『鏡の魔法使いマリカ』は悪の少女である 作:薄汚いメトロン星人
黒の太陽は世界を焼き尽くすためにある。
遠い遠い昔に生まれた『黒の太陽』の存在意義はそう決められていた。誰が生み出したのか、なぜ生まれたのかもはやわからない。
生まれたときに得た「すべてを焼き尽くす」という使命には、あるいは何か意味があったのだろうか?
この時代に偶然にも体を得てしまったことで『黒の太陽』」の化身であるブラック=サンはそれに思いをはせることもあったが、すぐにくだらないと静かに笑い、考えないようにした。彼女は夜の闇の中で羽を広げて空を飛ぶ。眼下にあるのは人間たちの作った光り輝く街だった。
人口の光にあふれたその世界を冷たい目で見下すサンは何も言わなかった。本来であれば彼女の力ですでに滅ぼしても構わなかったが、だが彼女には決着をつけるべき因縁があった。
––鏡の魔法使いマリカ。
サンの容姿の基になった悪の帝国の幹部である。サンは月明かりにその身を照らしながらふふと笑う。その笑みには残酷な感情が含まれている。本来の力が出せないとはいえ一度は敗北した彼女に徹底した敗北感を味合わせたい。
それがまだ世界を滅ぼさない理由。必要のない挑発を行った意味だった。
「見えてきた。さぁ、鏡の魔法使いマリカ……あんたはどうするの?」
東京ドーム。白い屋根を持つ巨大なそれに多くの人間たちが集まってきていた。そこで何のイベントをしているかなどサンにはどうだってよかった。ただただ集まってくる人々を焼き殺すことが彼女の目的だった。
「どうしようとかまわない。所詮似非の『悪人』であるマリカが人間どもを助けに来ようと来なかろうとね」
☆
時はさかのぼる。
柊 みかんは準備を整えていた。スマートフォンで呼び出したのはレオとバオウの二人。場所は東京ドーム、時は本日の夜。鏡の魔法使いマリカと黒の太陽であるサンの決着をつける日だった。人々を殺すことを宣言されてみかんは行くのではない。
「私は悪よ。人がどうなろうとしったことじゃないわ……」
お弁当のおにぎりを丸めながらみかんは言う。水筒には麦茶。
簡単に作った弁当をラップでくるんでハンカチで包んで学校指定の紺色のスクールバックに水筒ごと入れる。彼女は準備ができたら玄関から外に出る。
純白の乗り物がそこにあった。大容量の前かごをつけたそれにみかんはまたがる。
シティサイクル。俗にいう「チャリ」であった。前かごに荷物をいれて彼女は乗ったまま足でタイヤを止めているスタンドを蹴る。そして家から飛び出す。急がなければならない。自然とみかんはたちこぎになっていた。
世界滅亡阻止のためにチャリで行く。人類のために公共交通機関でお金を使う必要などなかった。そもそもみかんの財布にはお金がない。友人と知恵の輪で勝負していた時には150円ほど入っていたが、学校の自販機の近くを歩いているときにいつの間にか手に炭酸飲料が握られていた時に消えた。
みかんは空を飛ばない。街の中を走る。見慣れた風景も暗くになるにつれて少し新しい顔に見える。多くのお店や人とすれ違っていく。彼らと同じ目線でみかんはペダルをこぐ。
彼女は行く。
子連れの女性が今日のご飯は何にしようかと子供に聞きながら笑っている。
みかんと同じくらいの学生が大勢で笑いながら歩いていく。
光り輝くドラックストアのなかで忙しそうに立ち回っている店員がちらりと見える。
大勢がいて、全員が違う顔をして、別のことをしている。みかんはその中の風景の一人として自転車をこいでいる。空から見下ろしたサンには見えなかった光景の中を彼女は進んだ。
「ぜえぜえ……!」
当の本人はそんなことを考える余裕はなかった。
全力でペダルをこぐみかん本人は変身もしてないから疲れている。東京ドームまで自転車で行ったことはないがなんとかなるだろうと余裕をもって外にでた。思ったよりもきつい。変身してないときのみかんの身体能力は平均より少し低い。
「と、遠すぎる」
スマートフォンを確認しながら場所を見ている。『到着まで1時間43分』と書いているが向かっている最中に3分の1くらいになるだろうという勝手な楽観的観測で彼女は自転車を選んだのだ。
「ちょ、ちょうどいいうぉ、ウォーミングアップ……」
信号待ちの時にハンドルに顔を伏せてみかんはそういった。
☆☆
「時間ね」
サンは羽を動かしてそう言った。彼女の羽はセレニコと戦った時に黒く染まっている。ふわりと抜けた羽が夜風に飛んでいく。眼下にある東京ドームの白い屋根の上で彼女は右手を伸ばす。
その中には今大勢の人々がいるだろう。実際にサンは空から点のように小さな人間たちがそこに入っていくのを見ていた。それは彼女にとっては顔を持たないただの「点」であり、焼き尽くす対象でしかない。
