第22話 魔導都市
翌朝、ニクス、スティア、ラピスは朝食を済ませた後、大通りを歩いていた。
これから三人が目指すのは、魔導都市にある魔導総局の本局。昨日、支局で遺跡の資料が存在するかを確認したところ、支局にはないことが分かったため、本局まで足を運ぶことになった。今は魔導列車が通っている駅へ向かっているところだった。
やがて、中央広場へと続く横道の前までたどり着くと、その向かい側の通り道をまっすぐ進んでいく。
そうこうしていると、こじんまりした駅が見えてきた。
駅の中へ入ると、スティアは物珍しそうにあちこちへ視線を向けている。
受付に到着したところで、ニクスが駅員へ話しかける。
「三枚でお願いします」
受付の男性が、小さい縦長の紙を三枚差し出した。
「スティア、この紙の上に手のひらを置いてくれるか」
「え、うん」
スティアは言われるまま手のひらを紙の上に置く。すると、手のひらの下でわずかに細かい粒子が散った。
駅員は、一度うなずき、「もういいですよ」と口にする。
スティアが手を離すと、紙には小さな印が刻まれていた。彼女はそれを手に取ると、しげしげと見つめた。
「これって何?」
ニクスは右横を指さす。
「あっちに出入り口があるだろ。あそこでその紙をかざすと、中に入れるんだ」
「紙に手を置いたのは?」
「単純にその人しか使えなくするためだな。その紙で当人の魔力を検知して、印として浮き上がらせる。さっき、その印はなかっただろ?」
「あ、そういえば、そうだね」
スティアが再び、じっと紙を見つめた。
「なんだか魔導技術って凄い不思議だね」
「まあな、俺たちは生まれながらに見てきたけど、最近の進歩も凄いからな」
ニクスとラピスも、それぞれ紙を受け取り、三人は改めて駅構内へ入っていった。
構内で待っていると、ほどなく魔導列車が到着した。
スティアは奥のほうを見ながら、目を輝かせた。
「おぉ~、これが魔導列車! お、大きい。横に長い?」
「スティア、乗るぞ」
「あ、うん!」
三人は魔導列車に乗車すると、四人掛けの席に座る。
スティアはラピスに話しかけた。
「ラピスは魔導都市に行ったことあるの?」
「わたしは一度だけ。お兄が本局に所属することになったときぐらい」
「そうなんだ。やっぱり、凄いところ?」
「凄いよ。初めて行ったとき、圧倒されたし」
「お~、そうなんだ。楽しみだなぁ」
こういう普通のやりとりもできるようになったのは距離が近くなった証だろう。日数が経っていないとはいえ、スティアの性格のおかげかもしれない。
ニクスは柔和な笑みを浮かべながら、ラピスを見る。
ラピスがちらっとこちらに視線を向けた。
「何、お兄?」
「いや、なんでも」
きっと、スティアの存在はラピスのことも変えてくれるだろう。そう願わずにはいられなかった。
魔導列車は木々の合間を通っていく。森を抜けると、窓の外を見ていたスティアが声を出した。
「わぁ、あれが魔導都市!?」
ニクスとラピスも窓の外を見やる。平原の向こうに城壁に囲まれた大きな街が見えた。
特徴的なのは、その城壁よりも高い大きな塔。列車の中からでは、全体の規模は見えないが、それでも圧倒的な質量を感じさせる。魔導技術の粋が集まった場所――。
「ああ、魔導都市だ」
魔導列車は都市の駅へと入っていった。列車から降りると、受付に紙を渡し、駅をあとにする。
門にはいくつかの入り口が用意されており、三人はそのうちの一つの列に加わった。スティアはひょっこりと列から顔を出すと目をぱちくりさせていた。
「え……? あれって人じゃないよね……」
ニクスも同じく顔を出すと、受付に立っていたのは、人――。
「あー、あれは魔導人形だな」
「ま、魔導人形?」
「魔力で動作している人形だよ」
実際には生成された疑似魔力を元に駆動し、現状では刻まれた命令から外れた行動はできず、自律的に動くまでには至っていないと聞いた覚えがある。
