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