『鏡の魔法使いマリカ』は悪の少女である 作:薄汚いメトロン星人
東京ドーム爆破事件から一か月が過ぎた。
うららかな午後。とある街角のカフェで向かい合う二人の少女。一人は紫の髪をした凛々しい顔つきだった。彼女は紅茶のカップを手にして、眼を閉じている。長いまつげをした、整った顔立ちの彼女。
そしてその目の前にいるのは手にしたスマートフォンでニュースを読んでいる金髪の少女。オッドアイの瞳を動かしながら記事をスクロールしていく。制服のブレザーを着て、胸元のリボンを緩めている。
「あれから犯罪が減少傾向にあるらしいにゃ」
金髪の少女――レオは言った。静かにクラシックの流れる店内には彼女たちしか客はいない。
天井についたシーリングファンがゆっくりと動いている。紫の髪の少女つまりは柊 みかんはレオのその言葉に対して言った。
「私の……せいじゃないもん。ザングルゴーン・キャノンとかいうのが悪いんだから……」
目を伏せて最初に口にしたのが言い訳であった。
あの決戦の日に放った『ザングルゴーン・キャノン』は人間の悪の心を吸収して強力な一撃を放つというものだった。製作者は悪の科学者としてふさわしいと思って作ったが、構造的な欠陥により大勢の人々から悪の心を吸い上げて治安が回復した。
「ふーん」
レオはにやにやしながら自分の前にあるカップを手に取る。琥珀色の紅茶から湯気がゆっくりと上がっていく。さらに彼女の前には大きな栗ののったモンブランケーキがおいてあった。彼女は小さなフォークでそれに切れ目入れて掬う、そしてパクリと食べた。
「……」
特に何も言わないが幸せそうな顔をしている。これはみかんのおごりと思えばさらにおいしい。みかんはちらっと自分のさいふをポケットから取り出して「うう」とうなった。レオはその様子も楽しんでいた。
レオはふうと息を漏らす。
「それにしてもザングルゴール皇帝陛下は宮殿の修理というか建て替えでしばらく動けそうにないにゃ。怪人たちも土木工事しているし。あれもみかんが爆破したにゃ」
「わ、私のせいじゃないもん! だ、だって、あんな風に爆発するなんて思わないし……」
ザングルゴールの宮殿は『超巨大宮廷合体 ザーングルゴーン・マキシマム』として戦い、最終的に爆発して四散した。すでに跡形もない。残骸をスーパー・ジャスティス・ファイブなどに奪われないようにザングルゴールが闇の力で回収したといわれているがみかんは怖くて聞いてなかった。
「まー。ということでしばらくお休みだにゃ~」
「……はぁ。のんきなこと言っているわね。別に私たちだけで活動してもいいでしょ」
「みかんと悪いことはいっしょにやらねーにゃ」
「なんで」
「何でっていうか、とんでもない目に合うのが分かっているから……」
「そ、そんなの思い込みよ!」
「いや……信用ならんにゃ」
レオは辛辣なことを言いながら、スマートフォンの画面をみかんに見せる。
「今度ここでスイーツフェスタがあるらしいけど行く?」
「悪の行動は一緒にしないのに……スイーツフェスタ?」
「行くの?」
レオがずいと前に出ると、みかんはうっと引いて「いきます」と答えた。レオはご機嫌でスマートフォンのアプリで予定を記載する。みかんは彼女を見ながら思う。
(そういえばレオの好きな人……かもしれないのを思いっきりぶん殴った……かも)
確証はないというか、確証をはないことにしている。みかんは目を泳がせた。
「あのさ、レオ、この前は助かったからもう一杯くらいなら紅茶を奢ってあげる」
「え? ラッキー」
何も知らないレオは普通に紅茶を頼む。みかんはそれを見て思う。窓の外はいい天気だった。
「まあ……こんな日も少しくらいは楽しんでもいいかもね」
もちろん世界征服はあきらめないけどと心の中で思うみかんであった。あと最後に言った。
「スーパー・ジャスティス・ファイブ……いつか倒してやるわ」
正式には彼らとみかんは一度も戦ったことがない。
☆
異世界ダークロード。
宮殿跡地では再建作業が進んでいた。昨今の資材高騰により予算をやりくりするのが大変であるが、経営者であるザングルゴールはそのことをおくびにも出さず怪人たちに指示を送っていた。再建工事はそれなりに時間がかかるだろう、その間は怪人たちの出撃はあまりできない。
「余の世界征服事業……くくく。困難など当たり前のことよ」
闇の世界で腕を組み未来の障害をむしろ楽しみにするかのように笑う。覇道に止まっている時間などはない。『黒の太陽』があのようなことになったとすれば次の手を考えなければならない。
「陛下」
その声にザングルゴーン振り返ると青い髪の青年が膝をついて恭しく頭を下げていた。
