黄金のニクスティア   作:Alfia2

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第30話 二人の過去②

 ニクスとアルノが浴場から出ると、宿内は騒然としていた。

 従業員たちが慌ただしく行き交っている。

 

「あなた! ニクス!」

 

 声がしたほうを振り向くとアーシャがラピスの手を引いて、駆け寄ってきた。

 

「二人とも大丈夫か?」

「ええ。鐘の音が聞こえたから、急いで出てきたけど、もしかして……」

 

 アルノは一度うなずくと、近くにいた従業員に話しかける。

 

「すまん。もしかして、魔物が出たのか?」

「そ、そうだ! 魔物の群れがこっちに来てるらしい!」

 

 ま、魔物の群れ!? いきなりどうして……!

 アルノは渋い顔をしている。

 

「群れ、か……」

「あんたたちも避難してもらうから、荷物をまとめてくれ!」

「……分かった」

 

 従業員が遠ざかるのを横目に、アルノは三人に振りかえる。

 

「アーシャ、言われた通りに荷物をまとめてくれるか?」

「あなたはどうするの……?」

「俺は少し外の様子を見てくる。魔装士がいるようなら、詳しい状況も聞いてくるつもりだ」

「……分かったわ。気を付けてね」

 

 アルノは出入り口のほうへ駆けて行った。その後ろ姿を眺めながら、ニクスの胸中には不安がうずまく。

 

「母さん、父さんは……」

 

 アーシャは優しくニクスの頭を撫でた。

 

「お父さんなら、大丈夫よ。見に行くだけのようだから」

「うん……」

 

 ニクスの視線がラピスのほうへ向く。彼女はアーシャの服をぎゅっとつかんでいた。その視線は、アルノが出て行ったほうを向いている。

 

「お父さん、どこ行ったの……?」

「少し外の様子を見に行っただけよ。すぐ戻ってくるわ」

 

 アーシャがそう答えると、ラピスは小さくうなずいた。しかし、服をつかんでいる彼女の手に、わずかながら力がこもったようにも見えた。

 

「さあ、二人とも、荷物を取りに行きましょう」

 

 アーシャに促され、ニクスたちは部屋へと向かった。

 

 準備を終え、一階へ降りると、すでに多くの宿泊客が集まっていた。それだけでなく、武器を背中に担いでいる魔装士が何名かいるようだ。

 その魔装士たちの中にアルノの姿があった。彼は紺色の魔装衣に袖を通しており、背中には大剣を担いでいる。

 近くの魔装士との会話を終えたのか、こちらに気づくと歩いてきた。

 アーシャがアルノに話しかける。

 

「あなた、背中のは……」

「少し汎用を借りたよ。結構数が多いようでな。これから魔物を食い止めるつもりだ」

「そう……」

「心配するな。お前らのところまで魔物を来させはしない」

 

 アーシャはすぐに答えず、軽く息を吐いたあと、口を開いた。

 

「あなた。魔装銃を借りられるかしら」

 

 え……母さんまで戦うつもりなのか?

 

「お前、それは……」

「魔装士の人たちがついててくれるにしても、確実とは言えないと思うわ。だから、何かあった時に必要だと思うの」

 

 ニクスは浴場でのアルノの言葉を思い出す。

 

 ――己の選択で武器を取り、己の意思で振るう。

 

 思わず、手を握りしめていた。

 

「ブランクがあるだろ……。それに、お前が現役だったとき、まだ汎用はなかったはずだ。それでもか?」

 

 アーシャはしっかりとうなずいた。

 それを見て、アルノは軽く息を吐くと、近くにいた魔装士へ話しかけた。

 

「少しいいか?」

「はい、なんでしょうか」

「汎用の魔装銃を少し借りたい」

「それは構いませんが……副隊長が使われるのでしょうか」

「いや、俺じゃない」

 

 アルノはアーシャへ視線を向けた。魔装士は驚いたように目を見開く。

 

「彼女が使うのですか……?」

 

 アーシャが答えた。

 

「私は元魔装士です。現役だったのは、十年以上前ですが」

「なるほど。十年以上も前……。でしたら、現在の汎用器には慣れてないのでは?」

「ああ、そうだ。なるべく、扱いやすいものを頼めるか?」

「分かりました。ちなみにですが、魔装銃だけでよいのでしょうか?」

 

 アーシャは考え込むようなしぐさをしたあと、口を開いた。

 

「できれば、属性魔石の欠片も用意してもらえますか。属性は……闇と光を」

「……分かりました。用意します。少しだけお待ちください」

 

 魔装士はそう答えると、離れていった。ほどなくして、魔装士は小さな袋と魔装銃を手に戻ってきた。

 アーシャはそれを受け取ると、銃の状態を確かめるように眺める。

 

「アーシャ。ニクスとラピスを頼んだ。気を付けてな」

「ええ。あなたも」

 

 アルノはうなずくと、ニクスたちへ視線を向けた。

 

「父さん、本当に行くの……?」

 

 ニクスのその言葉にアルノは微笑む。そして、ニクスとラピスの前でしゃがみ込み、二人を優しく抱きしめた。

 

「ああ、ちょっと行ってくる。でも、心配するな。必ず帰ってくる。お前たちも気をつけるんだぞ」

 

