第七部隊宿舎、隊長室前。ニクスは扉をノックした。
『誰だ?』
中から男性の声が聞こえてくる。
「ニクス・ミュラーです」
『ニクス? 入っていいぞ』
「失礼します」
ニクスはそう答え、隊長室へ入室した。
机にはガタイのいい男性が座っている。第七部隊の隊長、レオンだ。
「今日はどうし――」
レオンの言葉が途中で途切れ、驚いた顔をしながら、ニクスの後方を見ている。
つられて振り返ると、シロネがちょうど扉を閉めるところだった。
「シロネ女史まで。今日はどうしたんだ? 休みのはずだったよな」
「ええ、忙しいところ、すみません。少し報告したいことがありまして……彼女についてはここまでついてきたといいますか」
「報告?」
レオンはそう口にしながら、シロネのほうを見た。
「ボクのことはお構いなく。報告の件は、関係ないから」
シロネはそう言って、壁際へ移動した。
レオンがニクスに視線を戻す。
「それで報告ってなんだ?」
ニクスはソフィー宅での会話を思い返す。
――魔素の上昇と白いローブの魔導士の件、でしょうか。
――はい。特に件の人物については、ニクス様が襲われた部分も含めて、総局にとっての有用な情報にもなります。それ以上、状況を聞かれなくなる恐れもあるかと。
――
今回報告できることは、あくまで襲われたことまでだ。
ニクスは慎重に言葉を選びながら、切り出していく。
「三日前の夜、ルニエ近郊の花畑で、不審な魔導士と接触しました」
「不審な魔導士?」
「白いローブを着た魔導士です」
レオンの表情が険しくなった。
もしかして、この反応、何か知っているのか?
「先ほど、接触したと言ったな。具体的に何があった」
「はい、接触したとき、突然言魔により襲われました。そのとき、体感ではありましたが、魔素も一時的に上昇していたかと思います」
「魔素まで上昇したのか……。お前自身に怪我はなかったのか?」
「俺は大丈夫です」
レオンは腕を組み、考えるように目を閉じた。
「それはよかったが……このタイミングで、か。ちょうど、白いローブを着た魔導士の情報が入ってきたところだ」
「え」
あの場に誰かがいて、報告したのか? いや、先ほどの反応から考えると、花畑の話が伝わっているとは思えない。そうすると別の話だろうか。
「情報というのは?」
「今朝、総局所属の
「なるほど……」
白いローブ――花畑で遭遇した魔導士と同じ特徴だ。もし、同じ集団に属しているのなら、遺跡を探っているとも考えられるが。現時点で断定するのは早い気がする。
それに……総局所属の魔究士が近くにいたということは、総局側も遺跡に関わっている可能性が高いか?
後者は偶然居合わせただけかもしれない。念のため、確認してみてもいいだろう。
「少し確認したいのですが、どうして魔究士が遺跡周辺に?」
レオンはニクスの言葉に首をかしげた。
「何故、そこが気になるんだ?」
ニクスの思考が、一瞬止まる。
まずい、少し先走ったか……?
ニクスは視線を軽く逸らしながら、答える。
「えっと、支局で遺跡の件を聞いたもので」
「支局で?」
「はい。ルニエの支局で、遺跡の活動が開始したとの連絡が本局から来た、という話を聞きました。ただ、受付の人もうろ覚えだったようで、あくまで気がするとのことでしたが」
「本局から連絡、か。確かに調査依頼で連絡をしている可能性もあるが、ルニエに魔究士は滞在していたか?」
想定とは別方向の質問が飛んできた。少なくとも、深く追求されなさそうだ。
ニクスはわずかに息を吐いた後、首を振った。
「滞在はしていないそうです」
シロネが会話に加わってきた。
「
やはり、そこは気になるよな。
レオンはしばし黙り込んだ。
「……そうか、そちらは一度確認してみよう。それで、魔究士が周辺にいた理由だったか?」
「あ、はい」
レオンはちらっとシロネを見た。
「ボクはもう知ってるよ。総長から依頼されたし。まあ、白いローブの件は知らなかったけど」
「ああ、そういうことか」
二人のやり取りにニクスは首をかしげる。すると、レオンが説明を始めた。
「三日前の夜、遺跡周辺で急激な魔素上昇が確認されたと連絡があった。そこで、総局側も各遺跡を調査している。うちの隊も手が空いている者を現地へ向かわせる予定だ」
「そう、なのですね」
遺跡の調査か。第七部隊も関わっていることを考えると、それに加わったほうが、情報を得られそうだが……。
「まあ、お前は今休暇中だ。調査の件は気にしなくていい」
「……分かりました。ありがとうございます」
レオンは小さくうなずくと、少し間を置いた。
「それと、襲われたのは三日前だったか」
「はい、そうです」
レオンの眉間に軽くしわが寄る。
「何故、報告が遅くなった? 襲われたなら、一報は入れるべきだっただろう」
ニクスは反射的に頭を下げた。
「す、すみません」
休暇中の話だったから、後回しでもいいと考えていたが、考えが甘かったか。
すぐに頭を切り替える。事件発生後の経緯はすべて答えられない。あの場にはラピスもいた。休暇中だったことは……いや、それを言い訳に使うのは得策じゃない。
「その、襲われたとき、妹も一緒にいたので、しばらく妹の様子を見ていて、報告が遅れました」
「……そうか。そういう理由なら、そちらを優先するのは分かる。ただ、落ち着いた時点で連絡は入れろ。今回のような危険な目に遭ったのなら、なおさらだ」
「はい、すみません」
レオンはうなずくと、話を続ける。
「それで、妹のほうは大丈夫なのか?」
「そちらは……はい、今のところは」
「それならいい。報告は以上か?」
ニクスは短く返事を返す。それで話が終わったと判断したのか、シロネが近づいてきた。
「さて、ニクス君の用事が済んだなら、今度はボクの番だね。ちょうど、遺跡の話も出たし」
遺跡の話? もしかして、シロネも遺跡に関することなのか?