「貴様か、バオウよ。いかがした」
「はっ。この度は私も未熟を思い知りました」
「……若さゆえである。精進せよ」
「はっ。ついては陛下。修行に行こうと考えております」
「修行か」
バオウは顔を上げた。
「しばらく刀に専念し、いずれ強敵が現れてもマリカやシャドウすらも守る程度には力を蓄えておく必要があると感じました」
「ほう。してどこに行くのだ」
「まずは世界を回っていく所存。八丈島からハワイ程度までは泳いでいければと思います」
「……己に厳しい奴よ、ならば貴様に命じる」
「はっ」
「奥羽山脈の奥地に余の知る者がおる、修行をつけてもらうのだ」
「奥羽……ですか」
「うむ。貴様に耐えられるか」
「むろんです」
「では、追って通達を出す。準備をしておけ」
バオウは「はっ」と言って下がる。サングルゴールはさすがに太平洋横断をしようとしている部下をこのような形で止めた。奥羽、つまり東北地方であれば東北新幹線もつかえる。少なくとも陸路である。
「陛下」
別の声だった。見れば巨大な体躯をした男がいた。浅黒い肌に炎のような文様を刻んだ彼は『炎熱のゴウライ』である。彼はザングルゴールの前に膝をついた。魔の四天王として今回の騒動にほとんどかかわらなかった。
「おお、帰ったかゴウライ」
「はっ、此度のことは聞いております。俺のいない間に……面目ございません」
「過ぎたことよ、其れよりも怪我はいいのか」
「完治いたしました。陛下、お渡ししたいものが」
「なんだ」
ゴウライはわきからすっと箱を取り出したそこには「登別まんじゅう」と書いている。温泉饅頭つまりはお土産である。ザングルゴールは自分に献上されたそれを見て内心困惑したが言った。
「……大儀である。あとで怪人どもに食べさせておけ。皆も喜ぶであろう」
「はっ」
ゴウライはそれを言って下がっていく。ザングルゴールにとってバオウもゴウライもかわいい部下であるが、それはそれとして困惑させるようなことを言ってくるのはどうにかしてほしい。
「へいか~~!!」
そのザングルゴールのマントに縋りつく青い髪の少女。白衣にぐるぐるメガネをつけている。メガネがずれて見えた青い瞳がキラキラと光る。セレニコだった。
「確かに横領したのは悪かったですよ。でも、無休で働かせるのはきついですよ。研究室もないのに超兵器を作るのには何もかも足りないですよ」
「貴様……。命が助かっただけありがたく思え」
「も、もちろんありがたいですよ。でもーでもー」
ごろんごろん地面で転がるセレニコ。彼女のおかげで今回の事件が解決したといえなくもないが、こいつのせいでサンが生まれたともいえる。少なくとも宮殿が壊れた責任の一端は彼女に会った。また、システムの横領の責任を取って兵器開発にザングルゴールは無休で当たらせていた。お昼休憩はある。
「ええい、やかましい! カ・マキリーよ。こやつを連れていけ」
「ぎちぎち~」
どこからともなくカ・マキリーがやってきてセレニコの背中に鎌をひっかけて引きずっていく。
「はなせ~。カ・マキリー! 私は働きたくない。働いたら負けと思っている~!」
ザングルゴールは引きずられていくセレニコを見てやれやれと首を振った。
経営者の周りは騒がしいのである。
☆
鏡を見ていた。
自分の顔を見て、髪を触る。ポニーテールにしてみたり、サイドにまとめてみたり。あるいはブラシですいてみたり。
とあるウィークリーマンションの一室で少女が姿見の前にいた。紫の髪をした彼女は髪型に悩んでいた。結局サイドテールにした。柔らかな髪質の彼女。ゴムを口にくわえて髪を結わえる。
「よし」
そう、サンは言った。別に今日は何の用事があるわけでもない。ただ外に出るための準備をしていただけだった。あとは服装はどうしようかと思った。クローゼットから洋服を出してひとつずつ体に当ててみる。ただの買い物にでるだけと思って、何でもいいかと苦笑する。
結局は白いタートルネックの上から抑えめの赤いチェック柄のフレアキャミワンピースにした。彼女はバッグを肩にかけて外に出る。毎回着替える時に背中の羽が邪魔になる。着る服もそれに合わせせて羽が通るようにしている。
玄関を出る。
「ああ、こんにちは」
お隣さんと鉢合わせする。初老の女性だった。サンは「あ」といって、少しぎこちなくいう。
「こんにちは」
「お出かけ?」
「ちょっと買い物に」
「そう、気を付けてね」
「……ありがとうございます」
なんてことない会話をしてサンはマンションを出る。歩いてスーパーまで行く。今日のご飯を想像する。
