「実際のところは、彼女たち本人に聞けばいいからね」
シロネがそう発言し、歩みを進めようとしたところ、ニクスは呼び止めた。
「……いや、待ってくれ」
シロネの足がぴたりと止まり、こちらに振り返る。
「どうしたの?」
「一つ聞きたい。どうして、そこまで気にするんだ?」
シロネはこちらを探るようにじっと見ている。一拍おいても返事はない。
ニクスはそのまま話を続けた。
「気になったことを確認するのに、俺に詰め寄るのは、まだ分かる。でも、彼女たちにまで確認するのなら、"気になった"の領分を超えてる。まるで、何か確信を得たいかのように」
「分かってるくせにわざわざ聞くなんて、なかなか意地悪だね。……なら、単刀直入に言おう――」
シロネの目が鋭さを増した。
「キミ、何か隠してるよね?」
「……断定、するんだな」
「断定したほうが早いでしょ? 変に腹を探り合うよりは」
ニクスは自分を落ち着かせるように息を吐いた。
実際に興味を持ったからではない以上、隠していると言える。シロネがここで気にしているのは、おそらく、遺跡に関する隠し事。そこから紐づいて、スティアやラピスのことにつなげるのは、こちらから言わない以上、無理なはずだ。なら――。
「たとえ、隠していたとして、"今"言わなければならないのか?」
シロネの瞼がわずかに動いた。
「ほう。それは認めたと言ってるようなもんだけど」
「あくまで、もしもの話だ」
シロネは見極めるような視線を向けてきた。
「……さっきの回答だけど、何か隠し事をしてるなら、あらかじめリスクを確認しておくのは、別に不思議じゃないと思うけど?」
理屈は通っている。だが――。
「それなら、リスクを抱えていそうな俺を同行させなければいい。俺はまだ同行の依頼を受けてすらいないんだから」
シロネは口の端をほんの少し吊り上げた。
「へぇ、言うねぇ」
まるで、根比べでもするかのように、互いに視線をそらさない。すると、ニクスの視界の端に、向こうから走ってくるスティアとラピスの姿が映った。
二人がニクスたちのもとまでたどり着く。
ラピスは息を切らしながら、かすれた声を漏らした。
「は、速い……」
その隣で、スティアがニクスの様子を窺うように口を開いた。
「えっと、ごめん。待たせた?」
ニクスは無言でシロネを見続けている。
反応がないニクスにスティアは首をかしげ、それを合図とするかのようにシロネは
「さて、ボクの用事は済んだからこれで失礼するよ」
確認、しないのか……?
「ニクス君、さっき言ったこと考えておいてね」
シロネはそう言うと、去っていった。
ニクスは緊張を解きほぐすように体の力を抜く。
スティアは去っていくシロネの背中を目で追ったあと、改めてニクスのほうへ視線を向けた。
「あの、どうかしたの?」
あまり隠し立てするのもよくないだろう。それに探しに行った理由も聞かないといけない。
「シロネから遺跡の件を聞かれてな」
「遺跡の件?」
「たまたまタイミングが悪かったのか、シロネからの用事も遺跡の件だったんだ。受付で二人が遺跡の資料を探しに行ったと聞いて、どうしてこのタイミングで探しに行ったのかと、突っ込まれてしまったんだよ」
スティアが勢いよく頭を下げる。
「か、勝手なことしてごめんなさい!」
「いや、責めたいわけじゃないんだ。でも、どうして探しに行ったんだ? すぐ動かなければならない理由はなかったと思うが」
「それは……」
スティアはちらりとラピスへ視線を向けた。
「一刻も早く、私のことを調べることが解決につながると思って。ここには資料を探しに来たんだし。少しでも何かできることをしたかったから……」
ラピスはわずかに目を見開きスティアを見る。そして、少し視線を落としながら、口を開いた。
「……わたしも止めなかったから、わたしにも非がある」
スティアは軽く眉を下げ、ラピスを見る。
「さっきも言ったけど、責めたいわけじゃない。自発的に動くことは悪いことじゃないしな。ただ、そうだな。今回はそこまで時間もかからなかっただろうし。そのまま待っててくれてもよかったと思う。まあ、シロネがあそこまで踏み込んでくるのは、俺も想定外だったから、結果論だけど」
二人は表情を緩め、うなずいた。
ニクスはそこで話題を切り替える。
「ところで、遺跡の資料を見てたんだよな。何かめぼしい情報はあったか?」
ラピスが答えた。
「軽く探してみたんだけど、浅いところしか載ってなかった。旧文明のモノの可能性はなくはないらしいけど、あくまで一説って。いつの年代かすらわからず、中にすら入れなかったみたい」
「……中に入れなかった?」
いつの年代か分からない点は、証拠不十分で断定できない以上、不思議ではない。ただ、中に入れなかったのは、何かしらの仕掛けでもあるということだろうか。
もしかして、だからこそ、今遺跡周辺で異常を見過ごせず、総局側も調査に乗り出しているのか。
