『鏡の魔法使いマリカ』は悪の少女である 作:薄汚いメトロン星人
サンとマリカが対峙する少し前、バオウの生み出した闇がドームを包んでいた。
それを崩れたドームの観客席から見下ろすのは一人の少女。タキシードに身を包んだ細身の彼女、頭の上にはシルクハットを被っている。そうシャドウはふうと息を吐いて椅子に座る。
「さてはて、世界はどうなるのかにゃ~」
場合によっては黒の太陽であるサンが暴走して今日ここから世界が燃えて落ちるのかもしれない。シャドウはそれを冷たく思っていた。そうなったらそうなったでどうやって逃げるのかも考えている。そんなことを考えながら彼女はきれいな金髪を人差し指に巻き付けてくるくると弄んだ。
「ていうか、マリカはまだ来ないのかにゃ。マジで何をやってんだろ……」
ちょっと素のしゃべり方でシャドウはスマートフォンを取りだして立ち上がる。バオウの生み出したワールドエンドの世界は外からの干渉を受けない。彼の世界では死闘が繰り広げられているのかもしれないが外はむしろ静かだった。
「あっ」
くらりとした。このドームの中にいた人たちを全てシャドウは取り込んでいる。彼女の力である『イリュソリー・フィクション』は自由な世界を構築する。遊園地にマリカを閉じ込めたように今は大勢の人々を世界に取り込んでいる。ただ、それが『どこに』あるのかはシュレディンガーの猫のように曖昧だった。
「やべぇにゃ。流石に力を使い続けたら逃げるのも難儀しそうにゃ」
シャドウは壁に手を当てて歩いていく。いくつかある入り口に差し掛かった。
「ち、ちこくちこく! ぎゃっ」
「にゃっ!」
そこにがちこーんと走りこんできたマリカとぶつかって、二人は転げた。マリカの手からおにぎりが転げ落ちていく。すでに変身は済ませていたが、戦いの前に作ったおにぎりを食べながら走りこんできてシャドウにぶつかったのんだ。
「あ、あー!!」
マリカはおにぎりをシャドウよりも心配する。
「い、いてて、こ、こいつ。曲がり角でぶつかってくるなんて、古典的な……せめてパンでも咥えてろにゃ」
シャドウはいつも通りのポンコツぶりを発揮するマリカをジトっとした目で見る。それにはっとマリカは気が付いた。彼女は目を開けて、一度こほんと咳払い。立ち上がって取り澄ます。長いまつげをした紫の髪の美少女。黙っていればミステリアス。
「遅れてしまったわ。ここからは私も参加する」
「…………いや、いまさらかっこつけても無駄……。まあ、いいや。遅れすぎにゃ。なにしてたにゃ」
「……せ、正義のヒーローと戦ってた」
「はあ? スーパー・ジャスティス・ファイブが近くにいたってことかにゃ?」
「いや……うん、いや、別に。それらしき、ような」
要領の得ない話をして目が泳いでいるマリカを見てシャドウはあきれて、それでも笑ってしまう。
(いっつもこんな感じにゃ。こいつ)
後ろでは世界の命運をかけた戦いが行われているのにこの目の前の少女は何も変わらない。ある意味究極のマイペースこそが『鏡の魔法使い マリカ』なのだろうとシャドウは勝手に納得した。そもそもザングルゴール皇帝の組織がまともに悪を為せてない責任のかなりの部分がマリカにある。
うんうん一人でうなづくので、馬鹿にされたと感じたマリカが睨んだ。
「お、遅れたのは悪かったけど……。なんか馬鹿にしてない?」
「そんなことよりもマリカ」
「そんなこと……?」
「結局世界を救うってことでいいの?」
「…………」
試すような言葉。でも、ただ聞いているだけのような、そんなシャドウの表情。
マリカはドームの中に広がる闇を見てバオウが戦っていることを感じた。闇に染まる球体を背に彼女は振り返った。
「迷ったけど、ちゃんと考えて私は選んできた」
「選んで、来た。ね」
「シャドウ」
「ん~?」
「私は決めた。でも、その前にやっておきたいことがある」
