『鏡の魔法使いマリカ』は悪の少女である 作:薄汚いメトロン星人
「まずはレオを見つけないと……」
高校の帰りにみかんはスマートフォンを片手に街に繰り出した。この『魔法天使マリカ』の事件の首謀者はおそらくレオだろうとみかんは思っている。どんな手で彼女そっくりの人物を用意したのかは謎だがいずれせよレオを見つけることが解決の糸口になるだろう。
「連絡はつかないし……」
当のレオはRhineはわざとらしく既読無視していた。みかんがメッセージを送ると比較的早く既読されているとメッセージに表示されるので明らかにわざとだった。
みかんは額に手をあてて悩んだ。
「あいつの家とか知らないし……そういえばブレザー……うろ覚えだけど高校わかるかも……」
こんな時に鏡の魔法使いマリカは無力だった。人を探す魔法などは彼女には使えない。街中を歩きながらみかんは振り返った。
大勢の人々が通り過ぎていく。男も女も若い人も老人も、その服装から学生やサラリーマンなどもいろんな人たちがみかんの視界の中を通って、どこかに歩いていく。
「…………」
それをみながらみかんは少し黙った。彼女は『人の悪を映す』魔法を持っている。これだけ多くの人がいればどれだけの悪意がこの世にあるだろう。彼女の瞳は自然と冷たさを帯びていた。
はっと顔を上げる。今は自分のことが重要だった。万事において柊 みかんは私情が優先するところがある。
「そうはいってもレオが実際どこにいるかなんてわかんないしなぁ」
みかんははあとため息をついて近くのコンビニに入った。水を買おうと思ったのだ。中に入ると独特の入店の音楽が鳴る。
「あ、paypai でお願いしますにゃ~」
みかんは立ち止まった。
レジの前で金髪の人懐っこい顔をした女子高生がスマートフォンで電子決済をしている。ブレザーの前をあけてリボンを緩めているその女子高生は栗原 玲央(レオ) だった。
その正体は魔の四天王の一人『幻惑のシャドウ』。今は電子決済を店員に頼んでいる。彼女はスマートフォンを決済用端末にかざした。
ペイパイ♪
電子決済の音がみかんの頭の中に響く。実際レジで決済の音がしていた。
ありふれたコンビニ、レジの前。探していた人物がいたことでみかんは固まっていた。レオは何も知らずに買ったガムをブレザーのポケットに詰め込んで振り返った。
「にゃ!?」
「……」
みかんとレオは対峙する。二人とも驚いた顔で固まっていた。だがレオはすぐに冷静さを取り戻すと踵を返して店の奥に歩いていく。
「あ、ちょっと……」
みかんは店内で叫ぶことに恥ずかしさを感じて速足で追いかけていく。
コンビニの棚の間を二人は速足で進む。レオは飲み物のコーナーで曲がって入口に向かう。
「し、しまった」
みかんはここにきて慌てて走った。レオは自動ドアから外に飛び出しているのが見える。
「待ちなさいよ!」
みかんもコンビニから飛び出して走り出す。
街中をレオとみかんは走る。二人とも変身していなければその体力は普通の女子高校生と変わらない。だが、すばしっこいレオはダッシュで逃げていく。みかんも横腹を抑えながら必死に食らいついてる。
「まちなさいよ、ぜえ、ぜえ」
「し、しつこいにゃ~」
距離にして数百メートル。全力ダッシュを二人は行った。途中で二人ともペースが落ちたが足を止めないのでのろのろとした追いかけっこになっていく。
「ぜえぜえぜえ」
「ひいひいひい」
ネコ科の動物は持久力があまりない。ネコのようなしぐさをするレオに関係があるのかはわからないが彼女も荒い息のまま逃げていく。
いつの間にか二人は街中から河川敷までやってきていた。
のろのろ
のろのろ
「ま、まて~」
「待たないにゃ~」
もともと高校の授業終わりに来たからこそもう夕日が地平線の向こうに沈んでいく時間帯だった。知らない人が見れば河川敷を走る女子高生二人、友情の一場面のように感じるだろう。
だが、片方は自分の偽物に尊厳を粉砕されそうになっているのを何とかしようとしており。片方は正義の味方に裏切りをかける仲間集めのために策略を練っている。この世に神がいるとすればなんでこんな関係性にしたのか人間にはわからないだろう。
とうとうレオは横腹を抑えて立ち止まった。だがのろのろと河川敷を降りていく。河川敷はなだらかに坂になっていて、流れる川が夕日にきらきらと光っている。
河川敷をみかんも降りていく。途中でこけそうになってなんとか踏みとどまる。降りるとレオは観念したように向き合った。
「ぜえぜえ、みかん、し、しつこいにゃぜえ」
「あ、あんたがはあ、はあにげ、るからでしょ」
「それはいきなり……ぜえ、あったから」
「え? なん、なんていっているの? はあはあ」
