黄金のニクスティア   作:Alfia2

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第31話 二人の過去③

 ニクスは顔を引きつらせながら、目の前の男へ視線を向けた。

 一番、目を引くのは、背中から生えている黒褐色の翼。

 これが魔物、なのか……? でも、どうして人の体なんか……。

 ニクスは空いている手で、ラピスの目をふさいだ。

 

「お、お兄、ちゃん……?」

「見ちゃだめだ……」

 

 もうラピスの目には入ってしまっただろう。だが、ニクスは自然とそうしていた。

 アーシャがちらりとこちらへ視線を送ったあと、すぐさま男へと視線を戻した。

 

「ニクス。ラピスと一緒に少しずつ後ろに下がって」

「……わ、分かった。ラピス、下向いておいて」

 

 ニクスはそう言い、ラピスの目から手を下ろす。彼女はニクスの腕を強く抱きしめながら、わずかに下を向いた。

 ニクスはアーシャに言われた通り、ラピスを伴って後ろに下がる。その間、目の前の男は何も言わず、動きもない。

 

 ニクスたちが十分に下がったあと、仮面の男に変化が現れた。右腕を上げ、それに伴って右翼が持ち上がり、先端が正面へ向く。まるで、武器として扱うかのよう。

 もしかして、先ほど魔装士(まそうし)の人たちを斬ったのは、あの翼なのか……?

 アーシャは魔装銃を両手で構え、軽く息を吐いたあと、言魔を発した。

 

「『起動(アクト)』」

 

 アーシャの手の甲に青白い円形の模様が出現。魔装銃の銃身に青白い光が走った。

 その間隙に仮面の男が動いた。刃のように鋭い翼の先端が、アーシャに襲い掛かった。

 アーシャは体を横に倒して避けながら、魔弾を発射。空気を切る音が周りへ反響する。

 翼が仮面の男を包むと同時に、魔弾が着弾する。盾となった翼には、傷一つついていなかった。

 に、逃げたほうがいいんじゃ……!

 

「くっ……」

 

 アーシャは腰に着けていた小さな袋に手を入れると、闇色の欠片を取り出す。それを仮面の男の足元へ放り投げると、欠片へ向かって魔弾を撃ち込んだ。

 着弾と同時に、アーシャは言魔を唱える。

 

「『取り囲め!』」

 

 欠片から影が噴出し、仮面の男を取り囲んだ。

 アーシャはニクスたちのほうへ振り返り、大声を張り上げた。

 

「ニクス! そのまま――」

 

 言い終わるよりも前に、突如空気が裂けた。アーシャが仮面の男のほうへ振り返る。彼を取り囲んでいた影が真っ二つに割れ、消失していた。

 アーシャは右手に握っていた魔装銃を咄嗟に仮面の男へ向ける。彼女が引き金を引くより早く、黒褐色の翼が一瞬ぶれた。

 ニクスの口から、かすれた声が漏れる。

 

「え……?」

 

 何かがアーシャの体から離れ、宙を舞っていた。それは地面に叩きつけられ、鈍い音を立てて転がった。直後、足元から金属音が響く。

 ニクスが視線を落とすと、先ほどまでアーシャが握っていた魔装銃が落ちていた。

 ゆっくりと鈍い音がしたほうへ視線を向ける。そこには見覚えのある腕が一本転がっていた。

 

「ああああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 アーシャの悲痛な叫び声が響き渡る。

 

「お、お母さん!?」

「顔を上げちゃだめだ……!」

 

 ニクスはラピスが見ないよう、自身の後ろへ隠した。アーシャのほうを見ると、彼女は右腕の断面を押さえ、うずくまっていた。

 斬られた、のか……? 母さんの腕が……!

 仮面の男はアーシャに近寄り、彼女の首に手をやり、持ち上げた。

 アーシャの口から空気が漏れ、意識も混濁しているように見えた。だらりと下がった左手がわずかに持ち上がり、腰の小袋へ添えられた。彼女の目がニクスたちのほうへちらりと向き、唇が動く。

 ……下を向いて?

 ニクスは咄嗟に後方のラピスの頭を抱え、地面に伏せた。

 

「お兄ちゃん!?」

 

 直後、乾いた破裂音が響く。

 ニクスの視界の端で地面が突如として、真っ白に塗りつぶされた。

 あまりの眩しさに、ニクスはかたく目を閉じる。ほどなくして、ニクスは顔を上げ、身を起こした。状況は依然として変わっていない。仮面の男に変化はなさそうだった。

 アーシャの顔が蒼白に染まっている。

 このままだと、本当に母さんが殺されてしまう!

 ニクスは足元の魔装銃を引っ掴むと、震える両手で仮面の男へ向けた。

 

「か、母さんを離せ!!」

 

 アーシャは口をわずかに動かす。

 

「だ……め……」

 

 仮面の男は軽く首を動かし、ちらりとニクスを見た。男はそのまま微動だにしない。

 ニクスは魔装銃を握る手に力を込め、叫ぶ。

 

「離せよ!!」

 

 ニクスの言葉に呼応するかのように、周囲に黄(・)金(・)の(・)魔(・)力(・)がかすかに現れた。

 仮面の男の目がわずかに見開かれる。

 ニクスは魔装銃の引き金を引いた。放たれた魔弾が仮面の男へと迫る。しかし、割って入った黒褐色の翼に、あっさりと防がれてしまった。

 仮面の奥からくぐもった声が聞こえる。

 

「ナル、ホド、ソウイウコトカ」

 

 ニクスは呆然としたまま、仮面の男を見つめる。

 喋った……?

 

「イイダロウ。ナラ――」

 

 黒褐色の翼が持ち上がり、アーシャの体が貫かれた。

 

「か――は――」

「母さん!!」

 

 そのまま、アーシャの体が投げ放たれ、ニクスたちの近くへ落ちる。

 嘘、だろ……?

 ラピスが「お母さん!!」と叫びながら、弾かれたようにニクスの背中から飛び出した。彼女はアーシャの体に駆け寄り、泣きじゃくりながら、何度も呼びかけている。

 ニクスは口元を引きつらせた。

 夢、だよな……。夢に、決まってる……。

 

「ショウ、ネン」

 

 ニクスは焦点の定まらない目で仮面の男を見た。

 

「キタイシテイルゾ」

「は……?」

 

 その瞬間、ニクスの全身に肌が粟立つ感覚が駆け巡った。

 倒れているアーシャの周囲に黄金の魔力が吹き荒れた。その中心で、アーシャの体が大きく跳ね上がった。

 

「あが、あぁがぁぁぁああああ!」

「お、お母さん!?」

 

 ラピスは慌てて立ち上がり、アーシャの体から離れる。

 

「ラピス!!」

 

 ニクスは咄嗟に体を動かすと、ラピスの腕をとって、勢いよく引っ張った。二人はもつれるように体勢を崩す。

 ニクスが視線をアーシャに向け直すと、その異(・)変(・)は始まった。

 

 アーシャの斬られた右腕の断面から、いびつな形の腕が急速に再生していく。続いて、背中から勢いよく何かが突き出た。それは人の腕によく似ていた。

 あまりのおぞましさに、ニクスは目の前の人物が、母親であることを一瞬忘れてしまう。アーシャはゆっくりと首を動かし、こちらへ振り返った――。

 

 彼女の左目は三つに分裂していた。

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