「ひとまず、分かった。念のため、俺もその資料を確認したいから、もう一度資料室に行こう」
二人はうなずき、三人は資料室へ向かった。
ニクスは資料室で、二人が見た資料を確認した。
先ほど聞いた内容と大差なく、年代も由来も不明。遺跡内部に関しては、扉が固く閉じられ、中に入る方法も見つけられなかったと記載されていた。ただ、あくまで一般向けに開放されている資料内での話のため、
だが、それよりも現地で調査できる可能性があるシロネについていくほうが近道な気がした。先ほどのやり取りを考えると、気を許していい相手かは分からないが。
それなら、まずはシロネのことについて調べるほうがいいのではないだろうか。彼女に対して、安心と言えずとも、ある程度信頼のおける人物であるなら、現地調査側に振り切ってもいい。
よし――。
「確かに表面的な情報しかないな。これ以上粘っても、有用とは思えない。ラピス、スティア。これから、ソフィーさんのところに行かないか?」
二人は首をかしげる。
「シロネから言われたことと、彼女の人となりを含めて、ソフィーさんに一度相談したい」
「あ、そういえば、さっき、シロネさんからの用事も遺跡の件って言ってたよね。具体的にどんな用事だったの?」
「あー、詳しく言ってなかったか。遺跡調査の同行を依頼されたんだ」
「え……」
ラピスの表情がわずかに強張った。
スティアはちらっとラピスを見たあと、口を開く。
「えっと、遺跡調査って?」
「シロネが言うには、総長から遺跡周辺と遺跡本体の調査を依頼されたらしい。それに同行してもらいたいと言われた」
「なんで、ニクスに?」
「本人の話では、
「なるほど。そうなんだ」
改めて口にしても、俺に固執する理由が見えてこない。その部分だけは、変にあいまいにされていた気がした。
ラピスはうつむいたまま、黙っている。
「ラピス、どうした?」
「え……別に、なんでもない。ソフィーさんへの相談の件もお兄にまかせる」
「ん? ああ。そうか?」
スティアが心配そうにラピスを見ていた。やがて、視線をニクスに移すと、場の空気を変えるように明るく言った。
「私も大丈夫かな。そういうことなら、善は急げ! ソフィーさんの家に行こ~」
そう言って、スティアは資料室から出て行った。ニクスとラピスもそれについていき、三人は総局をあとにした。
魔導列車に乗り込み、来た道を戻っていく。車窓から見える魔導都市の街並みが遠のいていき、しばらくしてルニエへと戻ってきた。
駅を出た三人は、その足でソフィーの屋敷へ向かうために森へと入っていく。木々の合間を縫うように進んでいると、一羽の黒い鳥が木から飛び立ち、ニクスの肩に止まった。
黒い鳥から聞き覚えの声が聞こえてくる。
『今日はどうした? 連絡がなかったみたいじゃが』
「起きてたんですね」
『ま、さすがに昼を過ぎとるからの。いや、そんなことより。で、どうしたんじゃ?』
「新たに少し相談したいことができたので、これから屋敷に伺おうと思ってました」
『ふむ。必要なら、この場で聞くが?』
腰を据えて、話をするほうがよさそうだが……概要だけは先に伝えてもいいかもしれない。
「それでしたら――」
ニクスは総局であったことを話し始める。シロネとの邂逅。彼女からの依頼。そして、遺跡を調べている件で隠し事をしていると思われているという点をソフィーに伝える。
『……揚げ足をとるやり方、相変わらず、いやらしい性格しとるの。あやつ』
「やはり、シロネのことをご存じなんですね」
『ま、
そうなのか。少なくとも俺がソフィーさんの屋敷で修行しているときは、会ったことはないはずだが。
『しかし、お主が言うように指名する理由が弱いのぅ。それに、そこまで固執する性格ではないはずじゃ』
「なるほど。となると、何かしら理由があると考えたほうが自然でしょうね。そこははぐらかされましたが」
『ふむ。そこはどうじゃろうな。そこまで、明確な理由があるとも思えぬが……。むしろ、スティアたちに理由を聞こうとしたところをあっさり撤回したのが一番引っかかる』
「それは……」
確かに、あの時、二人が戻ってきた途端、確認せずに立ち去った。
聞いても実りが少ないと判断したからか? いや、それなら、彼女たちに聞けばいいとすら口にはしなかったはずだ。
直前でやめた理由はなんだ? 直接聞いても素直に教えてもらえないと考えたのか。もしくは、口裏を合わせている可能性に思い至ったのか。
理由がどちらにせよ、あそこまで踏み込んできたんだ。このまま素直に引き下がるとは思えない。
……いや、待て。
ニクスの脳裏に一つの可能性が浮上し、首筋に冷たい汗が伝う。
まさか――。
ニクスは足を止め、勢いよく後方を振り返った。
『ああ、なるほどの――』
ニクスの視線がその声に引っ張られ、ちらっと肩の黒い鳥へ視線が向く。
『お主、つけられておるぞ』
その直後、静かな森の中で、何かが爆ぜるような音が響いた。