シロネは監視網を潜り抜けながら、ニクスたちの背を追っていた。
その背を注視していると、彼がこちらへ勢いよく振り返った。
(もしかして、バレ――)
シロネの体がわずかに動く。
木々に乗っていた影鳥が、一斉にシロネへ向いた。
(監視網に引っかかったか……。泳がされてたのか、それとも誘導されたのか。それよりも)
影鳥の口の奥に炎が見えた。
(炎、か)
魔力で生み出された炎なら、通常の火のように燃え移ることはない。
「仕方がないか……」
シロネは腰に差していた
黒鉄色の刀身に銀色の
「『
視認できるほどの魔力が刀身上を走る。腰だめに構え、刃に指を添えた。
「『斬り伏せよう』」
その言葉に呼応するかのように紋様が淡く光る。
炎の球が迫る直前。
「『斬』」
***
静かな森の中で、爆ぜるような音が響く。
ラピスが身をすくませるように悲鳴を上げた。
「きゃ!?」
ニクスは反射的にスティアとラピスを守るよう、二人の前へ出る。
今の音は……!
「ソフィーさん、尾行してたのって……」
『シロネじゃな。今、鳥と交戦しておるようじゃ。……ちっ、あやつ、片っ端から斬りおって。あとで文句の一つでも言ってやらんとの』
ニクスは首を巡らせる。
視界にシロネの姿は見えない。
尾行されていたことは、半ば推測だったが、当たっていたようだ。となると、まず考えるべきなのは、シロネへの対処だ。
今までのやり取りから、彼女の狙いはこちらが隠していること。それなら、必然的に狙いは俺にある。それなら――。
ニクスは肩の影鳥へ視線を向けた。
「ソフィーさん、シロネの対応をお願いできないでしょうか」
『ふむ。それは構わぬが。何故じゃ?』
「シロネの狙いは俺です。彼女の前に俺がそのまま出ることは避けたほうがいい」
『ん~、ま、よいじゃろ。……それにしても、お主、今日は随分と準備がいいのぅ。
「ええ、今日は本局へ行く予定もありましたし……ニクリムスについては、今メンテ中です」
『ああ、汎用か。っと話がそれたの。ま、久方ぶりに少し相手してやるかのぅ』
ソフィーはそう言って、影鳥からの声がぱたりと止まった。
ニクスはスティアとラピスに振り返る。二人は心配したような表情で、こちらを見ていた。
スティアが前に出る。
「ニクス、私たちはどうするの?」
「……このまま、ソフィーさんの屋敷に向かおう。ここだと、邪魔になるかもしれない」
二人はうなずき、三人はソフィーの屋敷に向かった。
***
シロネは襲い来る影鳥を斬り飛ばす。
炎を吐くだけでは、排除しきれないと考えたのか、今では突撃してきていた。
当の影鳥は斬り飛ばしても、数が一向に減らない。
(ほんと、相変わらず厄介だね……)
この森は、ソフィーの支配域。そう呼ばれているだけあってか、彼女の魔力によって、空気中の魔素を媒介に次々と生まれてくる。
六天の中でも、ソフィーだけができる芸当。
シロネは軽く舌打ちした。
(いい加減しつこいんだけどなぁ)
四方から四体の黒い鳥が向かってくる。
シロネは真上へと跳ね上がった。
「『炎撃』」
指を刀身に滑らせ、紋様が赤く光る。
真下で黒い鳥が交差する直前――。
「『斬』」
影鳥が炎の斬撃に飲み込まれ、消失した。
着地後、シロネは魔装刀を構え直し、辺りを警戒する。すると、影鳥の動きがぴたりと止まった。
どこからともなく、声が聞こえてくる。
「おうおう、好き放題やってくれとるのぅ。『魔力も無限ではないんじゃが?』」
シロネに一本の鋭利な棘が飛んできた。身を斜めにずらし、かわす。
声のする方向へ視線を向けると、いつの間にか、前方の木にソフィーが腰を下ろしていた。
「ソフィー……」
「久しいの。シロネ」
「久しぶりだね。……それにしても不意打ちとは卑怯じゃない? それでも、六天?」
ソフィーは頬杖をつきながら、口端をゆがめる。
「何も正面から戦うことだけが、『戦いではないじゃろ?』」