スティアが瞬きしながら呆けた声をあげた。
「はぇ~……」
「恥ずかしいから、都市内であまりそういう反応しないで」
「まあ、こればかりは仕方ないんじゃないか。ラピスだって、来たときはそうだったろ?」
ラピスが軽くこちらをにらむ。
「いつの話してるの」
「去年だから、全然経ってないと思うけどな」
ラピスは恥ずかしそうにそっぽを向いた。
ほどなくして、ニクスたちの番が回ってきた。
魔導人形から『こんにちは』と音声が聞こえ、スティアの肩がびくりと揺れた。
ニクスは懐からライセンスカードを差し出す。
「よろしくお願いします」
『はい、確かに』
魔導人形が手元の機械にカードを通す。
『魔導総局本局、第七部隊所属ニクス・ミュラー様ですね。お間違いはないですか?』
「はい、大丈夫です。あと、こっちの二人は同行者として、登録をお願いします」
『かしこまりました。少々お待ちください』
魔導人形が横から紙を取り、差し出す。
『こちらにお名前を書いてから、下の空欄に手のひらを乗せてください。それでお名前と魔力を共に登録できます』
「あ、はい! 分かりました」
スティアははっと気づいたかのようにニクスのほうへ振り返り、小声で話しかけてきた。
「えっと、名前って"スティア"だけでいいの?」
「ああ、大丈夫だ。あくまで魔導都市に入るための手続きだからな。出るときも受付を通る必要があるし、名前を魔力と紐づけるためだしな」
「そうなんだ……うん、分かった」
そのままスティアとラピスは名前を書き込み、受付を済ませる。
最後に魔導人形が『いってらっしゃい』と手を振っていた。
受付を出ると豪奢な街並みが広がっていた。行きかう人々はどうにも浮足立っているように見える。
ラピスがあたりを見ながら言った。
「なんか忙しない」
「建都記念日が近いからかもな」
スティアが首をかしげる。
「建都記念日?」
「この都市ができたことを祝う日だ。その日は盛大に祭りが開かれるんだよ」
「ほ~」
「今は準備の最中だろうし、きっとそのせいだろうな。確かだいたいひと月後ぐらいだったかな」
「ニクスは準備とかするの?」
ニクスは首を振る。
「いや、俺は違うよ。基本的に総局はサポートだけなんだけど、今回は別の部隊が担当だからな」
「へぇ~、そうなんだ」
三人はそのまま魔導都市を進んでいった。
しばらく進んだ後、大きく開けた円形の広場に出た。スティアが上空を見て、呆けたような声を漏らす。
「何、これ……大きい」
スティアは指をさしながら、口を開いた。
「これって、窓から見えたのだよね」
「ああ、魔導塔だな。主な役割としては、空気中の魔素の濃度の調整」
「濃度の調整……?」
「魔素の濃度が高くなってしまうと、その地域での人の活動が難しくなるんだよ。魔物が好む環境にもなってしまうしな。それを調整するための塔といったところだな。まあ、魔導都市のは魔導士の職場も兼ねてるからここまで大きいんだけどな」
「あー、なるほど」
一番の理由は高濃度にさらされ続けることによる魔物化の防止だが。
「各国はもちろんルニエや魔導列車が通ってきた道にも、似たような機能を持った魔素調整器が設置されてるぞ」
「え、気づかなかった」
「まあ、オブジェみたいなもんだから気づかないのも無理はないな。……さて、この塔の横を突っ切るとついに本局だ」
ニクスがそう言い、振り返ろうとしたところ、
「『お、昨日の今日で。うーん、さすが、仕事が早い』」
雑踏の中ではっきりと感じ取れる。まるで、自分を認識させるように。
声がしたほうを見ると、白銀の髪に蒼玉の瞳を持つ少女が立っていた。
ニクスはその顔を見て、既視感に襲われる。
どこかで見たことがある気が……。
スティアとラピスが首をかしげながらそろってニクスに声をかけた。
「ニクス?」「お兄?」
「いや……」
