ニクスが食卓へ来ると、女性陣はすでに席に着いていた。
ソフィーが頬杖を突きながら、若干赤らんだ顔で言う。
「遅かったのぅ、ニクスぅ」
口調が軽く怪しい。もう酔っているのか。
「すみません、お待たせしました」
「まぁ、良い。席に着け」
ニクスはうなずくと着席する。
ソフィーが酒の入った杯を意気揚々と掲げた。
「よし! それじゃ、乾杯じゃ!」
各々も同じく杯を掲げ、料理を食べ始める。料理を口に運ぶ傍ら、談笑に応じた。
にぎやかな時間が過ぎていく――。
全員が夕食を平らげ、食器などを片付ける。その傍ら、ラピスがニクスに声をかけてきた。
「お兄、これからお風呂?」
「ああ、少し休憩した後だけど、そのつもりだ」
「それなら、お風呂あがった後、わたしの部屋に来て」
「何かあるのか?」
ラピスはうなずく。
「相談したいことがあるから」
「……分かった。風呂から出たら、部屋に向かうよ」
ニクスがそう答えると、ふとラピスの背中越しにスティアがこちらを見ていることに気づいた。彼女は何を言うでもなく、そのまま片付けに戻る。
「お兄、どうしたの?」
「いや……。何でもない」
ラピスは首をかしげながらもうなずいた。その後、ニクスは自室に戻って休憩。
お風呂に入り、ラピスの部屋の前まで来た。
扉をノックすると中から声が聞こえてくる。
『お兄?』
「ああ、俺だ」
『入って』
その言葉を確認した後、扉を開けて中に入る。ラピスはベッドに腰掛けており、自身の横を軽く叩いている。隣に座れということだろう。そのまま、ニクスは歩みを進め、ラピスの横に座った。
「それで、相談って?」
ラピスは言いよどむかのように口ごもる。何か話しにくいことなのだろうか。
ほどなくして、ラピスは自身の髪を触りながら、話し始めた。
「わたしの髪について。孤児院の人たちにどう説明しようかと思って」
なるほど、そういうことか。確かに、その辺りも整理しておかないとまずいな。
「……そう、だったな。今日が休みだったのは知ってたけど、もしかして明日は孤児院で仕事だったか?」
「明日も休みだから、そこは大丈夫。ただ、先に言っておいたほうがいいと思って……」
ラピスの瞳が不安に揺れている。こういう時こそ、しっかりしないとな。
「そうだな。そのまますべては話さないほうがいいと思う」
「すべて?」
「体の中に魔核ができていることについてだ」
ラピスはうつむいた。
「でも、お世話になってるのに隠し事をするって……」
「そうだな。きっと、話せば院長たちも力になってくれると思う」
そこで区切って、ラピスの目を真正面から見る。
「でも、情報というのは、伝える人が多いほど、自分たちを追い詰める可能性もあるんだ」
「追い詰める……」
「どこから情報が漏れるか分からない状況で、お前のことをそのまま伝えるのはまずい。お前に被害が及ぶかもしれない。だから――」
そこで、ラピスの目に力がこもった。
「わたしだけじゃなくて、お兄もだよね。お兄にも迷惑がかかる」
「ラピス……」
ラピスは目をつぶり、ゆっくりと息を吐いた。
「わかった。魔核のことは言わない。でも、髪の毛のことは伝えないと」
「ああ、すべて黙っているのも忍びないから、魔素の影響を受けてしまった、とだけ言う形でいいかもしれない。それか、院長たちが聞いてきたら答えるか。ただ、それは相手の好意に甘えることになるから……」
「うん、こっちから話したほうがいいと思う。魔素の影響を受けたのは事実だよね」
ニクスはうなずく。
「それは間違いない」
「わかった。それなら、明日の午前中に孤児院に行って、魔素の影響だけ伝える。お兄は明日教会に行くの?」
「ああ、午前中に行くつもりだ」
「あの人と?」
あの人とはスティアのことだろう。
「いや、現状は一人で行こうと思ってる。彼女は目覚めたばかりなんだ。そこまで負担はかけられない」
それに、彼女が言っていた"記憶を忘れてよかった"という点がどうしても引っかかってしまう。
「……やっぱり、お兄ってあの人のこと気にしてるよね」
「そう、見えるのか?」
「見える。警戒心が薄すぎ。どうして、そこまで……」
ラピスは段々とうつむいていく。心配をさせてしまっているのだろうか。
「俺もよく分かってないんだ。ただ、うまく言葉にしづらいんだけど、彼女を見るとどこか放っておけない」
何かできることはないのか、と探ってしまう部分がある。
ラピスの目がじとっとしたものに変わる。
「お兄っていつからそんな女たらしみたいなこと言うようになったの?」
「いや、そういうつもりはないけど」
「その言葉、あの人の前で言わないほうがいいよ。勘違いさせるかもしれないし」
それはないと思うけどな。ただ、ラピスの雰囲気が少し怖いから、反論しないほうがいいかもしれない。
「まぁ、分かった」