シロネはニクスを見ながら、軽く口角を上げた。
「ニクス君、ボクと一緒に遺跡調査へ行ってほしい」
***
少し前、スティアは宿舎のほうへ行くニクスの背中を、じっと見送っていた。
シロネさんは悪い人ではないと思うけど、何か引っかかる。
「ねぇ」
さっき感じたあの感覚は、なんだったんだろう。
スティアは自分の手のひらを見つめた。
「ねぇってば――」
まるで、何か体を駆け巡ったような……。ニクス、大丈夫だといいけど。
「ちょっと」
横から引っ張られ、スティアの体が傾く。
「お?」
引っ張られたほうを向くと、ラピスがこちらにじとっとした目を向けていた。
「聞いてる?」
「え、あ、ごめん! 聞いてませんでした……」
ラピスはため息を吐いた後、わずかに視線を
「あなたに少し聞きたいことがある」
「聞きたいこと?」
「……自分の中にあるモノのこと、不安じゃないの?」
自分の中にあるモノ?
スティアはわずかに首を傾けてしまう。
「えっと……?」
ラピスは少し睨むとスティアの耳に口を近づけ、小声で言った。
「魔核のこと」
こそばゆい! ……じゃなかった。
大ぴらに言えないから、わざわざ耳元で言ったのだろう。
スティアは軽く周りを見回す。こちらに注目している人はいないようだ。
改めて、ラピスを見ると、真剣な表情の奥に不安が見え隠れしている気がした。
ここで変に気遣うのは違う気がする。正直に答えよう。
「正直に言うんだけど、私は気にしてないかな。言われたときも特に実感とか湧かなかったから」
「……お気楽」
「やっぱり……その、つらい?」
ラピスは眉を吊り上げ、苛立ちを滲ませるように言った。
「当たり前でしょ……! わたしもお母さ――」
ラピスはそう言いかけたところで、堪えるように口元を強く引き結んだ。そのまま、彼女は目を伏せ、力なく言う。
「それにお兄だって……きっと、お兄が一番つらいと思うから……」
「ラピス……」
もしかして、二人のお母さんは……。
スティアはラピスへ手を伸ばそうとする。だが――。
二人の事情を自分は知らない。それなのに、これ以上踏み込んでいいのか。
その考えがよぎると、スティアは伸ばしかけた手を引き、軽く拳を握った。
何も言えないまま、うつむくラピスを見つめる。
私に何かできることはないのかな。何か……。
そのとき、スティアの脳裏にソフィーの言葉が浮かぶ。
――もしかしたら、スティアの体がどのようにできたのか、そやつのルーツを調べればラピスの件も解決できるやもしれぬ。
……自分のことを調べるのが、ラピスの助けになるかもしれない。今できることを、少しでも進めたい。ここに来たのだって、遺跡の資料を調べに来たんだ。
ニクスはここで待っててと言っていたけど……予定になかったことをするわけじゃない。資料探し程度なら、大丈夫なはずだ。
スティアは押し黙ったままのラピスに話しかけた。
「ラピス、遺跡の資料を探しに行かない?」
ラピスは顔を上げると、いぶかしんだ目をこちらに向けてくる。
「何、いきなり」
「ここには資料を探しに来たから、探しに行ってもいいかなと思って」
彼女は鋭い視線を向けてきた。
「お兄は待っててって言ってなかった?」
「うん。でも、元々予定していたことだし、大丈夫かなと思って。どうかな?」
ラピスは考えるようにうつむいた。やがて、軽く息を吐いた後、口を開く。
「資料を探すったって、どこで探すの」
「そういうのが置いてある場所だと思うけど……。ん~、分からないことは――」
スティアはぐるっとあたりを見回す。その視線が、広間の中央にある受付で止まる。スティアはそちらを指さした。
「あそこで聞けばいいんじゃないかな? なんだか受付っぽいし」
ラピスもつられて、スティアが指さしたほうを見る。
「……まあ、聞くだけならいいけど」
「うん。じゃあ、行こっか!」
二人は受付に向かう。近づくと、手の空いていた女性がこちらに気づき、声をかけてきた。
「どうされましたか?」
「えっと、遺跡について調べたいんですけど、そういう資料が置いてある場所ってありますか?」
「遺跡?」
「あー……」
スティアが困ったようにラピスを見る。
ラピスは呆れたような視線をスティアに向けた。
「各国に遺跡があると聞きました。その遺跡に関する資料を探しています」
「あー、なるほど。そうですねぇ……確認ですが、総局所属の方ではないということでよろしいでしょうか」
二人がうなずくのを確認すると、受付の女性はカウンター内から縦長の小さい紙を取り出し、広げる。どうやら、館内地図のようだ。
「それでしたら、こちらにある資料室で探してみてはどうでしょうか。一般に開放されている資料から、お目当ての資料が見つかるかもしれません」
スティアとラピスものぞき込む。
「ありがとうございます! ここに行ってみようと思います」
「ふふ、こちらは持って行っていただいて構いませんよ」
スティアは受付の女性から差し出された紙を受け取ると、そのまま二人は資料室へ向かうのだった。