結局はウィークリーマンションはそのまま悪の組織から借りている。自分の『魔法天使マリカ』としての存在も芸能界でまだ生きている。あの事件の後なぜかパパラッチは減ったので外に出やすくなった。サンは複雑だった。
行きつけのスーパーはあるいて10分程度。全国チェーンだった。
スーパーでは買い物かごを手にしてお肉の安いものを探す。それから日用品を買って、手慣れた様子でセルフレジを通していく。かつての黒の太陽もいまはすっかりと日常に溶け込んでいた。彼女もこの世界の大勢の人たちが生きる中のそのひとりに過ぎない。
スーパーを出た時に小さな子供たちの集団がいた。彼らはサンを見て「あっ! 魔法天使マリカだっ」と言ってきた。それを見てサンは少し考えて、人差し指を唇にあてて「しー」とちょっと声を出す。それを聞いて少年たちはお互いを見やってちょっとサンのかわいらしさに当てられてたように恥ずかしがった。
歩いて帰る。
なんてことない道。
ここ最近は毎日仕事したり、家で家事をしたりするだけだった。
そういう日にはふと彼女は思う。
これから何を思って生きていくのか、考えなくてはいけない。彼女は『黒の太陽』としての生まれて、今ここでサンとして生きている。
帰り道、太陽が陰り、夕日になっていく。平凡な、ただただ平凡な日。
サンは立ち止まった。そしてあたりを見る。誰もいない。ただ優しい夕焼けが彼女を照らしている。その中で口元に両手を当てて誰にも聞こえないような小さな声で言った。
「……焼かなくて……よかった」
☆
世界はくるくると回っていく。
正義も悪も関係なく、平等に時は流れていく。同じ空の下、同じ時を生きることから誰も逃げることはできない。
――だが、ここに悪の芽がある。
京都。
1000年の王城の歴史を持つ日本の中心。その地下1000メートルに『彼らはいた』
地下に築かれた都。その中心にある宮廷は古代の平安京を模している。
巨大な謁見の間にかかった簾の向こうに邪悪な影がある。
「ザングルゴールはしくじったようじゃな」
邪悪な影は言う。それにかしずく一人の少女。白い髪をした巫女服に身を包んだ彼女は、その顔を狐のお面で隠している。そして傍らには白い鞘に納められた刀があった。邪悪な影は彼女に言う。
「
「お任せください」
沙耶と呼ばれた少女は立ち上がる。彼女が立ち上がり、刀を抜くとその周りに彼岸花が咲いた。闇に赤く揺れるそれが美しかった。
「私の刀で人間どもを討ち滅ぼして御覧に入れましょう」
狐面の下。冷たい声を沙耶はしていた。彼女は刀を床に刺す。すると彼女の背後に赤い鳥居その姿を現した。それが彼女の移動手段である。彼女はその向こうに歩みだす。紅い下駄が無情な響きを奏でる。
沙耶は人々を憎んでいた。
彼女の力で京都から東京まで鳥居をくぐっていく。かつんかつんと音がするたびに人々の不幸が近づいてくような不吉さをはらんでいた。
闇の中。
沙耶は東京のある街についたことを理解した。彼女は刀を構える。
「まずは宣戦布告……我らの血の贄になるがいい」
鳥居の中から彼女は歩き出す。街の中で今から起こる血の儀式。街中の惨劇。
――あー。やっとお昼休み。
沙耶の心は何も感じない。彼女はお面の下で目を閉じる。そして走り出した。
――今日は何食べよっかな。うーん
「人間ども、覚悟しろ、ぎゃひっ!?」
沙耶が走り出した時、突然道の横から一人の少女が出てきた。体を伸ばしながら歩いてきたその少女の手がちょうど小柄な沙耶のこめかみにクリーンヒットした。体勢を崩した彼女は下駄の不安定さにこけて、道の縁石に頭から突っ込んだ。
「ぎえっ」
ばきんと仮面が割れ。巫女服を着ているとはいえおしりを突き出したなっさけない姿で倒れこむ。お面は割れて、白い髪の少女が気絶している。からんからーんと刀が落ちる。
それを青ざめた顔で見下ろすパン屋の制服を着た少女が一人。
そう、柊 みかんだった。
「ち、ちがうもん。わ、わたし、ただ、お昼休みだから……あ、あるいてただけなのに」
偶然にバイトの休み時間に沙耶をしとめただけである。慌てて彼女は救急車を呼ぶ。
なにはともあれこうしてみかんはまた世界を救ったのだ。だが忘れてはいけない。
みかんの正体である『鏡の魔法使い マリカ』は――悪の少女である。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
マリカの物語は書いてて楽しかったので、おまけ程度なら書くかもしれませんが、本編はこれにて終了です。最後に出てきた沙耶はこれから記憶を失ってドタバタにまきこまれる、と勝手に想像していますが
よかったら感想をもらえるととってもうれしいです!