「ニクス君、ボクと一緒に遺跡調査へ行ってほしい」
予想していなかった言葉に、ニクスは目を瞬かせた。
先ほど、依頼されたというのはそういうことか。
「厳密に言うと、遺跡周辺と遺跡本体の調査だね」
「それは総局が動いてるんじゃないのか?」
「どうやら、人手が足りないらしくてね。総長直々に依頼をされたってところかな」
ニクスは横目でレオンを見た。
レオンは渋い顔をしながら答える。
「……受けるかどうかはお前次第だ。総長からの依頼ということであれば、申請はシロネ女史からするのだろう?」
「もちろん」
「そういうことなら、うちとしては構わない。ニクスにはもっとゆっくりしてほしいんだけどな」
レオンはそう言いながら、シロネに向ける目を鋭くする。
当のシロネはどこ吹く風もなく、軽く肩をすくめた。
「言っとくけど、強制じゃないよ? あくまでボク個人としての依頼だし。今、キミが言った通り、判断するのはニクス君だ」
今のシロネの発言と先ほどの隊長の気にしなくていいという発言から考えると、総局経由での命令というわけではないのだろう。
正直、提案としては願ったり叶ったりだ。個人的依頼という話なら、総局側に気取られず、情報を得ることが可能だ。ただ、総局トップの娘からの提案は引っかかるが。
だが、まず確認すべきことは――。
「どうして、俺なんだ?」
「ん? んー、今回の調査は
ニクスは軽く眉間にしわを寄せる。
総長に近しい人物だ。知っていても不思議ではない。
ただ――。
俺をわざわざ指名するには理由が弱い気がした。
当人の魔素耐性がそこまで高くなくとも、現在の
……先ほどの隊長の態度からして、その兆候があるとは思えない。それほど、状況が切迫しているのであれば、"気にしなくていい"とは言わなかったはずだしな。
ニクスが返事をせずに黙っていると、シロネは再度促した。
「どうかな?」
……これ以上、黙っているのも、変に勘繰られるか。理由がなんにせよ、同行するかどうかを先に考えたほうがよさそうだ。
現時点では、遺跡が旧文明やスティアに繋がっているとは、断定できていない。まずは資料を確認してからでも、遅くはないだろう。
「いったん、考えさせてもらっていいか?」
「ふむ、肯定でも否定でもないんだ。保留にする理由でもあるのかな?」
ニクスは一瞬、言葉に詰まった。
そこを捉えられるとは思ってなかった。そう、不自然ではなかったと思うが。
「遺跡調査ともなると、遠出になるだろ。まずは家族に話を通したい。休暇中だしな」
「ああ、なるほど。うん、確かにちょっと気がはやっちゃったかな。分かった、いいよ。ただ、ボクもずっと待っているというわけにはいかない。そうだな……」
シロネは考えるように視線を
「期限として、二、三日とかはどうかな」
ずっと、保留にしておくのはまずいだろう。
今までのやり取りを考えると、その辺りが妥協点か。
「分かった。それでいい」
「よし。それじゃ、ボクからの話は以上かな」
シロネは軽くレオンを見た。
「オレも特に言うことはないが。……ニクス、もし、シロネ女史に同行することになれば、一報をくれ。その期間はそちらに注力できるよう取り計らおう」
「分かりました。ありがとうございます。決まり次第、連絡します」
レオンはうなずいた。
「それでは、失礼します」
ニクスはそう言い、シロネとともに隊長室をあとにした。
ニクスはホールに戻る途中、シロネに話しかけた。
「シロネは隊長と会ったことはあるのか?」
「ん? どうして?」
「見た感じ、遠慮がなさそうだったからな」
「あー……ボクが研修生だったころかなぁ。何度かチームを組んだことがあるよ」
研修生ということは……。
「昔は総局に所属していたのか?」
「まあね。ざっと、六年前ぐらいかなぁ」
「結構、前なんだな」
「うん。キミは浄化作戦のことを知ってる?」
ニクスの思考が一瞬止まった。