「わたしの話したかったことは、それだけ。お兄からは何かある?」
「いや、大丈夫だ。昨日、今日と疲れてるだろうし、ゆっくり休めよ」
「それ、わたしのセリフ」
藪蛇だったか。
ニクスは立ち上がる。
「おやすみ、ラピス」
「うん、おやすみ」
ニクスはラピスの部屋を後にした。
ラピスとの用事は終わった。先ほど食卓の時にスティアがこちらを見ていた光景が蘇った。ラピスとの会話で引っかかった点も含めて、一度スティアと話すのも悪くないかもしれない。
自室のほうへ振り向くと廊下の奥、自室の前にスティアが立っていた。扉の前で片手を上げたまま固まっている。
ニクスは首をかしげながらも、自室のほうへ歩き出した。
扉に意識が向いているせいか、こちらに気づく様子がない。残り一歩というところで、スティアに声をかけた。
「スティア、どうしたんだ?」
「ひゃい!?」
驚きの声と共に勢いよく振り返ったスティアの目は大きく見開かれている。その後、ニクスと扉を交互に何度も見ている。
「あ、部屋にいなかったんだ……」
「何か、用事だったか?」
「えっと、用事というほどではないんだけど、少し話せたらと思って……その、今大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。ただ、立ち話もなんだし……」
そう言いながら、自室の扉へちらりと目をやる。
今までの彼女の態度からして、警戒はされないと思うが、さすがに部屋で二人きりはまずいか。他の場所に移して、話すほうがよさそうだ。
スティアはニクスの心中を知ってか知らずか、口を開く。
「ここで大丈夫だよ。あんまり長くならないと思うし」
「……スティアがそれでいいなら」
スティアは頷いた後、話し始めた。
「その、私に何か協力できることないかなって」
「協力?」
「うん、ニクスには色々とお世話になってるし、協力できることがあるなら協力させてほしい、かな」
「それは……」
先ほどのラピスとのやり取りが脳裏に蘇る。
――わかった。それなら、明日の午前中に孤児院に行って、魔素の影響だけ伝える。お兄は明日教会に行くの?
――ああ、午前中に行くつもりだ。
――あの人と?
現状、彼女は旧文明とのつながりが強い。協力してくれるのであれば、記憶がないとはいえ、何かしらの引っかかる部分も含めて意見も聞けるかもしれない。だが――。
「そう言ってくれるのはありがたい。ただ、俺はこれから旧文明のことについて調べるつもりなんだ。その過程で君の記憶にも触れる可能性が高い」
スティアは首をかしげた。
「もしかして、私が"記憶を忘れてよかった"って言ってたのを気にしてるの?」
少しだけ、言葉がつまる。
「そう、だな」
「変なこと言っちゃったかな。……確かにそう感じているだけで、それと同時にやらないといけないことがあった気がするし。だから、知らなければいけないんだとも思う。私の記憶について。それに――」
スティアは憂いを帯びた目でこちらを見る。
「少し寂しいなって」
「寂しい?」
「なんだろ、疎外感って言うのかな。会ったばかりだし、仕方ないと思うけど、私も関係している話かもしれないんだし、もっと頼ってくれたらなって……」
スティアは困ったように笑った。
「邪魔だって話ならおとなしくしてるけど」
「いや、そんなことはない!」
ニクスは語気が強くなってしまった自分に驚く。
「邪魔だなんて、そんなことはないよ。君の記憶には君が思い出したくないことまであるかもしれないんだ。だから、俺は……」
スティアは柔らかく微笑んだ。
「ありがとう。でも、もし、その記憶が私にとってつらかったとしても、それは私の問題なんだし。手伝わない理由にはならないよ」
スティアは目を伏せた後、決意のこもったまなざしに変わった。
「きっと、大丈夫! だから、ニクスも気にしないで」
「スティア……」
私の問題、か。スティア本人が言った寂しいというのはこういうことなのだろうか。
……ただ、ここまで言ってくれている相手をこれ以上引きはがせない。それがいいとは思えない。
ニクスはスティアを真正面に見据える。
「……ありがとう。なら、協力してほしい。ラピスの問題を解決するために」
「うん、もちろん!」
そのスティアの満面の笑みに被さるように一瞬映像が目に飛び込む。小さいスティア。その表情は今と同じだった。
ニクスは生唾を飲む。
「ニクス?」
「……いや、何でもない。明日からよろしくな」
「うん! じゃあ、私は部屋に戻るね。また明日!」
「ああ、また明日。おやすみ」
スティアはうなずいて、自室へ戻っていった。
ニクスは軽く目頭を押さえる。今日見た夢だけでなく、今の映像も含めて。
「……彼女の記憶が流れ込んできているのか?」
――もしくは、俺も何か忘れているのか?
