『鏡の魔法使いマリカ』は悪の少女である 作:薄汚いメトロン星人
深い深い闇の底。
何も感じないはずの黒の世界の中でサンは目を覚ました。
「ここは……ああ、そうか」
戻ってきたのだと彼女にはわかった。本当はここが自分の居場所だった。何も見えない、何も考えないでいいそんな世界。居心地がいいはずの場所。
伸ばした手の先が見えない。目が見えないのか、あるいはそもそも体すらも闇に溶けて形を持っていないのか、サンにはわからない。
人間の体、苦しみの根源。それを感じることができなくなってサンは安心したかった。ここに戻ってきたことでもう誰の声も聞こえない。誰とも話す必要もない。ただただ『黒の太陽』として力を求められれば何も思わずにすべてを焼き尽くし、滅ぼせばいい。
(………………ぅ)
昔はここにいても何も感じなかった。ここしか知らなかったから。
サンは両手を動かして体を抱くように小さくなる。それが本当にできているのかはわからない。ただ……胸が痛いのが嫌だった。彼女はおそらく戦闘でのダメージが残っているのだろうと思うことにした。
闇の中に誰もいない。自分一人だけだった。自らの再結集した『黒の太陽』の残骸は形をまともに為せないだろうが、一心不乱に世界を焼き尽くしにかかるだろう。その過程ですべては消えていく。彼女の過ごした場所も、こだわった『鏡の魔法使い』も。
「すっきりするはずだろ……?」
自分に問いかけた。自分にしか聞こえない声。答えるのは自分しかいないが、彼女は答えなかった。ただ両手を目に当てて唇を引き結ぶ。
――衝撃があった。黒の世界全体が揺れている。
サンははっとして顔を上げた。そこに一筋の光が差し込む。光など彼女にとっては邪魔なだけ。今の自分を見たいわけではないからだ。それでも彼女の瞳は光の向こうにあるそれを見た。
――超巨大宮廷合体 ザーングルゴーン・マキシマム!!
黄金のボディを持つ超巨大ロボの映像が見えた。ザングルゴーン・マキシマムの右ストレートが『黒の太陽』の残骸である泥に突き刺さった衝撃で外の世界が見えてしまったのだ。
「な、なにあれ」
セレニコに流し込まれたアニメ知識ですぐに巨大ロボとわかったが、自分がそれと戦うとは思っていなかった。そして彼女は感じた、彼女にだけはわかる。ザングルゴーン・マキシマムの中にいる少女の波動。知っている魔力の波長。
忘れるはずがない。感じ間違えるはずのない宿敵。
「…………鏡の魔法使い……マリカ……っ」
彼女の表情に生気が宿る。目を怒らせて歯を食いしばる。
「いい加減にしろよ……! しつこいんだよ……! 何枚奥の手を持ってんだ……そもそも最後にロボに乗り込むなんて……正義の味方かっ!!」
サンは魔力を体から放出する。紫の光が彼女を包む。
「いいだろう、この体で今度こそお前を焼き滅ぼしてやるよっ!! これが私とお前の最後の勝負だ!!!」
サンは怒りながらも笑う。憎しみを込めて。
☆
東京の夜の下。黄金の巨大ロボが両手を構える。
そこに対峙する泥の化け物が咆哮する。口開けて泥の体から無数の触手を伸ばしていく。殺気が高まっていく。触手がザングルゴーン・マキシマムを襲う。
「『←』ぃいいい!!!」
コクピットで必死に操作するマリカ。手には2Dの格闘ゲームのように映された戦闘画面。かちゃかちゃと彼女はボタンを押す。文字通り必死である。時間制限付きでのバトル。
触手がビルを壊していく。ザングルゴーン・マキシマムは左に走って避ける。触手は凄まじい熱を持っている。それが当たればザングルゴーン・マキシマムとてダメージを受ける。
「ガードっ!!!」
マリカは『R』を押す! 『R』は挑発である。ザングルゴーン・マキシマムが両手を構えてサンの操る化け物に見得を切る。次の瞬間に触手がその胸をぶったたいた! マリカは悲鳴を上げて涙目になる。
「こんなコマンドいらないじゃん!! 両方ガードでいいじゃん!!」
画面のザングルゴーン・マキシマムのHPゲージが下がっていく。それが0になると爆発するのだ。倒れたロボを彼女は慌てて立ち上がらせる。炎に足元が彩られ、灼熱の中に照らされる黄金のロボは戦闘態勢を取る。
報道ヘリが飛び回り、バリバリと音を立てている。ザングルゴーン・マキシマムと東京ドーム併設の遊園地の観覧車が一緒に映る映像が日本全国に放映されている。この一戦を日本中がかたずをのんで見守っている。
いや、今は時代が違う。マリカの最大の宿敵であるSNSを通して動画が世界中に拡散されていく。マリカとサンの戦いは世界規模の中継にまで発展していった。