少女はニクスの近くまで歩み寄ると、彼を見つめた。
「すぐ会えてよかったよ」
「君は……?」
「あれ、もしかして、ボクのこと知らない?」
ニクスは再度、少女の顔をじっと見つめる。
「いや、見たことはあると思うけど……」
少女はにやりと笑った。
「なら、まずは自己紹介かな。ボクの名前はシロネ・ヴェルディア」
その名前を聞いた瞬間、ニクスの背中に冷や汗が伝った。
ニクスは咄嗟に頭を下げる。スティアとラピスがびっくりしたようにニクスを見た。
「し、失礼しました。まさか、総長のご息女とは……」
「あー、顔上げてくれる? ボク、堅苦しいの嫌いなんだよね。あと、そのかしこまった喋り方も崩してくれていいよ」
「いえ、そういうわけには。どちらにしても年上ですし」
スティアが「え、年上!?」と驚いた声を上げている。
「年上だからって、必ずしも丁寧にしなければならないなんて話でもないでしょ。ましてや、当の本人がそれでいいと言ってるんだし。ね、ニクス君」
「わ、分かった……。って、俺の名前も知っているのか」
シロネはうなずき、スティアとラピスのほうへ目を向ける。
「彼女たちは?」
「妹のラピスとうちに住んでるスティアだ」
「……そっか。うん、よろしく」
シロネはラピスと握手を交わし、続いて、スティアに手を差し出す。
スティアがその手を握ると、彼女の口から「え」という言葉が漏れた。
いきなり、どうしたんだ……?
スティアは視線を軽く左右に動かすと、シロネへ切り出した。
「あの……私と会ったことありませんか?」
ニクスはぱっとシロネのほうを見る。彼女はぽかんと口をあけながら、軽く瞬きした。
「ふむ……」
シロネは何を思ったのか、ぐいっとスティアの手を引いた。
「ひゃ!?」
彼女は至近距離からスティアの顔を見ていたが、少しして顔を離した。
「多分、初めてだと思うよ」
「そ、そうですか……」
スティアは腑に落ちないように手を離した。
ニクスは眉根を寄せる。
今のやり取り、気のせいで片付けるには反応が明確すぎた。少なくとも何かのきっかけがないと、そう感じないはずだ。あとで、スティアに確認しておく必要がありそうだ。
シロネはニクスのほうを向く。
「さて、ニクス君。ボクはキミに用があってね。少し時間くれる?」
「あー……これから少し本局に寄りたくて」
「本局に?」
「ああ、隊長に報告したいことがあってな」
「ふむ」
シロネは考え込むようなしぐさをすると、手のひらにぽんとこぶしを当てた。
「それなら、ボクも本局に付き合うよ。それが終わったら話そう。キミの隊長と顔を合わせたほうが早く進みそうだし」
「それは……」
スティアとラピスに目配せする。二人はそろって、うなずいた。
「わたしは大丈夫」
「私も大丈夫だよ」
ニクスはうなずき、シロネに向き直る。
「分かった。同行してもらっていい。ただ、こっちの用事を優先する形でもいいか?」
「それでいいよ」
四人はそのまま本局へと向かった。
四人は本局に到着すると、扉をくぐる。
中は広く、左右や奥には、回廊へと続く入り口が設けられている。その中央に受付のようなところがあった。
ラピスが口を開く。
「お兄、わたしたちはどうすればいい? 一緒にはいけないよね」
「ああ、そうだな……」
元々、二人には資料室へ行って、旧文明の資料を探してもらう予定だったが……。
ニクスの脳裏に支局でのやりとりが浮かび、ちらっとシロネを見る。
あの時みたいに資料を探すことをシロネに突っ込まれるかもしれない。探っている内容からラピスのことが露見するとも思えないが、白銀の剣姫は切れ者という噂も聞いたことがある。……致し方ないか。
「ごめん。ひとまず、ここで待っててくれるか。一旦、報告だけ済ませる」
スティアとラピスはうなずいた。そこで、シロネが口を開いた。
「それじゃ、行こっか。ニクス君」
ニクスはうなずいて、第七部隊の宿舎へと向かった。