シロネは
彼女は大きく身をひるがえし、後方へ跳び退く。先ほどいた場所に影鷲が衝突。
シロネは顔を上げ、ソフィーに鋭い視線を飛ばす。
「しかし、ここまで強行するとはらしくないのぅ」
ソフィーはニヤッとした表情を浮かべた。
「ニクスに惚れでもしたか?」
「はぁ……。下世話だねぇ。そんなわけないでしょ」
「そんな言い方したら、ニクスが傷つくぞ~。ひどいやつじゃな。まったく」
シロネは気が抜けるように
「お? もう終わりか?」
「そもそもの話、ボクは戦いに来たわけじゃない。襲われたから迎撃しただけだよ」
「お主が尾行なんぞ、やらしいことをしておるからじゃろ。ま、これ以上、争っても時間の無駄じゃな」
ソフィーは木から飛び降りた。
「で、何故ニクスに付きまとう」
「……理由は聞かなかったの? リスクを放置すると、同行してもらうときに影響が出るかもしれないからね。あらかじめ、確認するのは不思議じゃない」
「それこそ、ニクスが反論した通り、別の者を同行すればよいじゃろ。わしが聞いているのは、そんな表向きの理由ではない」
シロネは観念したようにため息をついた。
「まあ、理由は二つある。一つ目は……勘、なのかな。彼らが隠している先に、何かとんでもないものがある気がする。彼らが独自に調査しているにしても、ボクが遺跡調査の話をしたなら、
ソフィーは口を挟まず、黙って聞いている。
「二つ目は、単に彼らが気になるから。厳密に言うと、ニクス君とスティアちゃんが」
「ほう、気になるとは?」
「まるで誰かの意思に引っ張られてるかのように、気になるんだよ。遺跡調査の件を聞いたときもニクス君のことが頭の中をよぎったんだけど……違和感を感じたのは、スティアちゃんと握手したとき。それから、ずっと引っかかってるんだよ」
シロネは苦虫を噛み潰したような表情をした。
「だいぶ、
「なるほどの。大きな理由は、その二つ目か。
「そうだね」
「ふむ……」
ソフィーは考えるように腕を組んだ。しばらくして、彼女は口を開いた。
「シロネ、一つ聞きたい。お主のスタンスは
「それはどういう……?」
ソフィーはそれ以上、答える気はないようだ。
「……なんのことを言ってるのか、分からないけど。ボクの在り方を変えたつもりはないよ」
ソフィーは納得したようにうなずいた。
「うむ。よし、なら交渉じゃ」
「交渉?」
「ニクスをお主の前に出そう。ただし、どこまで話すかを決めるのは、あくまでニクスじゃ。あやつが喋ることを拒否したなら、素直に引き下がれ。それをのめるのであれば、連れてきてやろう」
「それ、同じ結果にならない?」
「ま、その可能性もなくはないが、二度目じゃろう? しかも、ここまで踏み入ってきたんじゃ。もしかしたら、結果は変わるやもしれぬぞ」
シロネは黙り込むように目を閉じた。
(ここが潮時だろうけど……少し有利すぎるね)
「その条件はのんでもいい。ただ、それに追加で彼に伝えてほしい」
「ほう。なんじゃ?」
「彼が答えないと選択したなら、他の同行者を探すよ。もしかしたら、その方がお互いのためかもしれないしね」
ソフィーの口端が吊り上がる。
「よいじゃろう。伝えよう」
彼女は傍に控えていた一羽の影鳥を屋敷方面へ飛ばした。
***
応接室には重苦しい沈黙が落ちていた。
ニクスはソファーに腰掛けたまま、窓の外を眺めていた。
先ほどまで森の奥から聞こえてきていた戦闘音は、止んでいた。
……終わったのか?
それにしては、ソフィーさんが帰ってこないが……。
ニクスがそう考えたところで、窓の向こうから影鳥が飛んできているのが見えた。
影鳥は窓際に着地すると、窓をつつき始める。
ニクスはすぐに立ち上がり、窓を開け放った。
「ソフィーさん?」
『ニクス。こっちへ来い』
「え」
『シロネと話して、喋るかどうかをお主に決めてもらうことになった』
それでは結局同じなのでは……?