画面の向こうにいる人々にはまだ脅威はない。ただ戦いの近くでは大勢の人々が逃げている。
その避難を誘導している赤毛の青年が叫んでいた。大勢の人間を彼は守りながら逃げる方向を示している。
「慌てないで、こけないよう! 大丈夫だ」
赤毛の青年の仲間たちも各地で人々を守っている。彼は立ち上がった黄金のロボを見あげて、ふっと笑う。
「……今日はおいしいところは譲ってあげるよ」
彼はそれだけを言って人々を守るために振り返った。
そしてマリカのいた公園では木の上に登って栗原玲央ことレオが戦いを見守っていた。金髪を夜風になびかせて、変身の解けた彼女はブレザーに身を包んでいる。その木の元には刀を持った青い髪の青年もいた。街灯のない公園の一角、月夜の闇に浮かぶ影に見える。
「それにしてもみかんはおもしろいにゃ~。見てて飽きないよね」
「……このような面妖な戦いがあるとはな。我が同朋である『鏡の魔法使い』の手並みを見せてもらうとするか」
「にゃはは。たぶんあのロボの中で泣きながら操作してるにゃ」
レオは笑う。金髪で目元が隠れている。口元だけが見えた。
「『後で』からかってやるにゃ」
彼らの見ている中で泥の怪物をザングルゴーン・マキシマムが殴る。泥の怪物が下がる。さらに追撃した。
AAAAA! 小パンチの連打を叩き込むマリカ。泥の怪物は懐に入ったザングルゴーン・マキシマムに口を大きく開けて魔力を収束させる。あのレーザーである。
「さっせるかぁああああ!!!」
マリカはコクピットで叫んだ。ゲーム機を持つ手に力が入る。今度こそ『L』を押してガードをする。シールドガードはエネルギーをシールドにするのだ。彼女は右手にエネルギー集中させたままにさらに『B』ボタンを押す。シールドを纏った大パンチ。黄金の手が突き刺さる。
さらにマリカはボタンを押す『 → ↓ ↘ + A・・・ザングルゴーンアッパー』!!
泥の怪物がのけぞり天を見る。その一瞬に魔力のレーザーが空に伸びる。雲を消し飛ばし、宇宙空間まで飛ぶ。最大出力のレーザーを受ければ数百キロを焼き尽くす威力がある。
レーザーが都会の空の大気を切り裂くことで、きれいな星空が見えた。だがサンとマリカはその美しさの中で殴り合う。触手がロボをたたき、ザングルゴーン・マキシマムが蹴り上げる。
「うああああ!!」
かちゃかちゃとボタンを押すマリカ。
『しねぇええええ!!!』
泥の怪物の中で叫ぶサン。
鏡に映したような同じ容姿をした少女達が叫ぶ。
泥の怪物の触手がザングルゴーン・マキシマムの右手に巻き付く。触手が魔力で赤く光る、さらに凄まじい力で締め上げるとバキバキとそのボディに熱と力でダメージが入る。そしてぶちぶちと音がしてザングルゴーン・マキシマムの右手がちぎれる。
それでもマリカは押す! 『B』の大パンチである。残った左手で泥の怪物がのけぞる。マリカは見た。画面に映る残り時間は『13』秒。もうエネルギーはない。
(ま、間に合うの……?!)
弱音が心に漏れた。集中の中の油断。サンの触手がザングルゴーン・マキシマムを弾き飛ばす。
「し、しまった」
ロボが東京ドームの残骸にのしかかり倒れる。もう時間がない。マリカは慌てて立ち上がろうとしたが、其れよりも前にサンが決めにかかった。
『私は……ブラック=サンだ。黒の太陽である私は世界を滅ぼす力がある。それを今見せてやる!!』
泥の怪物がすべての触手を広げて咆哮する。その頭上に今までにないほどの巨大なエネルギーが集まっていく。
『我が究極の力……ワールド・エンドすらも児戯に等しいこの黒の炎を受けてみろ! 『ダーク・エクサ・プロミネンス』!!』
『黒の太陽』の究極技。全ての魔力を熱に変換して地上に打ち込む。おそらく日本一国は蒸発するだろう。集結する魔力が太陽のように空に浮かぶ。それをマリカが見上げる。手元のゲーム機に映る残り時間は『0』である。エネルギーがない。
黄金のロボの光が消えていく。マリカはそれでもボタンをカチカチ通す。
「こ、こんなところで終わる気は私にはない……。私は悪なんだから、世界を征服するのは私たちなんだっ」
涙を浮かべて叫ぶマリカ。滅びはすぐそこにあり、絶望がのしかかる中でも彼女はゲーム機をぎゅううと握った。そして画面が再度光る。マリカが見た。映ったのはセレニコだった。後ろではカ・マキリーがいる。
『マリカ君! 最終兵器を使うんだ。ザングルゴーンキャノンだっ!!』
「で、でもっもうエネルギーが……」
『ふふふ。この私が作ったロボに弱点はないのさ、さあコマンドを!!」
「コマンド」
