『鏡の魔法使いマリカ』は悪の少女である 作:薄汚いメトロン星人
漆黒の翼を広げた天使は、妖艶な笑みを浮かべる。
伸ばした人差し指の先、彼女の整った爪の先に黒い炎が浮かびがある。それは黒と紫を混ざり合わせて邪悪に燃え上がる。
人間たちのいないドーム。その舞台でサンは言った。
「さあ、まずはお前をも消し炭にしてあげる」
対峙するのは一人の男。手に彼方をたずさえた青い髪の青年。彼の眼前には黒い炎を纏うサンが笑う。熱に空気がゆがみ、サンの表情がゆがんでみえる。まるで悪魔が笑っているようだった。
「御託は言い」
腰を落として刀を構えた男が纏うのは絶対の冷気。
四天王が一人である閃光バオウの周囲の音が消え、彼の足元から霜が広がっていく。凍り付く音だけが広がる中で彼は刀に指を絡める。
彼の相手はこの世全てを滅する『黒の太陽』の化身であるサン。彼女は黒い羽を広げて空に浮かんだままバオウを見下している。その表情にあるのは余裕と侮り。両手を組んで微笑んでいた。
バオウは身を沈め、刀を構える。腰を落とし、足を下げる居合の姿勢。
「ゆくぞ……!」
言葉ともに彼は跳ぶ。空に浮かぶサンをめがけて跳躍した。
彼の二つ名である『閃光』とは最速の斬撃からつけられた。
刀を抜く。
一瞬にも満たない刹那に斬撃を放つ。サンは微笑んだまま切られた。だが、バオウは悟った。それは偽物だった。サンだったものが割れて無数の破片になる。
「ちっ……身代わりの術か」
忌々しいとばかりに舌打ちをするバオウ。サンは一部マリカの力が使える。鏡の魔法を使える。サンは彼の後ろに姿を現す。
「あのねぇ。そういう古臭い言い回しはやめてくれない? 忍者みたいじゃない」
ふふふと笑いながらサンは指をバオウに向けて鳴らす。
パチンと音が響く。
その指先から黒い炎の塊。
黒い球体の中にはこのドームを溶解させるほどの魔力が込められていた。バオウの傍でそれがはじければ灼熱の地獄の中で燃え尽きるだろう。
「まあ、どうでもいいけど。じゃあ、さよなら。雑魚」
「そうはいかないにゃ」
飛び出したのはタキシードを着た少女であった。『幻惑のシャドウ』である彼女の右手は禍々しい魔力で覆われている。シャドウはその右手で黒い球体に爪を振るう。
「!」
『幻惑の爪』。シャドウの作り出した影を爪の形に織りなしたそれは抉ったものを『もともとなかったことにする』能力を持っていた。かつてモナ・リザをこの世界から無くそうとしていろいろとあってマリカに後頭部を殴られて断念した過去上がった。
サンは羽を動かして距離を取る。シャドウとバオウは地面に降りる。シャドウが言った。
「不用意に近づきすぎにゃ」
「ふん……余計なことを」
「かわいくないにゃ~」
シャドウはやれやれと首を振る。
「まあ、僕は今、人間どもを保護しちゃっているから本気は出せないからにゃ。バオウに任せするしかないにゃ」
「もとより人の助けなどいらん。だが……あいつはどこにいるんだ?」
「いや、知らんにゃ」
あいつとは『鏡の魔法使いマリカ』である。この時まだ自転車で向かっている時だった。この数分後に金髪の少年を轢いて、赤毛の青年に右ストレートをお見舞いすることになるが、シャドウもバオウもそんなことになるとは想像もできない。
「アハハハ。雑魚にしてはやるね。さすがに四天王とか言われているだけはあるのかしら?」
サンは笑う。シャドウもバオウもそれに対して何も言わずの彼女を見上げた。ドームの天井に空いた穴から月が見える。それを背にサンは両手を広げる。
「じゃあ、死ーね。ダーク・フレア」
サンの周囲に炎が浮かぶ。それは収束して宙に浮かぶ玉になった。その黒い球はサンがバオウを指さして笑うと同時に、彼に襲い掛かった。シャドウは頭のシルクハットを手で押さえながら逃げていく。
「……」
バオウに向かう黒い球体。ひとつひとつにすさまじい魔力が収束していた。彼は地面を蹴り、刀を手にしたままドームの観客席を翔ぶがごとく走る。それを黒い球体が追う。
球体の一つが彼のいた場所にぶつかり、瞬間巨大な爆発音とともに観客席の一部を消し飛ばした。灼熱の衝撃があたりを揺らす。だがバオウはそれを一瞥しただけで足を止めない。見れば黒い球体がぶつかった場所は燃え上がり、それだけではなくその熱で溶けていた。
「あははは。いつまで逃げ切れるかな? もう少し楽しみたいでしょ? 追加してあげる」
