『鏡の魔法使いマリカ』は悪の少女である 作:薄汚いメトロン星人
ここは怪人研究所。
あらゆる生物のDNAを研究し、あるいはそこに最先端のマシンメカニズムで改造を施した強力な力を持った悪の化身––怪人––を生み出すための施設であった。
彼らの宿敵である正義のヒーロー「スーパー・ジャスティス・ファイブ」を倒すために日夜研究を続けているのだった。
「くくく」
ぐるぐるメガネのポニーテールをした青い髪の少女は培養液に浮かぶ新たなる怪人を前に笑っていた。子供と見間違うような小柄な彼女はハーフパンツにサンダルとそしてちょっとお菓子の粉で汚れた白衣を身にまとっている。
「ひひひ、次こそはスーパー・ジャスティス・ファイブを倒すことのできる怪人になるぞ」
巨大な培養ポッドが立ち並ぶ中で青い髪の少女は笑っている。それら新たなる怪人たちが目覚めの時を待っている。そのうちの一つに彼女は歩いていく。そして培養ポッドに備え付けられたパネルを操作した。
しゅううううっと音がして培養液が引いていく。
新たなる怪人の誕生であった!
培養ポッドが開かれ、中から巨大な影が動く。それが外の世界に足を踏み出した。緑の足、流線形のフォルム。巨大な両手の『鎌』。そして大きな目。
「ぎーちぎちぎち!」
両手の鎌を大きく広げた姿は巨大なカマキリそのものだった。
「ふはははは! 完成だ。新怪人『カ・マキリー』よ! 世界を絶望に陥れるのだ。わーはっはっは!」
青い髪の少女の笑い声が響いた。
☆
それを呆れた顔で見ているのはマリカだった。紫の髪をした彼女は巨大な杖を持って冷ややかな視線を送っていた。
彼女の前では怪人研究家のドクター・セレニコが上機嫌で笑いつつ、自分の生み出した怪人を満足げに見ている。しかしマリカにはあきれていた。
「ぎーちぎちぎちぎち!」
言葉すら話さない生み出された怪人はどう考えてもただのカマキリだった。こんなのでスーパー・ジャスティス・ファイブを倒すことができるのなら苦労はない。彼女ははあとため息をついた。
流し目で彼らを見ながら冷ややかにたたずむ彼女は美しかった。長いまつげをした彼女は人の心の闇を映す『鏡の魔法使いマリカ』。生み出された怪人ごときとは比べ物にならないほどの強力な力を持つ悪の組織の幹部であった。
「ということでマリカ君。この子を使ってスーパー・ジャスティス・ファイブを倒してくれ」
セレニコが振り返った。ちょっとメガネがずれて、キラキラした星のような瞳が見えたが彼女は「おっと」といい、メガネをかけなおす。マリカははあとため息をついた。
「ドクター。私がこんなことをする必要があるの? ほかのものにやらせてほしいのだけど」
「そういわずに頼みますですよ。ほらあめちゃん上げるから」
へんな言い回しをしながらセレニコはポケットからコーラ味の飴玉を出してマリカに渡してくる。それをマリカは断る。
「いらないわ。それにはっきり言ってこんなただの巨大なカマキリが役に立つとは思えない。無駄な時間よ」
そう言ってマリカは踵を返す。ふわりと彼女の髪が動く。えーと言いながらセレニコは「待ってくれよー」とついてくる。
「ぎちぎち~」
カ・マキリーは首をかしげながらよくわかってない様子だったが、彼は後ろを向いた。そしてぼそりと鳴いた。
「……ポンコツ魔法天使野郎が……」
マリカは目を見開いてばっと後ろを振り向いた。セレニコはさっきの飴をなめている。そしてカ・マキリーはキョトンとした顔をしていた。
「ドクター。今そのカマキリ……しゃべった?」
「え? しゃべるわけないじゃん。カマキリ型怪人なのに」
「……」
「ぎちぎち?」
カ・マキリーは小首をかしげてキョトンとした顔をしていた。しらじらしかった。
ポンコツ魔法天使。それはマリカにとって侮辱の言葉だった。つい最近いろいろと誤解が積み重なって世間では悪の幹部であるマリカは世間一般ではダークヒーロー的でありつつ抜けているところのあるポンコツ少女として浸透していた。
「ぐ、ぐぎぎ……」
スカートのすそをぎゅっとしていろいろとフラッシュバックした記憶にほほを赤らめるマリカ。しかし次に顔を上げたときその瞳は冷徹さを帯びていた。
「わかったわ。私は人間たちの悪の心を映す『鏡の魔法使いマリカ』……」
わざわざ自分で言いつつ、クールな表情を作った。
「人間たちに恐怖の感情を思い出させましょう」
自分は本当は恐ろしい存在であることを何よりも思い出してほしかった。
しかしそんな内心を知らないセレニコは頭の上でぱーんと手をたたいて喜んだ。
「おー、さすがマリカ君。それじゃあ、さっそく出撃だ」
「出撃? ドクター。何か計画があるの?」