画面に映る「↓↘→ + A+B+X+Y・・・・ザングルゴーンキャノン」のコマンド。少しだけ複雑なコマンド。それをマリカは見た。彼女は言った。
「わかったわよ! 最後だから信じるけど、お給料は返してよっ」
マリカがゲーム機を入力する。
ザングルゴーン・マキシマムのバイザーが光を放つ。そしてゆっくりと立ち上がると黄金の機械仕掛けの羽を広げる。魔力が流れて、その残った左手が変形していく。左手が黄金の巨大な砲塔に変わる。
泥の怪物とザングルゴーン・マキシマムが対峙する。
「な、なにこれ」
ザングルゴーン・マキシマムの羽が邪悪な闇に染まっていく。それが左手に伝わる。どこからか何かのエネルギーが集まってくる。そしてセレニコが邪悪な笑みを浮かべる。
日本中や世界からエネルギーがザングルゴーン・マキシマムに流れていく。
『くくく、最後の手段だよ。人間どものエネルギーを集めているのさ』
「人間たちの……!?」
『この戦いを見ている人間や日本の人間たちからエネルギーを絞り出して力に変える。ふふふ、私たちは悪の帝国なんだよっ!』
セレニコは悪の科学者である。彼女は邪悪な笑みを浮かべた。
『人間どもの憎しみや悲しみ、そして邪悪な悪の心を集めてエネルギーにして放つ……それがザングルゴーン・マキシマムの『ザングルゴーン・キャノン』さっ』収束した後にもう一度『B』を押せば発射だ!」
「ちょ、ちょっとまって」
『人間たちよいけにえになれ! われらの勝利のために。あはは』
「ね、ねえ。セレニコ」
『なんだよ。今いいところなのに』
「人間の邪悪な悪の心とか憎しみとか悲しみを集めて放つって……それ、みんな善い人になるんじゃないの……?」
『……………』
セレニコは顎に手を当てて、少し考えた後にウインクして頭を自分で叩く。そしててへっといいながらペロッと舌を出した。それで画面から消えた。マリカが叫ぶ。
「あほーーーーーーーーっ!!!!」
しかしもう止まらない。世界中の憎しみがザングルゴーン・マキシマムに集まっていく。羽が邪悪に染まり、左手のキャノンにエネルギーが収束していく。思わぬ形で世界平和を構築していく。
泥の怪物であるサンもそれを見ていた。
『凄まじいエネルギー。邪悪の力が集まっていく……、マリカ、お前も本気なのね』
外から見ればよくわからないだろう。サンはそれでも最後の一撃をザングルゴーン・マキシマムに放つ。黒い太陽を地上に落とす。天が落ちていく。
マリカは涙目で叫んだ。そして『B』を思いっきり押す。
「もう。こうなればどうにでもなれっ ザングルゴーン・キャノン!!!」
キャノンから邪悪を収束した一撃が放たれる。それが黒の太陽とぶつかり凄まじいエネルギー同士のぶつかり合いになった。光の粒子が東京を覆い、邪悪な太陽を人々から搾り取った邪悪な心が押し返そうとしている。
「いっっけええええ!!」
『潰れろおぉおおお』
サンとマリカが叫ぶ。マリカがボタンをさらに強く推す。マリカの手元でゲーム機が悲鳴を上げる。集まった巨大なエネルギーにザングルゴーン・マキシマムの体が耐え切れない。見る見るうちにHPが減っていく。外側が崩壊していく。
しかし増えていくものがあった。
それは、世界中での『鏡の魔法使い マリカ』への声援である!!
SNSにはマリカへの声援があらゆる言語で流れていく。その過程で過去の動画も拡散されて翻訳されていく。 ザングルゴーン・マキシマムが崩壊していく中、人々の応援がマリカに願いをかけた。
――もう! もー!!!
当の本人はそんなことは全く分からず必死に戦っている。ザングルゴーン・マキシマムは世界中から邪悪な感情を吸っていく。『黒の太陽』と『人類の心』が激しくぶつかり合う。そして終わりは来る。
『な、なに』
黒の太陽にひびが入る。サンが驚愕する。彼女も必死に立て直そうとするが、もう崩壊は止まらなかった。ザングルゴーン・キャノンは勢いを増し、生み出した『ダーク・エクサ・プロミネンス』を押し返し、破壊していく。
『ばかな、この、この私が……、ここまでやっても』
サンの頭上で黒の太陽の日々が大きくなって崩壊していく。それはザングルゴーン・キャノンがさらに光を放った時、完全に砕け散った。魔力の粒子が流星のように空を飛び、サンが見上げた空に星が見える。
砕け散った黒の太陽。魔力の粒子が一瞬だけ光り、四散していく。
その光の流れを悪の皇帝も、正義の味方も、四天王も、悪の科学者も、怪人も、人々も同時に見ている。ただ一人、ザングルゴーン・マキシマムが膝をついているコクピットの中で舌を出して息を整えている『鏡の魔法使い マリカ』を除いていて。