サンは余裕の顔で指を鳴らす。彼女の魔力が広がりそれは複数の黒い球体が生み出される。それはバオウに向かっていく。
轟音が無数に響く。
バオウは翔ける。一瞬遅れて彼の軌跡をなぞるように黒い炎が燃えあがり、ドームの一角を消し飛ばす。燃え上がる炎が広がり、人口物を消し飛ばしていく。
「あははははは」
地獄のような黒い炎の海の中心でサンは笑っている。その彼女に何かが迫ってくる。サンは一瞬だけ目を見開いて、そしてダンスを舞うように優雅に手を振るう。その優雅さとは裏腹に黒い炎が広がり一直線にドームを炎が焼く。
飛んできたのは刀の鞘だった。バオウが跳ばしたのだろうがそれは消し炭になって消えた。
炎の中でバオウが抜き身の刀を手に立っている。汗をかいているがそれは単に熱を感じているだけだった。彼の心は一切ぶれていなかった。
「四天王の癖にせこい手を使うのね」
「貴様こそ……セレニコから『黒の太陽』を奪い返したにしてはぬるいな」
「はあ?」
心底馬鹿にした表情のサン。その顔が彼女の炎に照らされる。
「私が本当の力を使えばこの世界を焼くことができるってザングルゴールも言っていたでしょ? だからまだ手加減してあげているのよ」
「…………ふん」
炎の中でバオウが笑う。
彼は刀を地面に刺した。
「なるほど。貴様はどういうわけかまだ力を全て使えないということだな」
「……」
「戦いというものは流動的なものだ。本当は強大な力を持っているなど、何の価値もない」
「言うじゃない……。雑魚の分際で」
「…………ならば見せてやろう、我が力を」
バオウの体から黒い魔力が広がっていく。それは炎もドームも包んでいく。
「ワールド・エンド『氷城の門』」
暗闇が世界を包んだ。
だが、その世界に取り込まれた炎が揺らめていた。
やがて雪が降り始める。それは吹雪になり、急激に温度が下がっていく。
炎と雪の中でバオウがたたずんでいる。
世界の主であるバオウの後ろに巨大な門が現れた。その向こうに絶対零度の世界が広がり、門が開いたときにすべては凍り付く。それこそがバオウのワールドエンドである『氷城の門』だった。
彼の瞳が青い髪の間で光る。
「この世界ではすべてのものが時を止める。貴様の炎でもな」
サンが雪の降る地面に降りた。スカートを両手でつまんで優雅に。
「……この程度の世界にお招きありがとう。お礼にすべて燃やしてあげるわ」
サンは言う。
「そろそろ、あの女のように『ダークシンフォニア』を見せたらどう? その人間の形態で私の相手ができるとでも思うの?」
「…………私はこの世界であの忌々しい小娘であるマリカに敗れた」
「……へー」
「その時にこの体を変化させて戦ったが、我を忘れて敵を見失った。結果、しばらくの間に屈辱を味わうことになった」
「あのさぁ、何の話をしているのかわからないんだけど?」
「別に貴様に何かを言っているわけではない。お前ごときならこの姿で十分という話だ。だが––」
バオウの両目が魔力に光る。
「本気を出させてもらう」
彼の体からすさまじい冷気放たれる。それだけではなかった。彼の後方の『門』が開いていく。強烈な吹雪があたりを覆う。
門の向こう。青い光があった。その光をバオウは背に受けてサンからは彼の姿が黒く見える。
全てが急激に音をなくしていく。
「……まあ、やる……っ!」
サンが気づいたとき、自分の手が凍っていた。
「こ、これは」
「…………」
バオウの影はその両目だけが光って見えた。サンの体も炎もすべてが凍り付いていく。
「か、かは」
息ができなくなっていく。この世界の空気を吸えば、肺が凍る。サンはくびを抑えてバオウを見る。彼はただただ、殺しにかかってきている。すべての力を使いこの世界の門を開いた。あとはサンが物言わぬ氷の彫像になるだけだった。だがバオウはサンに近づいていく。
手には刀があった。
「……ひゅっ……」
サンは声が出せない。あと数秒すれば彼女の魂すらも凍り付くだろう。バオウは彼女の前で刀を構える。容赦はなかった。悪の、魔の四天王である『閃光のバオウ』がそこにいた。
だがサンは笑った。それだけではなかった彼女の体から魔力があふれ出していく。凍っていた手が動く。
そして両手を広げて彼女は言った。
「本当は、あの女が来てから見せる、つもりだったけど」
バオウは踏み込んだ。
サンは彼にささやく。
「ダーク・シンフォニア」