黄金のニクスティア   作:Alfia2

21 / 22
第21話 かくして、運命が回り始める

 夜、魔導総局本局にて。

 月光が差し込む廊下を一人の少女が歩いていた。

 華奢な体つきに幼さの残る顔立ち。長い白銀の髪が光を反射しながら、背中で揺れていた。

 蒼玉の瞳はまっすぐ前を見据えている。彼女の目指す先は総長室。やがて、扉の前で立ち止まると、軽くノックした。

 中から女性の声が聞こえてきた。

 

『はい』

「シロネ・ヴェルディアです」

 

 シロネがそう名乗ると厳かな声が聞こえてきた。

 

『入りたまえ』

「失礼します」

 

 シロネはそう答え、総長室に足を踏み入れた。

 奥の机では白いひげを生やした偉丈夫の男性が座っていた。彼の名はレニック・ヴェルディア。魔導総局の長でありながら、六天に名を連ねる人物だ。そして、シロネの養父でもある。

 レニックの傍らには秘書が控えていた。

 シロネは少しやりにくそうにぎこちなく一度礼をする。

 

「招集により、参上しました」

 

 レニックが一つため息をついた。

 

「改まった態度が苦手なら崩してくれて構わん」

「あ、そう?」

 

 シロネはあっけらかんと答える。その様子に秘書までも嘆息した。

 シロネは構わず、話を切り出す。

 

「それでボクに用って?」

「お前に依頼したいことがある。各地の遺跡周辺で、起こっていることを知っているか?」

「噂程度ならね。魔素上昇の件でしょ? 魔物が増えてるって話も聞いたし」

「相変わらず、耳が早いな」

 

 フリーの魔装士にとって、魔物討伐で得られる魔核は稼ぎにつながる。そのため、魔物が出やすくなる魔素上昇の話は彼女の耳にも入っていた。

 レニックは説明を続ける。

 

「観測されたのは一昨日の夜だ。幸い、近隣に人里はないためか、一般の被害は確認されていない」

「それって、今のところは、だよね。影響範囲が広がるかもしれないんだし」

「ああ、その認識でいい。現時点で兆候は見られないが、断続的に情報が入ってきている状況だからな。今後は分からん」

 

 今は被害がなくとも、いつ状況が変わるかは分からない。シロネには、そう警告しているように聞こえた。

 

「ひとまず、状況は分かったよ。で、依頼内容は?」

「お前には遺跡周辺および出所である遺跡の調査を頼みたい」

「調査なら魔究士を動かすべきだと思うけどねぇ」

「遺跡の数が多いせいか、総局側でも人手が足らん。一応、お前なら記録をとるための心得ぐらいはあるだろう」

 

 フリーにとって、必ずしも必要なことではないが、基礎的なことであれば、シロネでも対応はできる。

 

「もし、魔物の発生が看過できないほどであれば、連絡してくれ。そのときは総局から魔装士を手配しよう」

「まあ、別にそれはボクが対処してもいいんだけど。……とりあえず、もう少し詳細が欲しいなぁ」

 

 レニックは机上にある書類を手に取り、シロネに差し出した。

 シロネはそれを受け取ると、順に目を通していく。

 いくつかの国が記載されており、どうやら影響が大きいとみられる遺跡を調査してほしいようだ。

 

「……これ、大陸中を回れってこと? 金額は良いみたいだけど」

「すぐ現地へ向かえるようにあらかじめ段取りはしておこう。その点、こちらから行き先は決めさせてもらうが」

「まあ、そのほうがボクも楽だしね。……分かった。依頼を受けよう。ちなみにボク一人?」

「サポートとして、総局の者を回すことは可能だ。ただ、さっきも言ったとおり、人手不足が激しい。回せるとしても、あてにはするな。お前なら、フリーで募るほうが何かと都合がいいだろう」

「でも、募るにしてもそっちはボクのほうで集めろってことでしょ?」

 

 レニックはうなずく。

 

「んー、それは面倒だなぁ」

 

 シロネは顎に手を添え、視線を下げる。

 

「調査、ねぇ……」

 

 いくばくかの時間が過ぎた後、シロネは「心当たりが一人いるな」と小さくつぶやき、視線をあげた。

 