みかんとレオはお互いを見あってからそれぞれ一度胸に手を当てたり、膝に手をついて息を整える。
☆
夕日の中。美しい髪を風になびかせながら柊 みかんは鋭い視線を向ける。
「突然現れた私の偽物はあなたの策略でしょう? 随分と舐めた真似をしてくれるのね」
みかんは美少女である。腕を組んで威厳たっぷりに言えばどこか絵になる美しさがあった。
「くくく」
レオは半身になって流し目でみかんを見ている。その鋭い眼光にみかんはある種の威圧を感じた。彼女も魔の四天王の『幻惑のシャドウ』がその正体である。四天王の中でもっとも知略にたけた彼女は笑う。
「さて、なんのことかなぁ」
どこか軽やかさがあるが冷たさも含んだレオの言葉にみかんは両手を組んで睨みつける。
魔の四天王の『鏡の魔法使いマリカ』と『幻惑のシャドウ』という二人の実力者は夕日の中で互いの出方を見ていた。さっきまで息を切らして情けない顔をしていた二人とは思えない––
「まあ、いいわ」
みかんが言った。彼女の瞳が魔力に光る。魔力の粒子は変身をするという意思表示だった。
「ここならこの前のショッピングモールのようには変身を見る人間はいないわ。貴方を倒すことくらい私にはできるということを思い知らせてやるわ」
「ふっ」
「……何がおかしいの?」
レオはブレザーの中に手を入れる。胸元のポケットから何かを取り出した。武器を出したのかと思いみかんはわずかに身構える。しかしレオの出したのは一片の紙だった。それを指で挟んで額の前にかざす。
「これは『ストーム』の解散ライブチケットにゃ」
「……なん、ですって」
ストーム。
日本の男性アイドルグループとしてその知名度はトップと言っていいだろう。5人の男性アイドルで構成され、長期間活動した人気グループである。その集大成として彼らは解散を決意し、その解散ライブが東京ドームで行われることになっている。
その解散ライブチケットはちょっとやそっとでは手に入らない。しかし、みかんの目の前にそれがあった。
レオは悪い顔をした。
「取引にゃ。ここを見逃してくれるならこれをあげる」
「…………そ、そんな……卑怯な」
みかんはストームが大好きだった。本当に欲しかった。だが、彼女は悪の少女である。
「ふ、ふん。そんなことが取引になると思っているの。私を誰だと思っているの?」
「ふーん」
レオはチケットを両手で持ってちょっぴり破いた。
いつの間にかみかんは片手を突き出して止めるポーズをしていた。レオはにやぁと邪悪に笑う。
「取引にならないって?」
「う、ううう」
みかんは顔を赤くしてうなった。高度な心理戦を仕掛けられていることに彼女の脳はフル回転していた。まずはチケットを確保しなければならないと思いそうになって頭を振った。
「……そ、そんな紙切れに私が操れるとでも思うの? 好きにすればいいわ」
「びりびり~」
「ひっ」
「破ってないにゃ」
「……」
みかんは内心で叫んだ。
(もー!もう!!)
おちょくられていることに彼女は怒り心頭である。それを見てレオはプット笑った。
「あはははははは、あはは」
目に涙を浮かべてレオは屈託なく笑う。心底楽しそうに笑った後にチケットを胸ポケットに収めて、代わりにブレザーのに彼女は両手を突っ込んで話す。レオの後ろに夕日が広がっていた。美しい空を前にレオは優しく笑っている。
「ほら、みかんはいいやつすぎるにゃ。やっぱり悪に向いてないにゃ」
「…………人のことを馬鹿にして、あの『魔法天使』とかいうのを何とかしなさいよ」
「知らないにゃ~。あれをやっているのは私じゃないし」
「なっ!? じゃあ、誰があんなことをしているのよ」
「さてにゃ」
「……うー。そ、そもそもあんただって悪に向いてないんじゃないの」
「正直私は好きに生きれるなら悪だろうが正義だろうがどーでもいーにゃー」
みかんはレオが悪に向いてないといったが、内心ではレオの冷たさもわかっていた。この少女の計算高さは「どちらにも転ぶことができる」器用さがある。
レオは言った。
「みかんは違う。悪なんて言ってたらいろいろと大変にゃ。だからせっかく『魔法天使マリカ』が有名になったから便乗して正義の味方になればいいにゃ」
「……私の評判を貶めてスーパー・ジャスティス・ファイブに寝返らせようってこと」
「ま、そうにゃ」
レオは軽く言った。本音を言っているかはわからないくらいに軽い返事だった。だがみかんはそれを睨みつけた。
「私は、悪なの。人の心の悪と醜さを映す……『鏡の魔法使いマリカ』なの……絶対に『魔法天使マリカ』なんかじゃない」
「……なんでそこまでこだわるのにゃ……」
みかんはその言葉に顔を上げた。一度空を見てからレオを見る。彼女は語る。
自らの悪を。