「無論だよ。何も考えずに怪人を作ると思うかい?」
セレニコの大きなメガネが少しずれた。きらりとその瞳が光る。
「狙うはこの国最大の交通の要所……新宿駅だ」
セレニコは悪の科学者として暗い笑顔を浮かべる。マリカはふんとだけ反応した。
「知っているかい? マリカ君。人間どもが毎日毎日電車に詰め込まれてあらゆるところに運ばれていく、その数は一日だけで延べ数百万人という、そんな場所で怪人が暴れたらどうなるのか? 考えただけで楽しいだろう」
「……なるほど、流石ね」
凶悪な笑顔のままセレニコは言った。カ・マキリーも後ろで「ぎちぎち」と笑っている。
「カ・マキリーの両手の鎌は飾りじゃあない。音もなく人々に気付かれずに……あらゆるものを切り裂くことができる」
マリカの脳裏に浮かんだのはカ・マキリーが暴れる姿だった。彼女も薄く笑う。
「…………いいでしょう。ドクター、あなたも見物するといいわ。人々の絶望を」
2人の悪の少女は笑った。
☆
新宿駅。
東京という大都市の中心とでもいうべき交通のハブであるここには大勢の人々が行きかう。日々数百万もの人々を受け入れる巨大なステーションは広大であり、常にどこかが工事をして改修や工事をしている。
構内のとあるベンチでマリカは頭を抱えていた。最近の傾向で微妙に座りにくい形状をしていた。
マリカは高校の制服を着ている。彼女の本名は柊 みかんという女子高生だった。彼女の横にはロングコートにバケットハットを着こなして、柄の良いマフラーで顔を隠しているカ・マキリーがいた。もともと背が高いので遠目に見ればスタイリッシュな姿だった。
「……なんでこんなことに」
ドクター・セレニコが迷った。彼女の最後の言葉は「お手洗い行ってくるよ、マリカ君」だった。
新宿駅に着いたはいいが巨大な構内のどこで事件を起こすか考えているうちにマリカとセレニコは離れ離れになった。マリカは慌てて自分の携帯を出すが、よくよく考えたら悪の組織の人たちとはRhine(ライン) の交換はしていない。
電話もわからない。そもそも悪の科学者であるセレニコは携帯のキャリア契約をしているのだろうか? 謎であった。
「動くべき……?」
ここを離れたら逆にセレニコが戻ってきたときに合流できない危険性があった。マリカは悩んだがはっとした、ここにカ・マキリーを置いていけばいいのだ。彼女は立ち上がった。
「あなたはここにいること、絶対に動かないのよ?」
「ぎちぎち~」
わかったのかはわからないがマリカはそれだけ言って離れた。とりあえずセレニコ戻ってきてもカ・マキリーとは合流できるだろう。
歩く。
多くのお店の立ち並ぶ中、ちょっとだけ洋服屋さんの前で立ち止まったりとしたが彼女はセレニコを探した。しかし見つからなかった。人ヒトヒトの群れ。うんざりするくらいだった。
うんざりしてたら迷った。
「あれ?」
新宿駅は人の心を映す鏡なのかもしれない。マリカに恐怖の感情が広がっていき、不安になってきた。ここにマリカとセレニコとカ・マキリーは分断されたのだ。
「…………」
冷や汗が背中を伝った。携帯を見て、カ・マキリーとRhine交換すればよかったと倒錯したことを思った。昆虫と連絡先交換をしなかったことを悩むイベントが自分の人生にあるとは思わなかった。
その時である。
『迷子のお知らせをいたします。東京都からお越しのセレニコちゃんがお連れ様をお探しです』
『鏡の魔法使いマリカ~、どこにいるの?』
『あっ、今放送しているから、ここに来ないください』
ぶちりと切れた。途中で混ざったのはセレニコの声だった。
駅の構内でマリカは一人立ち尽くした。周りから声が聞こえてきた。
「今、マリカって言った?」
「あの魔法天使の?」
「鏡の魔法使いって言ってたね」
「迷子を捜している……? 迷子センターに行ったらマリカが来る?」
ひそひそと話されている声が全部クリアに聞こえる。
「あ、あががが」
ちょっと口を開けて顔を赤くしていくマリカ。クールな悪の少女は迷子センターに呼びつけられた格好になっている。彼女は思った。
「きょ、今日は帰る」
セレニコを回収するために速足で迷子センターに向かうマリカ。だがすぐに思い至った。迷子センターとはどこだということだった。駅員に聞いてしまえば自分が『鏡の魔法使いマリカ』ということになる。
そもそもどういう形であれセレニコを回収すれば自分がマリカという正体を明かすことになる。そこで彼女は限界になった。
「……もーっ、もーっ!」
どうしようもない絶望的状況に陥り、感情が声になって出た。
果たして彼女はセレニコとそしてカ・マキリーと再会できるのであろうか。