ニクスは言いようのない不安を抱く。すると、背後から声が聞こえてきた。
「いやはや、若いのぅ」
振り返ると、ソフィーがニヤニヤしながら、立っていた。
「……見てたんですか。趣味悪いですね」
「本当に不敬じゃな。ま、口を挟まなかったのはむしろ褒めてほしいがの」
そっちのほうがからかい甲斐があると感じたからではと、ニクスは思ったが、飲み込んだ。
「それでどうしたんですか?」
「何、風呂場でのスティアの感触を伝えようと思っての。あやつの胸、小さいながらも中々よかったぞ」
何をしてるんだ、この人は。
「ま、外から人の手が入ったようには見えんかったの。感触も肌の綺麗さも含めて」
「そういうことですか。実際は触りたいと思ったからでは」
「半々じゃな」
ソフィーは肩をすくめる。
「それにしても、外部から手を入れたようには見えない、ですか。それは……」
「あまりいい知らせとは言えぬの」
ニクスはうなずく。
もし、自然発生的なものなら、彼女のルーツを調べても、ラピスに適用できないかもしれない。だが、結論づけるのはまだ早いように思えた。何せ――。
「魔核があるのなら、手を入れていたとしても傷がふさがっている可能性だってあります」
「ま、そうじゃな。わしが今言ったのは一つの情報として、受け取ってくれればよい」
「そうですね……」
「あと、もう一つ聞きそびれたことがあったの」
「聞きそびれたこと?」
「お主、異空間とやらで力を与えられた時、武器を出したと言っておったの。今もそれは出せるのか?」
そういえば、試してなかったように思う。
「どうでしょう。試してなかったですから」
「試してないって……お主、本当に自分のことになると無頓着になりやすいの」
ソフィーは肩をすくめる。
「なら、ここで試してみよ」
「え、でも……ここで大丈夫なのでしょうか」
「周りへの影響の話なら……そうじゃな」
ソフィーが懐から
相変わらず、常に持ち歩いているのか。そういうところは抜け目ない。
「『
ソフィーは魔装器を起動させ、
「『囲え』」
下から影が湧き出て、二人を取り囲んだ。周囲が薄暗くなる。
ソフィーは顎でしゃくる。試せということだろう。
ニクスは言葉に魔力を込めていく。
「『我が魂よ。黄金になぞらえし、神の力よ』」
ニクスたちの周りに光の円が出現。続けて、唱える。
「『我は原初――』」
しかし、何かが切れる感覚とともに光の円が立ち消え、霧散した。
「えっ……」
「ふむ。反応があったのは確かなようじゃが、言葉が違ってたのかもしれぬの」
「言葉が違ってた、ですか」
「最初の"我が魂よ"から"神の力よ"までは魔力が反応しておったからの」
次に出た言葉が本来は別だということだろうか。なら、何故あの時は出せたんだ。人影の協力があったからか?
「他の言葉は分からぬのじゃな?」
ニクスはうなずく。
「なら、今は出せんと考えたほうがいいじゃろうな」
自在に使えるなら、今後の助けになると思ったが……。今の自分だけの力では心もとない。
ニクスは自身の手のひらを見つめる。
「ま、分からないことだらけじゃが、そのことも今考えても仕方あるまい」
「そう……ですね」
「さて、わしは戻るかの……いや、もう一つだけ」
ソフィーの顔は真剣そのものだった。
「家族のことじゃからと、あまり焦るでないぞ? 足を掬われかねん」
何か胸をえぐられた気がした。
「……分かりました。気を付けます」
ソフィーは納得したようにうなずき、去っていった。
そうだ。家族のことだからこそ、慎重にならないといけない。
ニクスはソフィーのその言葉を胸に部屋に戻るのだった。