ニクスとスティアは屋敷の裏に来ていた。ここに来るまで、二人は一言も交わしていなかった。
スティアはためらうように口を開く。
「あの、それで話って……」
ニクスはスティアへ振り返ると、軽く息を吐いた。
「さっきのはどういうつもりだ?」
スティアは目を瞬かせ、軽く首をかしげる。
「
「……私が考えてたこと分かってくれてると思ったんだけど」
「魔核のことを伝えれば、シロネの目は君に向く。さっき、ラピスに"私に任せて"と言ったのもそういうことなんだろ?」
「やっぱり、分かってる……。なら、なんで――」
「さっきのシロネの態度は見ただろ。あまりにも迂闊すぎだ。下手したら、首が飛んでたかもしれないんだぞ!」
スティアは視線を逸らした。
「それは……でも避けられたし……」
「結果論に過ぎないだろ」
その返答にスティアは眉尻をあげた。
「なら、どうするつもりだったの? ニクスもどう答えるか迷ってたよね。それに……もし、私みたいに魔核を持ってたとして、私と同じことをしたんじゃないの?」
その言葉が胸に刺さり、思わず息をのむ。
あの場で、答えに窮していたのは、確かだ。今までの経緯も含めて、致命的な部分を隠しながら、シロネを納得させるのは一筋縄ではいかなかっただろう。
それを考えると、ラピスのことを隠すために魔核のことを口にした可能性は高い。
ただ、あまりにも急ぎすぎだ。
「……俺は迂闊だと言ってるんだ。相談もなしにいきなりぶつけて」
「相談もなしに言ったのは、ごめんなさい。でも、私のことだから、自分で決めていいと思ったの。それに、ニクスに言ったら絶対に止めたよね。私がそのまま伝えて、素直に認めてくれたの?」
スティアの言う通り、確かに認めなかっただろう。だが――。
「それを口にしなくてもすむ方法があったかもしれないんだ。医院で魔核のことを告げられたときにも思ったが、君は自分に無頓着すぎる!」
スティアは眉根を寄せた。
「それ、ニクスが言うんだ。そのまま返すんだけど、ニクスも自分のこと無頓着だよ。自分だけ抱え込めばいいと思ってない? さっき、シロネさんに答えようとしたときも、ラピスに言わずに決めようとしてたよね」
「依頼をされたのは、俺だ。回答自体はあの場でしてよかっただろ」
「……そういうことじゃないんだけど。ラピスがどう思うかを考えてないって言ってるの」
「どういう意味だ……?」
スティアの目尻が吊り上がった。
「本当に何も分かってないんだね! それとも分かってないふり!?」
スティアの剣幕にニクスは一歩下がる。
「……怒鳴ってごめんなさい。でも、ラピスの気持ちも考えてあげて」
「俺はラピスのことをないがしろにしてるつもりはない。ラピスのことを考えて――」
「本当にそう思ってるの……?」
スティアは深くため息を吐き、
「もういい。今のニクスに言っても伝わらないと思うから」
「何だよ、それ」
スティアはそれに答えず、少し間をおいて口にした。
「色々言っちゃって、ごめんなさい。屋敷に戻ろ」
スティアはそのまま屋敷のほうへ向かった。その背中を眺めながら、ニクスは傍にあった木に拳をぶつけた。
「くそっ……」
家族を守ろうとして、何が悪いんだ……。
ふと、拳を見ると、爪がわずかに食い込んでいた。
ニクスは頭を振ると、そのまま屋敷へ向かった。
二人は応接室へ入った。
応接室内で、ソフィーは奥の席に座り、その傍らにはクラウスが控えている。ラピスはソファーに座り、シロネは壁際にもたれていた。
ラピスがぱっと顔をあげ、不安そうにこちらを見つめてきた。
ニクスはラピスに近づくと、口を開いた。
「ラピス、外であったこと、どこまで聞いてる?」
「ソフィーさんから――」
ラピスの視線がスティアに向かう。
「その人が自分の魔核のことを喋ったって……」
ニクスはその言葉にうなずき、シロネへ向く。
「さっき、確認できなかったことを聞きたいんだが、いいか?」
シロネは続きを促すように、片手を差し出した。
その反応にニクスは一度うなずき、口を開いた。
「スティアの魔核の件、総局に喋るつもりはあるのか?」
もう知られてしまった後だが、
シロネは黙考するように一度目を閉じた。やがて、軽く息を吐くと、壁から体を離した。
「依頼とは関係ないことだし、喋る理由はないかな。ボクは総局所属でもないしね。……その秘密、胸の内に秘めておくよ」
俺を遺跡調査へ連れていくことにこだわっていたようにも見えたから、それと照らし合わせて判断したのだろうか。彼女の胸の内は分からないが、この場でそう口にしたのなら、信用してもいいのか……?
