第3章 雨の日の相合傘
その日の午後、空は朝から曇っていた。予報通りなら、もうすぐ雨が降る。
昼休みの中庭。
エイシンフラッシュはいつものベンチへ向かった。
だがそこには誰もいない。
エイシンフラッシュ
「……」
少しだけ周囲を見る。
当然だ。約束などしていないのだから、来ない日があっても何もおかしくない。
そう考えていると。
「うわっ!」
遠くから聞き慣れた声がして振り向くと、そこにいたのはあなただった。
あなた
「あー、間に合わなかった……!」
エイシンフラッシュ
「?」
あなたはこっちに向かって全力で走っている。
だが、その手にはこの天気であれば本来なければならない物が握られてなかった。
エイシンフラッシュ
「まさか」
ポツ。雨粒が落ちる。
ポツ。ポツ。
そして、ザァァァァァ……
と一気に降り始めた。
あなた
「あーーー!!」
エイシンフラッシュ
「……」
あなた
「終わった」
エイシンフラッシュ
「傘は?」
あなた
「忘れた」
エイシンフラッシュ
「予報は確認しましたか?」
あなた
「もちろん見た」
エイシンフラッシュ
「ならなぜですか」
あなた
「忘れた」
数秒ほど彼女は頭を抱える
エイシンフラッシュ
「理解不能です」
あなた
「自分でもそう思う」
あなたは、完全に濡れていた。
エイシンフラッシュは小さくため息をつく。
そして、傘を少し傾けた。
エイシンフラッシュ
「もしよろしければ、どうぞこちらへ」
あなた
「え?」
エイシンフラッシュ
「このままでは風邪を引いてしまいます」
あなた
「いいの?」
エイシンフラッシュ
「放置した場合のリスクの方が高いからです」
あなた
「言い方」
それでも少し嬉しかった。
二人は同じ傘の下へ入るが、思った以上に近い。
あなた
「相合傘だ」
エイシンフラッシュ
「違います」
あなた
「即否定」
エイシンフラッシュ
「合理的な雨天対策です」
あなた
「なるほど」
あなた
「じゃあ合理的相合傘だ」
エイシンフラッシュ
「その単語は存在しません」
あなた
「今作った」
彼女は呆れたような顔をする。
だが、少しだけ笑っていた。
廊下へ向かう。雨音が強い。
あなた
「フラッシュってさ」
エイシンフラッシュ
「何でしょう」
あなた
「いつもちゃんとしてるよな」
エイシンフラッシュ
「そうでしょうか」
あなた
「そうだよ」
エイシンフラッシュ
「普通です」
あなた
「いや、普通じゃないだろ」
あなた
「傘忘れないし」
エイシンフラッシュ
「当然です」
あなた
「宿題忘れなさそう」
エイシンフラッシュ
「忘れません」
あなた
「テストの点も高そう」
エイシンフラッシュ
「努力はしています」
あなた
「すごいな」
すると彼女は少し考えた。
エイシンフラッシュ
「ですが」
あなた
「うん?」
エイシンフラッシュ
「あなたにも長所はあります」
あなた
「マジ?」
エイシンフラッシュ
「はい」
あなた
「聞こうじゃないか」
数秒考え込んだ後、彼女は答える
エイシンフラッシュ
「気軽です」
あなた
「それ長所?」
エイシンフラッシュ
「話しやすいという意味です」
あなた
「おお」
エイシンフラッシュ
「あと」
あなた
「あと?」
彼女は少しだけ言葉を選んだ。
エイシンフラッシュ
「他人を緊張させません」
あなた
「俺にそんな能力ある?」
エイシンフラッシュ
「あります」
彼女は自信を持って答える
あなた
「初めて言われた」
エイシンフラッシュ
「そうですか」
少しだけ彼女の表情が柔らかくなる。
エイシンフラッシュ
「実際に私は助かっています」
彼女は小声で何か呟く
あなた
「え?」
エイシンフラッシュ
「……いえ何でもありません」
彼女は前を見る。
あなたは気付かなかった。
最初の頃、彼女はあなたと話すたびに緊張していたことを。
何を話せばいいのか。どう返せばいいのか。
データにはなく、正解もない。
そういう会話が苦手だったことを。
だが、今は違う。
あなたが来ると少し安心する。
会話が始まり、笑うこともある。
それが少しだけ心地よくなっていた。
雨はまだ降り続いていた。
昇降口に着く。
あなた
「ありがとな」
エイシンフラッシュ
「?」
あなた
「傘」
エイシンフラッシュ
「問題ありません」
あなた
「正直助かった」
彼女は小さく頷く。
エイシンフラッシュ
「次回は忘れないでください」
あなた
「努力する」
エイシンフラッシュ
「信用度三十パーセントです」
あなた
「低っ」
あなたの返答を聞いた彼女は、久しぶりに少し声を出して笑った。
ほんの短い笑い声だったが、完璧そうに見える彼女が年相応の少女のように笑うところを、あなたは初めて目にする
そしてその日の夜、自室で勉強していたエイシンフラッシュは、ふと手を止めた。
脳裏に浮かんだのは、雨の音でも、相合傘でもなく、あなたが言った一言だった。
『話してみると普通なのに』
『安心した』
『助かった』
エイシンフラッシュ
「……」
少しだけ胸の奥が温かくなるが、その理由は分からない。
分析しようとしても、うまく言語化できない。
エイシンフラッシュ
「非効率ですね……」
そう呟きながら、彼女は少しだけ微笑んでいた。
その感情が、後に「好意」と呼ばれるものだと知るのは、もう少し先の話だった。