遺跡を調べている理由がラピスやスティアに関係している以上、ほとんど話せないことは分かっているはずだ。なのに、ソフィーさんは何のつもりで……。
『ああ、一応補足じゃが、全部話さなくてもよい。あやつには、お主が喋るのを拒否したら、素直に引き下がれと言っておるしな』
なるほど。今回はそこが違うのか。それなら――。
『ま、話せない場合は、他の同行者を探すらしいがの』
「な……」
そう、来たか。資料を探す前ならいざ知らず、今の最有力候補が現地調査である以上、この機会を失うのはまずい。
どうするべきだ。シロネ以外の遺跡調査に同行するとしても、総局側の調査に加わることになる。そうなれば、彼女以上に、警戒しないといけない。
今の俺たちにとっては、会う以外の選択肢がない……。
ニクスは深く息を吐いた。
「……分かりました。そちらに向かいます」
『うむ。待っておるぞ』
影鳥から声が途切れた。
ニクスはスティアとラピスのほうへ振り返る。
スティアはうつむいたまま、膝の上で拳を握っており、その向かい側でラピスがこちらを見上げていた。
「お兄、本当に行くの……?」
「ああ、行くしかないようだ。どう、話せばいいか、分からないが……ここで、待っててくれるか」
ラピスは瞳を揺らしながら、小さくうなずいた。
ニクスはそのまま応接室の扉へ歩みを進める。すると、腕を後ろから引かれた。
振り向くと、スティアが腕をつかんでいた。
「待って、ニクス」
「スティア……?」
「私も一緒に行くよ」
「いや、だが……」
スティアはいつもの柔らかさを消した瞳で、まっすぐこちらを見据えていた。その視線から簡単に引き下がらないことだけは伝わってくる。
ふと、あの夜にスティアが言った言葉を思い出す。
――私も関係している話かもしれないんだし、もっと頼ってくれたらなって……。
彼女が来て、何が変わるかは、分からない。
だが、ニクスは思わずうなずいていた。
スティアは微笑んだあと、ちらっとラピスのほうへ振り返る。
「私に任せて」
その言葉にラピスは視線を
「分かった。行こう」
スティアは改めてうなずき、二人は屋敷を出た。
二人はソフィーとシロネが待つ森の奥へたどり着いた。
ソフィーがスティアに視線を向ける。
「ほう。お主も来たのじゃな」
「はい」
シロネはスティアを一瞥すると、口火を切った。
「まずはここまでしてしまったこと、謝罪させてほしい。正直なところ、出過ぎた真似をしすぎた。ごめん」
「いや、それは……大丈夫だ」
「ありがとう。それに、わざわざ出てきてくれたんだ。追ってきた理由、それを話すよ」
シロネは、ニクスとスティアが気にかかること。そして、それがまるで何者かの意思に引っ張られているように感じていると話した。
ニクスは考えるように呟いた。
「何かの意思に引っ張られるように……」
あのとき、スティアが反応していたことから考えると、明らかに偶然じゃない。これがスティアや旧文明に関係している可能性があるなら、シロネと遺跡へ向かう価値はさらに高くなる。
「さて、ボクからの話は以上だよ。ニクス君の番かな」
自ら理由を言ってくるとは思ってなかった。それを考えても、こちらが答えないわけにはいかない……。
遺跡を調査しているのは、旧文明がきっかけだ。なら、旧文明の件を伝えるのはどうだ?
いや、結局旧文明の調査をしている理由を聞かれる可能性が高い。旧文明の調査をしていることを伝えるのは、質問自体の回答にはなっていない。
どう答えるのが、正解なんだ。ラピスのこともスティアのことにも触れず、シロネが求めている答え……。
ニクスが答えに窮していると、スティアが前に出た。その背中を視線で追う。
「スティア……?」
彼女は、そのままシロネと正面から対峙した。
「調査をしてたのは、私のためなんです」
スティアの言葉を聞いた瞬間、ニクスの全神経が張り詰めた。
シロネが首をかしげる。その動作がひどくゆっくりに見えた。
何を言おうとしているのか、その先の可能性が頭をよぎる。
……おい。まさか!
「スティア! まっ――」
ニクスが止めるよりも早く、スティアが口を開いた。
「私の中には
シロネの目が大きく見開かれた。彼女は一瞬にして、腰をかがめる。
気づいたときには、鞘から魔装刀が抜き放たれていた。黒鉄色の
その刃が――。
スティアの首筋へと向かった。