「まだなんかするのかにゃ……? そろそろバオウが消し炭になってもおかしくないと思うけど」
「う。あ、あの人も四天王なんだから大丈夫でしょ、むしろ勝つかも。……私は決めてきたけど、サンにもどう思っているのか確認したい」
なんでそんなことをするのかとはシャドウは聞かなかった。
マリカは手にした魔法の杖を両手で掲げる。宝石に宿った魔力が光を放つ。
「私の魔法を使えば人の心は映し出せる。憎しみや怒り、悲しみ。それとは逆の感情も。戦う前に私はサンの心を映す」
「それで? もしもそこに映っていることが思ったよりも可哀そうなことだったりしたらどうするのにゃ?」
「……」
マリカは一度目を伏せて振り返って、もう一度シャドウを見る。まっすぐな瞳だった。
「私もシャドウも正義の味方じゃない」
マリカは静かに言って。
「そう、私は悪の魔法使い。……サンの心の中を見て、あの子がこの世界燃やすことを本当に望んでいるのなら、私たちの組織とは相いれないから止めるだけ。……もしも納得しているわけじゃないのなら、迷っているのなら倒して止めるだけ。結論は変わらない、どちらにしても止めるわ」
シャドウはあきれた。どうせ力づくなら知らないでもいいじゃないかとは思ったが口にはしなかった。ただ、別のことを言った。
「脳筋……」
「の、のうきんってなに!?」
「まあいいにゃ。納得するようにやればいいにゃ。ん」
シャドウの肩にマリカの手があった。
「なんにゃ。この手は」
「今から私も戦いに行くけど、もしもの時のためについてきて」
「えー」
「えー。じゃない! 特にサンが迷っていることが分かったら、いろいろと大変だと思うから……」
迷ってたら何かをする気なのかとシャドウはますますあきれた。あれは敵なのである。サンがどうなろうとこの少女にはどうでもいい。だが、マリカに対してはちょっとだけシャドウは譲歩した。
「じゃあなんか奢ってくれにゃ」
「お、ごる?」
マリカはお金を持っていない。悪の組織の幹部でありつつ、財布には何もない。彼女は一瞬フリーズしたがはっと気が付いて言った。
「ほ、ほら! 前に美術館を襲う前に奢ったモンブラン1,600円したんだからっ!」
「そんな昔のことを持ち出されても、ていうか世界滅亡の瀬戸際でモンブランで買収ってどうなのにゃ?」
「あ、新しく買収しているわけじゃないもん! 前に奢った分返してってだけで! というか紅茶も飲んだ分払ったんだからっ!」
「あー」
シャドウははあとため息をついて、腰に手を当てて、ただ今自分は消耗していることは特に言わない。マリカの戦いやすいように人々を保護しているとは教えてあげなかった。
彼女はシルクハットのつばをつまんでニヤッと笑った。
「じゃ、あの店のケーキ全部でいいにゃ」
「ぜ、ぜんぶ!? し、渋沢栄一……!?」
「悪の魔法使いならこれくらい楽勝にゃ。さあ、決まり決まり」
「決まってなんか……!」
「はやくいかないとマジでバオウが死ぬにゃ」
「ぐ、ぐぬぬ」
強引に約束を結んでシャドウは笑う。いつでも彼女は遊ぶなら楽しい方がいい。マリカをからかうのも遊びのひとつだった。ただ、マリカは手に一枚の小さな鏡を魔力で編み出す。それは掌程度の大きさの鏡だった。
「じゃ、今からあそこに飛び込んで魔法でワープするからシャドウをここに閉じ込めるね」
「にゃっ!?」
マリカは笑顔だったが笑っていない。彼女が魔法を使うとシャドウは鏡の中に吸い込まれる。
『にゃ、にゃ!? せ、せまいにゃ。ここ』
「ふん」
マリカは抗議無視して鏡をポケットに入れる。それからドーム中心の闇を見る。バオウの生み出した闇の空間を前に彼女は魔法の杖を振るう。体が浮かび、魔法陣が彼女を包む。
「世界を終わらせるかどうかは私たちが決める……」
マリカが言った後、彼女の体を放って。そして消えた。