ニクスはソフィーをちらっと見る。
「ま、状況によりけりじゃが、わしから見ても嘘をついているようには見えんの」
「そうですか、分かりました。なら、シロネ、お前を信じるよ」
「それは、よかった。……なら、次は依頼の件、回答をもらえるのかな?」
依頼の件、か。彼女の前で家族に相談するといった以上、この場で話し合う必要があるだろう。
それに――。
ニクスは先ほどのスティアの言葉を思い出す。
――ラピスがどう思うかを考えてないって言ってるの。
……だが、俺は。
ニクスはラピスへ視線を向けた。
「ラピス、俺はシロネからの依頼を受けようと思う。その間、ラピスは――」
ラピスはニクスの言葉を遮るように口を開く。
「行く」
「ラピス……?」
「わたしも一緒に行く」
「は……? 何を言ってるんだ? 今までとはわけが違うんだぞ。危険地帯に連れて行けるわけがないだろ」
「それは、わかってる」
「なら……」
「分かってるけど、でも――」
ラピスは膝の上で両手を強く握りしめ、懇願するような瞳をぶつけてきた。
「邪魔しない……。できることなら何でもするから!」
父親の言葉が、ニクスの脳裏をよぎる。
――ラピスを頼んだぞ、ニクス。
ニクスは首を振った。
「駄目だ。お前を連れて行くわけにはいかない」
「お兄!」
ニクスはラピスに構わず、ソフィーに視線を向ける。
「ソフィーさん」
「ふむ?」
「俺がいない間、ラピスをお願いできますか」
「お兄!!」
ラピスは勢いよく立ち上がった。
「ただ、黙って待っとけっていうの!?」
「……さっきも言ったはずだ。今までとはわけが違うと。連れて行って、お前が死んだらどうするんだ!」
「待って、ニクス! それ以上は――」
スティアが言い切る前に、ラピスが小さく声を漏らす。
「そうやっていつも……」
ラピスの声が一層大きくなった。
「いつもいつもいつも、そう! わたしの気持ちを分かってくれない! わたしの問題なんだよ!? わたしも行く!!」
ニクスは奥歯を嚙み締めた。
「お前が来て、何が変わるんだ!!」
口にしてから、気づいた。今、自分が何を言ったのかを。
「ちがっ! 今のは……!」
ラピスは言葉を失ったように瞳を揺らした。彼女の目から、次第に涙がこぼれ、顔をくしゃっと歪ませる。
「お兄なんてもう知らない!! 勝手にすれば!?」
ラピスは扉へ向かうと、勢いよくあけ放ち、出ていった。
「ラピス!」
ニクスは伸ばしかけた手を力なく下ろす。そのまま、崩れるようにソファーに座り、うなだれた。
***
スティアはうなだれているニクスを見つめた。
なんて、声をかければいいのだろう……。
ソフィーはちらっとクラウスへ視線を向け、言う。
「クラウス」
「『はっ』」
そう返したクラウスは霞むように応接室から消えた。
応接室内に重苦しい沈黙が訪れる。
ほどなくして、スティアがシロネへ声をかけた。
「あの、シロネさん。やっぱり、遺跡調査って危ないのでしょうか」
「ん? ん~、道中魔物が出ないとも限らないからね。まぁ、危ないと言えば危ないかな。ただ、今回のはあくまで調査だから、戦闘は必須じゃないけど……」
戦闘が必須でないなら、ラピスも同行できるかもしれない。そうなると、まず考えるべきことは、安全を確保することなのかな。それなら、ニクスも安心できそうだけど……とりあえず、聞いてみよう。
「ソフィーさん、何とか……なりませんか」
「ふむ。何とか、とは?」
「えっと、ラピスが安全に同行する方法、とかでしょうか」
「ふ~む」
ソフィーは顎に指を添える。
「ないこともないが……。お主はどうなんじゃ? シロネ」
「ボク?」
「そもそも、お主が連れて行くんじゃから、同行の是非を確認するのはあたりまえじゃろ」
「いや、ボクのことそっちのけで、言い争ってたと思うけど。ん~、そうだなぁ」
シロネは視線を
「足手まといという点なら、いない方がましではあるね」
この人は……!
スティアはシロネを睨みつけた。シロネは肩をわずかに落とす。
「あまり睨まないでほしいんだけどね」
「いや、お主、今のはどう見てもわざとじゃろ……」
シロネはため息をついた。
「……人の話は最後まで聞くもんだけどね。それで、ボクの意見だけど、当人がついてきたいというなら断りはしないよ」
「ほう。依頼が失敗したら、お主の評判が落ちるやもしれぬのにか?」
「そもそも、今回の依頼はお父さんからなんだけど……それを抜きにしても、別に気にしなくていいよ。それこそ、そこを気にするべきはボクであって、彼女じゃない。評判が落ちたなら、また上げればいいことだしね」
スティアはわずかに表情を緩めた。
「それなら……」
「ふむ。こっちの
ソフィーがニクスへ視線を向けた。
「そこで落ち込んでいる奴を説得せねばならんの」
スティアとシロネもニクスへ視線を向ける。
未だニクスは黙ったまま。ただ、彼が握り込んでいる拳が、わずかに震えている。
説得……。
今のニクスに何を言えばいいのだろう。さっきみたいに、ラピスの気持ちを考えて?
でも、それじゃあ結局同じことになる気がする。どうして、ニクスはそこまで……。
考えてみれば、私は二人のことを何も知らない。
なら――。
スティアはニクスの前で膝を折り、彼の手を両手で包んだ。ニクスはわずかに顔をあげる。
「スティア……?」
その顔はひどく疲れているように見えた。今まで見たこともないほどに。
勝手に入ってきた自分がこれ以上踏み込んでいいのか。でも、このまま何もしないのは嫌だ。
ただ、説得するためだけじゃない。私は二人に寄り添いたいから。
「ニクス。ラピスを連れて行くのは、どうしても駄目なの……?」
「……何があるか、分からないんだ。だから……」
「うん、そうだね……。絶対に安全とは言えないと思う。でも、私、ニクスがどうしてそこまで守ろうとしているのか、知らないんだ。家族だからってだけじゃない気がするから……」
スティアは包んだ手に軽く力を込めた。
「だから、二人に何があったのか……教えてほしい。話してみたら、ラピスとも向き合えるかもしれないし」
ニクスは虚ろな目でこちらを見てきた。
「俺は……」
しばらくして、ニクスは口を震わせながら、ぽつりぽつりと語り始めた。二人の過去を。