「総局の名簿、見せてもらってもいい?」

「構わんが、あてにはできんぞ?」

「いいからいいから」

 

 レニックは仕方なく、名簿を持ってくるよう秘書に指示した。

 秘書は「相変わらず、娘に甘いですね」とこぼしながら書棚へ向かい、分厚い名簿を取り出す。

 シロネはそれを受け取ると、ぱらぱらめくりながら、流し見ていく。やがて、あるページで動きを止めると、シロネの口角がわずかに上がった。

 彼女は名簿の一か所を指さし、レニックに尋ねる。

 

「この子とかはどうかな」

「この者はレオンの部隊の者か。……何故、この者を?」

「今回は調査という名目だし、戦闘面より魔素濃度が高い状況でも継続的に活動できるほうが望ましいかなと思って。以前、聞いたことがあるんだけど、彼は魔素に対する耐性があるんでしょ?」

 

 レニックは沈黙した。

 シロネはその反応から、聞いた話が嘘ではなかったことを確信し、続ける。

 

「彼を本局に置いているのは、こういうときのためなんじゃないの?」

「……それだけではない。実績を鑑みてだ」

「"だけ"、ってことは、理由の一つではあるんでしょ?」

 

 レニックはため息をついた。

 秘書が口をはさんだ。

 

「総長のおっしゃったとおり、彼は実績もあります。そういう面で戦闘面もあてにできるかと。ですが……」

「何か問題があるの?」

「確か今休暇中だったかと思います」

「休暇中の者を選ぶとは……」

 

 レニックと秘書は、そろってシロネに呆れた目を向けた。

 

「鬼畜だな」「鬼畜ですね」

 

 二人から同時に責められ、シロネは声を荒らげる。

 

「ひどい言われようだ! ボクは所属してないんだから、休暇中とか分かるわけないよね!?」

 

 当の二人は澄ました顔をしていた。シロネは軽く唇を尖らせた後、大きくため息をつく。

 レニックは渋い顔をしながら、口を開いた。

 

「休暇中の者を無理に働かせることはしたくないのだがな」

「んー……ま、それなら、こうしよう。総局経由じゃなくて、ボクが直接彼と交渉するのはどうかな。彼に選択肢を与えるようにはするからさ」

「ふむ。まあ、それならいいだろう。ただし、無理強いはするなよ」

「分かってるよ」

 

 シロネは、改めて名簿に視線を移す。

 そこには――ニクス・ミュラーと記載されていた。

 

 ***

 

 同時刻――教会にて。

 入り口の扉が開き、ミラが姿を見せた。彼女の瞳は虚ろに揺れ、心なしかわずかに黄金色が差していた。

 ミラは、そのままゆらりと祭壇のほうへ近づいていく。その先では、ロザリアが膝を折り、像に祈りを捧げていた。

 背後の足音に気づいたロザリアは立ち上がり、ミラのほうへ振り返る。

 

「こんばんは、ミラさん」

「……」

 

 返事はない。ロザリアはにこやかな笑みを絶やさずにミラへ歩み寄り、彼女の肩に両手を添えた。

 

「『報告を』」

 

 ロザリアのその(言葉)にミラの肩がぴくりと上下し、ぽつりぽつりと言葉を漏らしていく。

 

「……本日、今朝方に、ニクス、君が来ました」

「あの後、そちらに行かれたのですね。『続きを』」

「ニクス君、に一昨日の夜に遺跡が活動を、開始したことを、伝えました」

「『それで彼はどうしました?』」

「彼は、自ら本局に行って、遺跡のことを確認すると、それ以外は、ありません」

 

 ロザリアはミラの肩から手を離し、半歩後ろへ下がった。

 

「そうですか。念のためとはいえ、仕込んでおいて正解だったかもしれませんね。遺跡とスティアさんのことを否が応でも結びつけるでしょうし。分かりました――」

 

 言葉を切り、胸の前で軽く手を合わせる。

 

「『もうよいですよ』」

 

 ミラの肩がぴくりと震え、彼女の虚ろさが引いていく。

 