黒い炎が右手を包む。そしてそれは掌で小さな球体に収束していく。サンはふふと残酷に笑う。それは小さな太陽のようだった。
「さ、今日が地獄の始まりよ」
黒い小さな球体は人差し指の上で浮かぶ。それは突然に高速でドームの屋根に向かっていく。
光が奔った、そして巨大な爆発が起こる。爆風の後ドームの屋根が崩れるではなく溶けている。超高温の太陽の欠片に触れてどろどろと溶けていく。サンはその中をゆっくりと降りていく。
ドームの中の大勢の人間たちの恐怖にひきつる姿を彼女は想像した。
「……!」
人間は誰もいなかった。観客席にもステージにも誰もいない。人間の姿がなかった。
そう、人間は。
「あいつは……」
タキシードを着たシルクハットをかぶった少女がコンサートのために架設されたステージの上に立っている。なぜかスポットライトもそこに当たっていた。彼女はシルクハットをとってふかぶかとお辞儀をする。金髪がキラキラと光る。
サンはそれを見下ろして冷笑する。
「……『幻惑のシャドウ』……」
「ようこそ、今宵のステージへ……だにゃ」
『幻惑のシャドウ』は一人そこに立つ。そしてゆっくりサンも降りてくる。
「シャドウ……ここにいた人間たちはどうしたの?」
「…………ふふふ、みんな僕のテーマパークに招待したにゃ」
「テーマパーク……?」
サンは考えた。人々を消した仕組み。万単位の人間を取り込むには『ワールドエンド』しかない。だがそれを聞いて彼女は笑った。
「あはははあははっはははは! 私から逃がすために、人助けのために……! 魔の四天王の一人が自分の力を使ったってこと!? あはははははは」
可笑しさに笑う彼女、あざけるを含んだ微笑みだった。
シャドウはそれに対してふふんと笑う。目を閉じて得意げに、猫のようにかわいらしい表情だった。
「僕のワールドエンド『イリュソリー・フィクション』の入り口をこのドームの中に張り巡らさせてもらったにゃ。どのドアを開けても、どこから入っても僕の世界にご招待。だからここには誰もいないのにゃ……ああ、僕の作った世界にもうひとつのドームを作ってあっちでコンサートやっているにゃ」
「あはは。それだけ大規模な力を使って、人助けをするなんて。ばかみたいね」
「わかってないにゃ~」
「……なに?」
サンの挑発にやれやれと首を振るシャドウ。顔を上げたときにその瞳に残忍さを秘めて、尖った歯を見せながら笑った。
「僕は別に人間どもが死のうと生きようとどっちでもいいにゃ」
「じゃあ、なんでこんなことをするの? 言い訳?」
「言い訳? お前はわかってないにゃ。勝率の高い策を練ることが悪には重要なのにゃ。世界を滅ぼす過程で別に人助けをしてもいいってことにゃ。ここに来る『鏡の魔法使いマリカ』の力を完全に引き出すにはむしろ『まだ誰も犠牲がいない方がいい』ってことにゃ。そっちの方が」
シャドウは邪悪に笑う。
「お前が死ぬ可能性が高いからにゃ」
「…………なるほどね」
サンは笑いを収めた。
「それで。あいつはどこにいるの?」
「ふふふ。すぐにくるにゃ」
(まじでなにやっているにゃ、あいつ)
人間を保護すればマリカの力を発揮できると思った。そして戦闘を全て丸投げして鑑賞するつもりだったのだが、肝心の『鏡の魔法使いマリカ』が来ない。SNSで呼びかけても、かわいい猫がごめんなさいをしているスタンプが送られてきた。彼女はマジで遅刻している。
「まー。一回助けられた借りもあるし、ここは時間稼ぎでもするかにゃ」
「ふーん。あんたもダーク・シンフォニアだったっけ? さらに変身できるの?」
「もちろん」
「これだけ巨大なワールドエンドを展開しながら、できるのかしら」
「……なかなか痛いところを突くにゃ。まあ、でも、ほら後ろ」
「……」
サンの瞳だけが動く。
青い髪の青年がサンの後ろから刀で切りかかった。冷気を帯びた居合。青い閃光がサンに迫る。
サンの体が真っ二つになる。だが次の瞬間にがしゃんと鏡が割れたように崩れていく。
目に刀傷のある男。バオウが手に刀を持ってたたずむ。彼の周りには冷気が帯びている。足元が凍り付いていく。
「これはマリカと同じ」
「ふふ、そうそう」
サンが彼の後ろから現れる。
「私の力というか、セレニコから無理やりつけられた力。『鏡の魔法使いマリカ』の力は私も使える。そのうえ」
サンの体が浮かぶ。その両手に黒い炎を纏う。
「あなた達ごときが相手じゃ十分すぎるね。さあ、保護した人間どもともども焼き尽くしてあげる」
サンとシャドウとそしてバオウが対峙する中。シャドウは頭の中で修学旅行の写真で欠席している生徒の丸写真にいるマリカを思い浮かべていた––