 アルノはアーシャへ目配せし、互いにうなずく。そして、アルノは魔装士たちのほうへ向かった。

 アーシャはそれを見届けると、ニクスとラピスを連れ、宿泊客が集まる場所へと向かった。

 

 しばらくすると、魔装士の一人が宿泊客へ向けて声を張り上げた。

 

「これから避難を開始します! 人数が多いため、二つの組に分かれて移動していただきます!」

 

 魔装士たちの指示に従い、宿泊客は二つの組に分けられる。ニクスたちも、そのうちの一組に加わり、説明を受けた。

 避難先はひとまず街道。ただし、魔物の群れが街道方面からも来ているため、直接向かうのではなく、森を通って迂回し、街道を目指すという話だった。また、すでに本局にも連絡しており、各支局から応援の魔装士がこちらへ向かっているらしい。

 

「あの、母さん、魔装士の人たちがこっちに向かってるなら、ここにいたほうがいいんじゃ……」

「……さっき聞いた話だけど、魔物の数が多すぎて、ここが襲われない保証はないそうよ。だから、援軍が来るのを待たずに避難しようということみたいね」

「そっか……」

 

 ほどなくして、魔装士の号令で避難が始まった。一組に五名の魔装士が護衛としてついている。

 宿の裏手から、二組が別方向へ進み、森の中へと入っていった。

 

 しばらく森の中を進んでいたが、周囲には妙な静けさが漂っていた。

 先頭を歩いていた魔装士が、不意に足を止める。

 

「……止まってください」

 

 その声に列の動きが止まった。魔装士は前方を注視しているようだ。列の横についていた魔装士が先頭の魔装士に並ぶ。

 

「どうした?」

「何か、おかしくないか。肌がぴりつくような」

「魔素上昇か?」

「いや……それにしては早すぎる……」

 

 アーシャがラピスへ顔を向けた。

 

「ラピス、お兄ちゃんにつかまっておいて」

「え、うん……」

 

 ラピスはニクスの横に移動すると、彼の左腕を抱きしめた。

 そのとき、ニクスの背中がざわついた。

 

「後ろ……!」

 

 ニクスの言葉と同時に、後方の茂みから突如、鋭利なものが飛んできた。しんがりの魔装士が、それを槍ではじき返す。

 

「魔物か!? 陣形を整えろ!」

 

 魔装士たちはあたりを警戒するように陣形を整え始める。しかし、そこへ――。

 何かが横なぎに駆け抜けた。視線の先では、茂みがわずかに揺れている。

 しんがりの魔装士は立ったままだ。

 

 何か……何かがおかしい。

 

 揺れる茂みと一緒に、わずかに頭部の上半分がずれ始めていく。そのまま、滑り落ちて、地面に転がった。

 

「いやああああああぁぁぁ!!」

 

 その悲鳴を皮切りに、宿泊客たちが一斉に騒ぎ始めた。

 

「皆さん、落ち着い――」

 

 列の横についていた魔装士の腹を何かが貫いた。そのまま、崩れ落ちてしまう。

 なんなんだ! いったい何が!

 

「か、母さん……!」

 

 ニクスはアーシャの顔を見る。その顔は何かに堪えるような表情をしていた。

 

「ごめん、なさい……」

 

 アーシャはニクスとラピスへ振り返る。

 

「ニクス、ここから離れるわ……! ラピスと一緒についてきて!」

「え……でも、他の人たちは……!」

「言うことを聞いて!」

 

 アーシャの剣幕にニクスはたじろぐ。その間にも戦闘の音が鳴り響いてくる。

 ニクスが魔装士たちのほうを向くと、一人の腕が切断され、倒れ伏す。残りの魔装士は二名。

 ニクスはアーシャへ向き直った。

 

「わ、分かった……」

 

 ニクスはラピスへ視線を向ける。彼女の視線は魔装士たちのほうへ向けられており、顔が青ざめたまま、固まっている。

 

「ラピス、手をつなぐから、少し腕を離して」

「…………」

 

 ラピスはようやくニクスへ目を向けると、わずかに腕のつかむ力を緩めた。そのまま、ニクスはその手を握る。そして、三人は避難者の列を離れ、茂みへと向かった。その背後では、なおも戦闘の音が響いていた。

 

 三人は木々の合間を慎重に進んでいく。すでに戦闘音は聞こえなくなっていた。少しすると、開けた場所に出た。座れそうな切り株がある。

 

「二人とも少しだけ休みま――」

 

 何かが茂みを突き破り、三人の真横へ落ちてきた。鈍い音が響き渡る。

 ニクスが目を向けると、そこには一人の魔装士が倒れていた。頭部がなく、その体はぴくりとも動かない。

 

「……え?」

 

 アーシャはニクスとラピスをかばうように前へ出た。

 茂みが揺れ、何者かが姿を現す。一見すると、茶色の髪をした長身の男。その顔には血にまみれた仮面がつけられていた。

 暗がりから徐々に現れ、全身が露わになったところで、ニクスは呆けた声を漏らす。

 

「え……」

 

 その者の背中からは――。

 

 黒(・)褐(・)色(・)の(・)翼(・)が(・)生(・)え(・)て(・)い(・)た(・)。

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