……知らないはずがない。いや、
六年前、研究上の不正行為に関わっていた施設や関係者を一斉に摘発した作戦。
確か、公的に首謀者とされていたのは、六天の一人じゃなかったか。
「……ああ、知ってる」
「大仰な作戦名だよね。まあ、その直後かな。総局抜けたの」
「そうだったのか。ということは、その作戦にシロネも参加してたんだな」
「そうだよ。まあ、そのときに色々とあって、抜けることにしたんだ。フリーのほうが気楽だしね」
「なるほどな……」
あの作戦は総局側に大きな傷を残したと記録されていた。それに、今でもまだ、すべてが片付いたわけではない。
だからこそ――。
「さて、昔の話はこのぐらいにしようか」
シロネが前を向く。
気づけば、ホールはすぐそこだった。
ニクスはホールに戻ってくると、辺りを見回した。
スティアとラピスの姿が見当たらない。
「ニクス君、どうしたの?」
「いや、ラピスとスティアがいないと思って……」
シロネも辺りを見回す。
「本当だね。んー……」
シロネの目線が中央の受付にとまった。
「それなら、受付で聞いてみればいいんじゃない? もしかしたら、見てるかもしれない」
シロネはそう言って、
「お、おい」
ニクスは慌てて、シロネに追従した。
受付に到着すると、シロネは女性に話しかける。
「少しいいかな?」
「あら、シロネさん。どうされましたか?」
「金色の髪をした少女と紺色の髪に白い髪が合わさった少女を見てない?」
「あー、その子たちでしたら、遺跡の資料を探しているとかで、資料室の場所をお教えしましたよ」
もしかして、二人で探しに行ったのか!?
まずい。遺跡の話が出た直後に資料を探しているとなれば、シロネに
シロネはニクスを振り返った。
「資料を探しているねぇ。ねぇ、ニクス君、彼女たちはなんで探しに行ったと思う?」
「興味を、持ったからじゃないか?」
「へぇ、突然に?」
落ち着け。今までシロネの前でやり取りした内容を思い返せ。何か、理由として使えるものはないか?
――えっと、支局で遺跡の件を聞いたもので。
――支局で?
ニクスは思考を切り上げ、極力平静を装いながら口を開いた。
「……さっき、隊長に支局の話をしたのを覚えているか?」
「あー、言ってたね。支局で聞いたとかなんとか」
「ああ、それの発端は、俺が遺跡に興味を示したからなんだ。それを彼女たちにも話してたから、興味を持って調べに行ったんじゃないか?」
「なるほど。筋としては通ってるかもね。このタイミングでなければね」
ニクスは一瞬、言いよどむ。
それを見てか、シロネは片眉を上げた。
「キミは彼女たちに待っててと言ってたよね。それなのに、彼女たちはその言葉を無視して、資料室に行ったわけだ。さっき、少し話した感じから見ても、勝手に動く子たちには見えなかったけどね。特にキミの妹は」
「っ……!」
思っていた以上に鋭い!
どうする。どうする。
そのとき、隊長室でのシロネの言葉が脳裏をよぎった。
――魔装士に護衛を依頼するために、連絡をした可能性はあるんじゃない?
護衛を依頼されたという話をスティアたちにして、彼女たちはそれを手伝おうとしてくれたことにするか?
だが、続けて直前のやり取りも思い出す。
――本局から連絡、か。確かに調査依頼で連絡をしている可能性もあるが、ルニエに
――滞在はしていないそうです。
いや! ダメだ! 護衛の依頼なら、護衛対象である魔究士がいないとおかしい!
ルニエの支局に魔究士が滞在していないことを俺自身が言ってしまった。
「ふっ、そう硬くならなくていいよ。何も取って食おうなんて思ってない。ただ、気になっただけだよ」
シロネはそのままニクスの横を通り過ぎる。
思わずその背中を目で追うと、シロネはわずかに顔だけをこちらへ向けてきた。
「実際のところは、彼女たち本人に聞けばいいからね」
その横顔には不敵な笑みが浮かんでいた。