「え、あれ? 私。あれ?」

「大丈夫ですか? ミラさん」

「ロザリア、さん……?」

 

 ミラは落ち着かない様子で周りを見回し、首をかしげる。

 

「ここは教会……? どうして……?」

「はい、夕方からずっとお祈りをされていたと思いますよ」

「そう、なのですか? でも、そんな記憶は……」

「疲れていらっしゃるのかもしれませんね。今日はもう遅いですし、そのままお帰りになるのがよいのではないでしょうか」

「……えっと、はい、分かりました」

 

 ミラは終始不安な顔をしながら、教会を後にした。

 扉が閉じると、ロザリアの後方からくぐもった声が聞こえてきた。

 

「相変わらず便利なものだね。"支配"の力は」

 

 ロザリアが振り返ると、茶色の髪をした長身の男が壁際に背を預けていた。顔全体には仮面がつけられているため、表情は見えない。

 

「まあ、昔ほどではありませんけどね。どうも体を借りているせいか、神にまつわるモノであるならともかく、普通の人には微々たる効果しか出せません」

 

 ロザリアは自分の胸に手を添えながら、言葉を続ける。

 

「……ああ、この子が彼に接触したとき少し試みましたが、干渉はできませんでしたので、神にまつわるモノでもその限りではないですね」

「体を借りている、か。その言い方だと、半端にしか使ってないのかい?」

「この子とはあくまで共生関係ですよ。無理強いもしてませんので」

「へぇ、丸くなったのかな? それとも昔の君に戻ったのかな? いや、力を使ってる時点でそれはないか」

 

 ロザリアは無言で肩をすくめた。

 仮面の男は特にそれ以上言わず、話を切り替えるかのように言った。

 

「ところで、彼らを向かわせるんだね」

「ええ、遺跡が目覚めたとはいえ、わたくしたちだけで中に入れるとも限りませんから」

「なるほど。しかし、過度に接触してしまうと、痕跡を残してしまうことになるけど。その辺りは大丈夫なのかい?」

 

 ロザリアはわずかに首をかしげた。

 

「と、いうと?」

「今回、先ほどの人を使って彼に情報を流したんだろ? その接触で疑われる痕跡が残ってないかと思ってね」

「支配の力まで想像が及ぶとは思えませんが。たとえ、痕跡が残っていたとしても、辿るすべがないでしょう」

「君は、少し力を絶対視する傾向にあるからね。先ほど、君が言ったとおり、力が十全じゃないなら、気を緩めないほうがいいと思うけど」

 

 ロザリアはしばらく男を見つめた後、うなずいた。

 

「……肝に銘じておきましょう。まあ、それはお互い様だと思いますが」

「ふ、違いない」

 

 仮面の男が「そういえば」と続ける。

 

「神殿内の様子を見てたけど、彼の妹の中に入ってたの、話し方からして君じゃないよね」

「ええ、さすがに内部に入っていないので、わたくしは干渉できません。あなたじゃあるまいし」

「僕も外から見ることしかできないんだけど。と、なると、あれはラスティルか。でも、神域から干渉できるんだね」

「弱まっているのかもしれませんね。()の者を抑える魂が」

「クロノが? 彼がそこまで軟弱とは思えないけどね」

「わたくしもそう思いますが、世の中というのは分かりませんから」

 

 ロザリアは仮面の男から視線を外すと、祭壇に上がり、教会内を一望できるよう振り返る。

 教会内にはいつの間にか、白いローブを着た数多の人々が姿を現していた。その者らは皆、黄金の目をしていた。

 ロザリアは彼らを見渡し、両手を掲げるように広げた。

 

「――皆々様! ついに鍵と器により世界が目覚めました! これにて因果は再演し、運命は動き始めます! さあ、我らが望む回帰のために」

 

 黄金の目を持つ者たちが、うめき声にも似た歓声を上げる。

 ロザリアはその声を背にしながら、像へ語りかけた。

 

「今度こそ、あなたの力を手に入れ、世界を取り戻してみせましょう――」

 

 ロザリアは笑みを深め、締めの言葉をつぶやく。

 

「神、ラスティルよ」

 

 その瞳には、彼らと同じ黄金の光が宿っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。