「イッタァ・・・」
私は悲鳴を上げながら、崖から落ちた。
麓のはずなのだが、ちょっと高いところがあったらしい。そこに運悪く当たっていて、そこから落ちた、というわけだ。
しかも、途中に段差みたいなところがあったから、途中で止まっているし、たくさんの木の中を落ちたから、顔や腕や足には傷だらけ。
最も最悪なのは、太ももを深く切ってしまったことだ。とりあえず持っていたハンカチと、かばんに巻いていたスカーフを巻き、止血はしたが、止まる気配はない。
かなり痛いし、このままじゃやばいと思う。しかも、助けを呼ぼうにも人気はない。いる場所も、崖の上からも崖の下からも、届かない距離。
いつもなら崖を登れるけど、今は怪我をしていて少しの距離も動けそうにない。
「・・・どうしよう、このままじゃ―――」
―――1人で、ずっとここにいる羽目になる。そんな、最悪な考えが頭に浮かんだ。あぁ、なんであのとき、お兄さんに助けに来てもらわなかったんだろう・・・。
今は、家族団欒の時間だろう。お兄さんだって、芽さんや有美ちゃんと遊びたいだろうし、円堂さんだって夏未さんとの夫婦の時間がある。
ほかのメンバーだってそうだし、サッカー部員だってまだ中学生。もう9時くらいなんだから、親があまり外に出させたがらないだろう。
料理長や副料理長だって、家族の時間がある。ほかのメイドや執事たちだって・・・。
しかも、崖の上や下なら電波があるのに、此処は電波がない。だから、電話もメールも不可。
「・・・なんとかなりそうにないよ・・・」
目の前が涙で滲んできた時だった。
「楓ッ!山吹楓ッ!」
私を呼ぶ声が、遠くからした・・・気がした。出血が多く、意識がもうろうとしてきた。もしかしたら、これこそ幻聴なのかもしれない。
瞼が重くなってくる。周りが、赤く染まってくる。
「楓、かえッ、かえ、でッ―――!」
だんだんその声は、近くなっているような気がする。でも、此処の存在は分からないだろう。私は、此処で最悪な結末を迎えるのだ。それでも、少しの希望にかけたかった。
「此処ですっ!」
出来るだけ大きな声を出し、私は上を向いた。そこで見えたのは、幻覚でもない。そこで聞こえたのは、幻聴でもない。―――安心する、幼馴染の顔と声。
「楓ッ!大丈夫か!?」
まだ汗をかくような季節じゃないのに、汗だくの彼―――京介。私を見つけると、安心したように微笑んだ。私も安心してしまった。でも、此処から私を助けることは―――出来ない。
「きょう・・・すけ・・・」
大粒の涙が、ボロボロあふれてくる。顔にできた傷に涙がしみる。それでも、今は泣きやめそうになかった。
「来て・・・くれて・・・ありがと・・・でも・・・もう・・・無理・・・じゃ・・・ここ・・・崖だし・・・」
息も途絶え途絶え、京介に訴える。すると京介は、肩から何かを取る。ロープのようなものだ。この時の私には、これを何に使うのかが理解できなかった。
いつもの私なら、ちゃんと止められただろうに・・・。
「今助けるッ!」
そういうと、京介はロープを近くの木に巻きつけ、私のいるところまで降りてきた。だんだん近づいてくる京介を見ながら、私は恐ろしくなった。―――京介まで、此処にいる羽目になっちゃう・・・。
止めたいのに、声が出てこない。頭ではわかってるのに、京介が来てほしいと思ってしまう自分がいる。迷惑だってわかってるのに、とめられない・・・。
ストンッ、と音を立て、京介は着地した。その様子を、ぼんやり眺めていた。
「楓、しっかりしろっ!もう大丈夫だからな!」
いつものクールな京介はいない。私なんかのために、必死になってくれる京介。嬉しすぎて、ありがたすぎて、言葉が出てこない。
でも、彼を巻き添えにするわけにはいかない。今は自分の身より、京介の身を案じたい。
「私はいい・・・だから・・・貴方だけでも・・・」
力を振り絞って言う。京介は、はぁ?と言った。
「何言ってんだよ。俺たちはいっしょに帰る。お前は、ちゃんと病院に行く。1人になんかさせない。お前は、前、俺が熱出したときに助けてくれたからな。今度は・・・俺が、お前のことを助ける番だ」
いつもの笑顔。この笑顔を見た瞬間、全身の力が抜けた。意識も、かろうじてあるような状態だろう。
此処から、どうしよう・・・。
ヒョイ、そんな効果音が出てきそう。そんな簡単に、京介は私のことを、おんぶし始めた。
私は重いし、京介の負担になってしまったらどうしよう・・・。そう思うのに、やっぱり声が出ない。
そんな私の心をよんだかのように、京介は言った。
「お前は軽いからな、俺の負担にも何もならない。・・・行くぞ」
そういうと、私は京介の首に回す手を、ちょっとだけ力強く握った。もう、絶対に離さない。京介の気持ち、無駄にしたくない。
京介は、ロープを手の力だけで上る。すごいな、京介・・・。―――なんだか、すごく京介がカッコよく見えた。
「ッハァハァ・・・大丈夫か?」
肩で息をしながら、京介は私の身を案じる。もう、何てお人よし。なんて、優しい。
「京介・・・は・・・?」
よほど私の顔が、心配そうだったのだろう。京介は、ふっと微笑むと、私をお姫様だっこして、走り出した。肩には、私のバックとスカーフとハンカチ、もう片方にはロープがかかっている。そして、両手には私―――。
「病院、連れて行ってやるからな?」
私は、コクンとうなずき、そのまま眠りに落ちた。
病院に着くころ、私は目覚めた。ナイスタイミング。
「お、起きたな」
そうほほ笑んだ京介。私も、ほほ笑んでうなずいた。
病院内は、夜だからか少し静かだった。
「どうぞ・・・って、京介君じゃない!腕にいるのは・・・楓ちゃん!?」
病院に入ってすぐ、看護師の冬花さんと会った。私を見るなり、冬花さんはすぐに先生のところへと連れて行ってくれた。
先生は、私の体じゅうの傷を手当てして、太ももの傷を縫った。7針縫うけがだった。しばらくは、サッカーもできそうにない。そう不満を漏らすと、先生は復活は早そうだと笑った。
京介は、ずっと待合室にいた。私がぎこちなく歩いて行くと、すぐに私の近くへ来て、肩を貸してくれた。
「ありがと」
その言葉しか言えない。もっといいたいけど、今はそれしか言えない。また、目の前がにじんできた。京介は、私の頭をなでた。
「・・・鬼道さんと電話していた時の楓の声、震えていたんだ。鬼道さんは分かったのかどうか知らないが、俺には分かった。だから、助けようと思って、近くに工具店があるだろ?そこでロープを買って、楓を探しに来たんだ。今なら、心から言える。気がついて、本当によかった・・・ってな」
あぁ、私の幼馴染は、何て優しいのでしょう。
ありがとう、京介・・・。